第21話
ー〈ランカイン侯爵軍〉ー
領軍と敵軍による本隊同士の力はほぼ拮抗しており戦いは膠着状態にあった。
領軍の何度目かの法士隊による法撃が行われ、それによって敵軍を押し込むが敵軍はすぐに回頭し、法士隊が下がるタイミングを見計らって押し戻そうとする、その繰り返しだった。
ぶつかり合えば双方共に被害ばかり増える。
元々の数の差から、法士隊で与えた被害と受けた損害を軍の規模の割合で見ればあまり差が無かった。
本格的な交戦から三日目の昼過ぎ、兵達の顔に疲労の色が見えてきた頃。
敵本陣へ包囲戦を仕掛ける東西軍の内、東側を攻めていた中隊の一部が崩壊して突破されたという報が入る。
これを受けて領軍の大将は右翼を守るランカイン侯爵軍へ応援を求め、包囲を突破したと思われる敵精鋭部隊の討伐を要請した。
「ベルガン様、発見したようです」
「…分かった」
日の傾く頃になって偵察に出していた分隊が発見を報せた。
ベルガンが要請を受けて向かった先、渓谷を迂回する岩山の中腹で見付けられたその一団は、何とこちらが訪れるのを酒を飲んで待っていたのだ。
目標の敵精鋭部隊はその体躯や身に着けている装備からしても他の隊とは明らかに異なっている。
「お前達は引け。どうやら先方はこの俺をご指名らしい」
ベルガンの登場に兵達はざわつきを止め、ザザッと道を空ける。
それに対して敵部隊の精鋭と思われる一団は酒を片手に睨みを利かせ、その内の一人が持っていた酒を預けて前に歩み出た。
「ようやくお出ましか、王国の剣聖よ!」
「…北の大地より来たる戦士か」
一団は全員が短躯であった。
一様に背は低くガッシリとした身体つきで、それぞれが業物と思われる金属製の鎧兜を着込み、彫りの深い顔立ちに髭を生やし戦斧や戦鎚を担いでいる。
「聞けッ! ここより北の大陸ノルデンバウムの偉大なる戦士デグラルの息子、千人隊長【“星石”アグラーハ】とは吾の事よ!」
前に出た男が高らかに名乗りを上げた。
身の丈こそこの国の女性の平均と変わらない程度だが、異様に発達した筋肉が肩を盛り上げて小さいという印象を与えない。
そして何より、その身から漲る闘志が蜃気楼の様に揺らめいて、内に秘めた力の強さを物語る。
「戦士アグラーハ。其方の身から溢れる法力の熱気、真に見事なり。ならば俺も名乗り返さねば礼儀に反するか」
ベルガンも一歩前進し、アグラーハの正面に向かい合わせ対峙する。
両者の纏う法力の強さで10メートル以上離れた互いの境界線上に圧縮された風を起こす。
「ランカイン侯爵軍が筆頭騎士、【“剣墓”ベルガン】だ。確かに王国に於いては『北東の剣聖』と呼ばれている様だが、自らそう名乗った覚えは無い」
「ほう、好い闘気だ。海を隔てた大地にも、これほどの戦士が居ようとは!」
アグラーハの闘気が重くすり潰すような圧迫感を纏うのに対して、ベルガンの闘気は鋭く斬り付けるような圧力を持っていた。
「周りが気にするのでな、其方が北の
「如何にも。吾こそがノルデンバウムの
ランカイン侯爵軍の精鋭たる騎士達は喉を鳴らして乾いた唾を飲み込み、その二人の強者の立ち姿から目が離せなくなっていた。
兵達は息をするのも忘れて呆然と立ち尽くす。
「其方はこの地に何を望みはるばる参ったのだ」
「吾が望むのは戦。強き者との出逢い! 神託の定めに従いこの地へ参じ、そして戦士ベルガンとこうして
敵部隊の戦士達もまた一人一人が強力な法力を体内に巡らせながら二人の対話を静かに見守る。
「であれば、其方の望みは俺との決闘か」
「如何にも! 吾は戦士ベルガンへ決闘を申し込む!」
このアグラーハ達の部隊は謂わば、ランカイン侯爵軍のベルガンや領主が直接雇ったという名うての傭兵達と同種の存在なのだろう。
即ち、膠着した戦局を覆せるだけの力を持ったワイルドカードだ。
「して、其方はこの決闘に何を懸ける」
「命をッ!」
ベルガンの問いにアグラーハは即答する。
「…だが、この地に吾らノルデンバウムの法だけを押し付けるのは公平に欠く。為ればこそ、戦士ベルガンは吾らに何を望むか問おう! 名誉か、武器か、黄金か、奴隷か?!」
アグラーハは煽るようにベルガンを睨め付け、欲する対価を問い質す。
「…俺は何も望まぬ。無論、命もだ。…しかし、そうも行かぬのだろう戦士アグラーハ」
「如何にも!」
騎士達も兵達も戦士達も、この決闘がこの戦争の行く末を決する一戦になると確信していた。
圧力が増していく両者から目を離さず、圧力の強まる風に自然と足が後退り、誰からともなくその場から離れて行った。
「ならば命を貰い受けよう」
「良かろう、吾の…」
「但し、貰うのは其方の命に非ず!」
「ッ…では、誰の命を望む。戦士ベルガンよ」
ここで初めてアグラーハはベルガンの目の奥にある深淵を覗き込んだ。
「其方の連れた兵達の命だ。それならこの決闘を受け入れよう」
「吾以外の隊員全ての命を欲するというのか…!」
剣聖、強き者、名前付(ネームド)。戦士としての胸の高ぶりが、己の見たい物しか見せていなかったのだと理解した。
「受け入れられぬか? 釣り合わぬと申すなら、別の戦士を決闘に出すが良い。其方の隊で最強の戦士の命であれば、それ即ち軍の命そのものと言えよう!」
この男には既に心が無かった。
一体何が彼をそうさせたのかは分からないが、結果として心は死に、強者として至った存在だけがその身に残っている。
「…ならば戦士ベルガンは同じ物を懸けると」
「無論だ。俺が負けるなら我が軍の誰も其方には勝てぬ。ならば隊そのものの命を懸けるのと変わりは無かろう?」
…理想の戦士だ。
アグラーハはベルガンの屍のような生き様に感激した。
「クッ、クハハハハッ! …戦士ベルガン。苛烈なるその意志、然と受け取ったッ! 覚悟が足りなかったのは吾の方であったと認めよう…」
この男は強い。
アグラーハがかつて乗り越えてきた誰よりも。
「その上で吾、戦士アグラーハは戦士ベルガンとの決闘を改めて申し込む!」
「良いのだな?」
「如何にもッ!」
「為れば重ねては問うまい…」
そして今、目の前にいるかつてない強大な敵を乗り越える儀式を果たせる歓びに、魂が打ち震えていた。
「尋常に…」
「覚悟は良いな…」
その様子をただ無機質に見るベルガンは思った。
自分とは違い、活きたままこの領域へと足を踏み入れた目の前の戦士の何と眩しい事か。
「戦士達よ、今一度その命、吾に預けよ…」
「騎士達よ、手出しは無用、最期まで見届けよ…」
ベルガンは己が既に活きていない抜け殻である事を自覚している。
いずれ朽ち果てる時が来るとしたら、それは更に先へ行く者の踏み台になる時なのだと自覚していた。
「「勝負!」」
互いに別の経路を辿りつつも同じ思いへと至りながら、両軍の強者はぶつかり合った。
二人の間の空気が圧力で行き場を失い破裂して衝撃波となって周囲を吹き飛ばす。
日が完全に落ちて暗くなった岩山で、両軍の騎士、兵士、戦士達は一言も言葉を交わす事なく、二人の強者から遠く離れた場所で決着が着くのを静かに見守る事にした。
この神聖なる決闘の邪魔をしてはならない。
誰であろうと二人の間に立ち入らせてはならない。
◇◆◇
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