第41話
規格外。
そう呼ぶ以外に無い。
それ程までに目の前に立つ巨人の持つ圧力は桁外れだった。
「いきなりかよっ!」
武器は持っていない。
それでも繰り出される腕の一振りはアマンダの振るう戦鎚の一撃よりも大きな破壊力を秘めていた。
セレンは地面スレスレに伏せて回避する。
〈ふんッッ!〉
打ち付けられた、いや薙ぎ倒された木々が悲鳴を上げて周囲を拓く。
セレンは視界の開けた場所から離れて無事な木々の側へと退避する。
高さ。それは
速さ。それは
重さ。それは
大きいという事は、ただそれだけで力強いのだ。
「(勢いで降りたけど。これはマズいわね…。よし、とりあえず時間稼いで対策考えよう)」
年齢に対して傭兵歴の長いセレンでも、これほどの文字通り大物を相手にした経験は無い。
現実問題、戦闘において二人に同じだけの運動能力があったならば身長が大きい方が強い。
筋肉量がより多い方が強い。
体重が重い方が強い。
それらを覆すのは容易な事ではないのだ。
〈お前は逃げるのが上手い! でも俺は動かないで腕を振るだけだ、それだけで誰もが俺には手も足も出せない! だから俺が一番強い!〉
ではそれ以上に開きがあったならどうか。
答えは簡単。勝てる見込みが無くなる。
「アンタが一番強い? 一番は“星石”アグラーハだって聞いてたけど」
セレンは間合いを測る為に、わざと付かず離れずを維持して走り回り、回避に専念する。
ヨルドは本人の言う通り、ただ腕を振ってセレンの隠れる場所ごと破壊するだけだ。
このまま消耗させられては体力勝負でも話にならない。
〈アグラーハは強い! でも一番じゃあ無いッ! アグラーハは一度も俺と戦わなかった! 俺が怖いからだッ!!〉
ヨルドの身長はセレンの倍を優に超えていた。
体重は何倍あるか分からない。
こんな相手に戦いを挑みたがる者が居るとは到底思えない。
「じゃあ何でヨルドはあんな森の奥地へ逃げたんだ」
屈むだけで、腕を伸ばすだけで槍のリーチですら及ばないだけの距離を生む。
〈逃げてないィ! 人の来ない森に虫を撒いて住処にさせるから協力しろと言われただけだァ!〉
あっさりと疑問の一つの答えが返ってきた。
負けそうになったから魔物をばら撒いて、ついでに森も山も魔物の住処にして人の住めない土地にしようとしていたらしい。
あまりにも身勝手、あまりにも非常識。
セレンは再び怒りが沸々と湧き上がるのを感じた。
「やり方が
余裕でセレンの逃げ場を潰しながら攻撃するヨルドに、更に疑問を口にする。
〈法士は難しいこと命令するから嫌いだァ! だからあいつらの足が遅いから途中で俺は先に行った!〉
確かに、そんな事を考える輩の命令などまともに聞きたくなかったというヨルドの主張は同意できる。
ヨルドがどの程度考えていたのかは分からないが、途中で先行したという事は残された彼等も追っ手が来ていて引き返せなくなっていたのだろう。
結果的にヨルドを欠いた敵軍の残党は追い込まれてしまい、死なば諸共として中途半端な場所で魔物を解き放ったという事になる。
「もうアンタの所の命令する奴はいないんだ。ヨルドもこんな所にいる理由は無いだろ。港まで行ったほうがいいんじゃないの?」
周囲の木々が軒並み倒され巨人の視界に収まったセレンは全身を覆う法力を一時的に増やし瞬発力を引き上げて障害物のある方向へと走る。
〈お前達は俺を殺そうとした! お前も法士だから嫌いだァ! 殺ォォす!〉
ヴィンスの狙いは敵将だった。そしてセレンもあわよくばと思っていた。
自分を殺そうとしてきた相手を殺そうとするのは戦場では当然の事である。
逃げようにも今は戦馬も居ない。戦闘の回避は困難だろう。
「じゃあヨルドは今まで負けた経験は?」
〈無いッ!〉
想定通りの返答が返ってきた。
それが本当なら勝てる見込みはほぼ無い。
ヨルドがへし折れた樹木を握り込む。
「一度も?」
〈無いィッ!〉
どうやら本当らしい。いよいよ拙い。
樹木を棍棒代わりに叩き付けた。
セレンは間合いを詰めて接敵を選んで足下を潜り抜ける。
「勉強でも?」
〈べ、勉強以外ィッ!!〉
こちらも想定通りの返答が返ってきた。
それが本当なら勝てる見込みが少しは出てくる。
踏み潰そうと右足を上げるのを見て左足の側へと方向転換して走り抜けた。
「戦士って勉強出来なくてもなれるの?」
〈なれるッ!〉
意外と律儀に答えてくれる。
騎士には学も必要なのだが、北の戦士には学が要らないという。
傭兵と似たりよったりなのだろうか。
セレンは間合いと重心を読んで足下を行き来して引っかき回す。
「アグラーハは勉強出来たんじゃないの?」
〈………〉
ちょっと気になったので聞いてみた。
ヨルドは考えるように目を泳がせる。
一瞬攻撃が止んだ。気まずい沈黙。
「ごめん…」
〈謝るなァッ!! やっぱり法士はロクな奴が居ないィィ、もう殺ォォすッ!!〉
気にしていたらしい。
癇癪を起こしたかのように再び攻撃が降り掛かる。
間合いはおおよそ掴めたが完全ではない。何しろヨルドは屈むだけで攻撃の射程が伸びる。反則的と言っていい。
かと言って激しく動き回っていては法撃の為の溜め時間を確保する事すらままならない。
「分かった! アタシはヨルドに決闘を申し込む!」
〈決闘…だとォ…!〉
今度こそピタリと攻撃が止まった。
北の戦士にとって決闘は神聖な物らしいので試しに言ってみたが、てきめんだったようだ。
「そう、正式な決闘。ヨルドが一番強いなら当然受けるでしょ?」
〈なぜ決闘なんてしなきゃならない! お前なんて一撃でぺしゃんこだッ! 決闘なんて必要ないィッ!〉
苛ついたような声色で威圧してくるが、それでも攻撃はして来なかった。
これは、思った以上に効果がある。
「アグラーハはヨルドと一度も戦わなかったから一番じゃなかった! アンタはそう言った!」
〈そうだ、アグラーハは俺が怖くて戦わなかった臆病者だッ!〉
巨人の発する重低音で体の芯が震わされる。
セレンは言葉で注意を引きつつ、激しい運動で荒くなりそうな呼吸を勘付かれないように整える。
「じゃあアタシと決闘しないヨルドは、臆病者って事になる! だから一番じゃあ、無い!」
〈俺が一番だァッ! 俺は臆病者なんかじゃあ無ァいィッ!〉
法士に気に食わない命令をされるような男だ。
いくらヨルドが巨大だからといっても頭の出来は大きさに比例しないらしい。
「それで、決闘は?」
〈受けるッ! 正式な決闘だァッ! お前は俺を馬鹿にしたッ! 俺が一番だって分からせるッ!〉
セレンは口元に笑みが浮かびそうになるのを必死に堪えて提案する。
それでも、いつ気が変わられても対応出来るように全身の法力は解かない。
「はい決定。じゃあ宣誓するからもっと近付いて、アンタはデカいからそのままじゃ宣誓出来ない」
〈宣誓は名乗りを上げて要求を言えばいいッ! 俺の大きさは関係ないッ!〉
セレンは北の戦士の決闘の宣誓に詳しくは無い。先日遭遇したドワーフの一団が初めてだ。
けれどそんな事は関係ない。
「それは北大陸の決闘の流儀だろ? ここは中央大陸、アタシは中央大陸の戦士、そのアタシが決闘を申し込んだんだから中央式の戦士の宣誓が必要なの」
〈そんなの知らないッ!〉
話してる最中にイライラし始めたヨルドはセレンの言葉の終わりと同時に拒絶。
それでも攻撃はしてこない。
攻撃をしてこないならこっちの物だと、セレンは確信する。
「頭を近付けて宣誓するだけ! ほら、もう知らなくないだろ!」
〈分かったッ!〉
ヨルドの大きな顔が近付く。
セレンの内心は緊張で昂り、動悸が早まり、汗をかき、唾を飲む。
「もっと近付けて、遠いもっと、もっとよ!」
〈お前が小さいのが悪ゥいッ!〉
セレンは注文を付けて、ヨルドはそれに苛ついた声を上げるが素直に従う。
セレンの動悸は更に早まり呼吸は音が聴こえる程になり、全身の血流が巡り体の奥から発熱する。
「分かった、わよ。じゃあ、そこで…いい。目を瞑って…、宣誓するの…」
〈分かったッ! 俺は北の大陸の〉
セレンも目を瞑って集中力を高めた。
ヨルドは戦士の宣誓を始める。
セレンの両手がヨルドの両頬の傍に添えられて。
「『フレイムバースト』!」
紅蓮の火炎が轟音と共に夜空を赤く彩った!
〈グオオオオオォォォォォッッ?!?〉
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