第40話




 何とか奥地からヴィンスを救出したセレンは戦馬を駆って深夜の森を西へと進む。


 未だに分からない事はいくつかある。

 何故敵軍は本陣から北北西側の港方面への道と、北東側の奥地へと入り込む道なきルートの二つへと別れて通って行ったのか。

 しかし、それは生き残ったヴィンスの口から領軍のお偉いさんに話して貰えば良い内容だと思い直して、考える事をスッパリ切り捨てた。


「(どうせ敵味方全滅で大したことは分からないわよね…)」


 生存者がヴィンス一人だったのは確かに不幸ではあったが、それが却って帰還の時間短縮になりアハドとの合流を余裕を以て実現可能にしている。

 ヴィンスの足はすぐには治らないと思われるので、後日セレンは領軍から奥地の戦場跡地までの道案内を頼まれるかも知れない。


「セレン、後ろだッ!」

「…ッ?!」


 突然のヴィンスの呼び声に反応して考えるより先に勘で戦馬を操作する。

 さっきまで通っていたルートにガガンと岩が降り注ぐ!


〈見つけた、敵ィィ!〉


 ねっとりとした大声にぞくりとする。

 素早く呼吸をして振り向きざまに人差し指と中指を合わせて向ける。


「『ブラスティングレイ』」


 瞬時に熱線を頭部へと放つ!

 デッカい。とてつもなく。


〈危ねえな、法撃かァ?〉


 放たれた熱線を首を振って躱す。

 あり得ない反射神経。


「はァ? こいつ、見てから避けた…?!」

「セレン駄目だ、そいつは」


 確認すれば、背後の森を掻き分けて躍り出た巨大な人影が大股のダッシュで迫ってくる。


「知ってるッ! てか何だよあの足の速さは! デカいのは遅いってのが相場だろうが〜っ!」


 流石のセレンも、その大きさ質量共に圧倒的な存在が障害物となる木々を蹴散らして迫ってくる様子には泡を食った。


〈法士の女、お前も敵かァァァッ!!〉


 巨人は一度速度を落としてこちらを確認すると、喜悦と怒りを混ぜたような大声量で辺り一帯を揺らした。


「(うぐっ…!)」

「(うるっせえ!)」


 二人は呻き、叫ぶが巨人の声量の前ではかき消されてしまう。

 暫くすると巨人はニンマリ笑って追いかけ始める。


「セレン、二人乗りではすぐに追い付かれる。だがお前だけなら逃げ切れるかも知れない!」

「馬鹿言わないで、まだ仕事中!」


 こんな所で置いて行くくらいなら最初からあんな危険な場所まで助けに行ったりしない。


「仕事だと? 俺は命を懸けろとまでは言っていない! もう嫌なんだ、もう誰も死ぬな! お前まで死んだら、俺には一体何が残る?!」


 ヴィンスはこの危機的状況にパニックを起こして堰を切ったかのようにまくし立てる。


「あーもう、うるさいうるさいうるっさい! 勝手に盛り上がりやがって、一人なら逃げ切れるかも知れねえならアンタだけで逃げてろッ!」


 セレンは覚悟を決めて進路を変えると馬上で立ち上がり巨人へ向けて法撃を放つ。


「『ブラスティングレイ』」


 今度も走りながら見事に躱す。

 完全に、見てからの挙動だと確認出来た。


〈法士の女ァァァ!〉


「アタシはアンタを助けるって決めて来てるんだ! 例えアンタに反対されても聞き入れる気とか無いから諦めろッ!! ベテルギウス、行け!」


 馬上から跳躍して宙返り。

 セレンはヴィンスを見て、二人の視線が交わる。

 そして駆ける戦馬に乗せられて遠ざかるその顔に向かって、笑いかけた。


「セレン、俺はっ…!」

「生きてたら聞いてやる! だから、行けッ!」


 言うだけ言ってクルリと反転。

 巨人は戦馬は追わずに立ち止まり、残ったセレンへと視線を向ける。


〈お前、強そうだなァ。さっきの男は、弱かった!〉


 セレンは自分の槍を引き抜き堂々と構えて大見得を切った。


「あーそう。一応聞くけど、アンタが大勇士ネームドで間違いない?」


 そう、セレンは既に相手の正体を知っている。

 砦のドワーフが語り、ヴィンスが怯えた第三の部族の大将。

 圧倒的な質量、圧倒的な運動能力、圧倒的な存在感が、そこに在る。


〈そうだ。俺は大勇士ネームド“狂奔”ヨルド。古の巨人族『ムスペル』の血を引く、この軍で一番強い戦士だァァッ!!〉


 巨人は全身から法力の光を迸らせて吠えるように宣言した。

 その威圧感に周囲の森から鳥や動物が逃げ出す。


 ドワーフは語ったのだ。

 生きていたければ“狂奔”ヨルドとは決して戦ってはならないと。





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