第22話




ー〈ヴィンセント中隊〉ー


 敵本陣に辿り着くまでにはぐれ部隊や兵士達を吸収して行って二個中隊規模まで膨らんだヴィンセント中隊は、包囲作戦の為に隊を二つに分けて西と南から同時に侵攻していた。

 連日早朝から日の傾きかけた現在まで、攻撃しては下がりを繰り返して包囲を狭めようとするも、敵は数の利を活かして入れ代わり立ち代わり定期的に前衛を疲労の少ない者に交代してくる為、徐々に劣勢に立たされてきていた。


「押せ! 包囲を崩すな!」

「ここを通すなー!」

「渓谷の道を柵で全て塞げ!」

「矢を放てー!」

「盾を構えろ!」

「ええい、下がるな! 前進だ前進ー!」

「槍を持て!」


 こうして敵軍が人数で一気に押し寄せないように耐えているのが精一杯。

 数の差は時間が経つほど大きな影響になる。こちらの負担が減らなければいずれは押し返されて包囲は破られるだろう。


「中隊長殿、我が軍の本隊は押しているようですぞ!」 

「そうでなくては困る。兵の数はどうだ」


 中隊は既にギリギリだが、領軍の本隊が押しているのであれば耐えてさえいれば戦局は有利に運ぶ。


「死者は確認できただけでも30を超え、それ以上に多数の負傷者が出ており前線は維持するのがやっとです!」


 部隊長の一人が厳しい現状の報告をした。

 分かりきっていた報告ではあるが、改めて告げられると具体的な数字の重みを感じさせられる。


「何をやっている! 傭兵達はどうした、今こそ華々しく活躍する機会であろう!」

「それが、遊撃に回すと言ったきり前線では確認出来ておりません」


 ヴィンスは自分の裁量でセレンに傭兵の運用は一任させていたが、こうして苦境に立たされるとあの時一部でもこちらに人数を回す様に言っていれば良かったのではないかと後悔しそうになった。


「そんな命令は出しておらん!」

「構わん。遊撃と言っていたのだろう」

「はい。渓谷の周囲の森や丘でそれらしい目撃情報はあります」


 だが初陣であるヴィンスと副隊長を始めとした配下の実戦経験の浅い隊長より、百戦錬磨の傭兵達には自由にやらせる方が上手くやれるのではないかと判断したのはヴィンス自身である。


「敵の後続の軍が大挙して押し寄せているというのに何を悠長なッ! ピクニックでは無いのだぞ!」

「それで、我が隊への側面や背面からの奇襲はあったか?」

「いえ、今の所そういった報告は受けていません」


 もし戦いが始まる前に信じた通り、傭兵達が機能しているのだとしたら、中隊が側面や背面からの攻撃を受けていないのは彼等の働きによる物である。


「ならば傭兵達は遊撃の仕事をしているのだろう。側面や背面の守りを減らして前面へ回せ」

「はっ、直ちに!」


 これで少しは前線の負担が軽減されると信じるしかない。

 6:2:2の配置から、8:1:1の配置にすれば負傷して離脱した兵数の埋め合わせになるだろう。


「副隊長、一方のみの戦力集中なら後どれくらい保ちそうだ?」

「はい、それでしたら…。北の軍より我が軍は質で勝ってますから数など見た目ほど関係ありませぬ。日没までは何とか保たせて見せましょう!」

「ではその様に頼む」

「了解でありますぞ!」


 そう言って副隊長は意気揚々と前線の指揮を執りに向かって行った。

 彼には色々と問題が有るのも、あまり同僚からの受けが良くないのも知っているが、本当の意味での挫折や酷い目に合ったことの無い楽天的な性格には、精神的にとても助けられている。


「これではこの戦争中に敵将の顔を拝む事は出来なさそうだな…」

「は〜いヴィンス。まだまだ元気そうね」


 一人になったと思って疲れ瞼を閉じた瞬間。

 この場に似つかわしくないくらいハキハキした若い女性の声が聴こえた。


「セレンか。今まで何をしていた」

「もちろんザコ狩りだけど。こっちは大変そうね」


 何処からどうやって入って来たのか、いつの間にやら傍に寄ってきて顔色を確認してくる。

 その余りにもいつも通りな態度と、自信に満ち溢れた不敵な笑みで煽るように値踏みしてくる。


 ドキリと心臓が跳ねた。

 鼓動の原因は何も色っぽい理由ではない。

 この強者の態度を崩さない女性から、自分という人間の査定額を引き下げられたのではないかという不安が頭をよぎったからだ。


「何しろ数が多い。これでは敵将どころではないな」

「場所の当たりは付けてたりするの?」


 正直に答えると二人の共通する標的についての情報を求められた。

 セレンのブレない意志を感じて、ヴィンスは気持ちを立て直し、少しでも目標達成の確率を上げる為に彼女を利用しようと考えた。


「不確定な情報だが、いくつか有る。聞きたいのなら現状打破の為に手伝って貰おうか」

「はいはい。矢があるなら有りったけちょうだい」


 ヴィンスはセレンを伴って前線へと向かい、後方との間を忙しく走り回る兵を呼び止める。


「おい、水と矢を持ってきてやれ」

「あと記録係も連れてきて〜」


 言われた通りに手配すると、セレンは担いでいた弓を引いて確かめてから受け取った矢を近くの高台へと運び入れさせた。


「どうするつもりだ?」

「そりゃもちろん」


 矢を一本、風を見る為に斜めに放ち…。


「こうすんのよ!」


 青い燐光を纏った弓と矢を構えて、次々と敵の渦中目掛けて放っていった。


「あはっ、何これ〜。殺り放題じゃん!」


「凄い…」「何だあの矢は…!」「傭兵長って槍兵だったんじゃ…」「なんて良い笑顔なんだ…」「人の命を何だと思って…」「たぶんお金だろ…」


 弓は解る。法力を纏わせれば初速が増して飛距離が伸びるし威力も上がる。

 だが矢はどうだ。矢尻の切れ味が鋭くなるだろう。風の影響を受け難くなるのかも知れない。


「全く、出鱈目な力だな…」


 しかし、何度も繰り返しその場で引く弓と比べて、矢の一本一本に法力を込めていたらあっという間に力尽きてしまうだろう。

 これはとても燃費の悪い戦法である。採算度外視の散財攻撃に他ならない。


「ちゃんと記録付けといてよね。後で成果報酬請求すんだから」

「了解です!」

「ところでセレン。お前は弓兵だったのか?」


 出鱈目以外の何物にも見えないその攻撃は、何と一本も外す事なく敵兵の頭を貫いているのだ。

 これには記録係も仰天している。

 ヴィンスも驚きを隠せず半笑いだ。


「…元猟師なだけよ。ほら、ボサッとしてないで矢のお替わりちょうだい」

「あ、どうぞ!」

「フッ、相変わらず面白い女だな…」


 矢を追加させれば追加した分以上に敵兵を仕留めてしまうのだから、どんどん減っていく矢が勿体ないだなんて誰も考えない。

 しまいには弓兵が何も言わずにセレンの足元に自分の矢筒を置いて行った。


「あァァーー何これぇ〜…。とにかく射てば全部お金になるのって、超〜気持ちいイィィィッ!!」


 流石にその発言には、その場の全員が引き気味に苦笑するしかなかった。




◇◆◇




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