第37話
砦を後にしたセレンは戦馬と共に、三人目の将が向かったとされる方角。山火事を起こした森とは渓谷を隔てた対岸の山中を進んでいた。
「あのドワーフの話だと、蜘蛛の魔物は人が多い場所に惹き寄せられるんだっけ」
蜘蛛の魔物に限らず、魔物は本能的に人を見掛けると襲い掛かってくる習性があるという。
これは逆に魔物が襲う箇所には人が居るという目印になるという意味でもある。
「(ヴィンスがまだ諦めてないなら、確実にもう一人の
進路を予測して最短ルートを選んで森の中を進んで行くこと二刻半程で、ようやく一日以内に大人数が通った跡を見付けられた。
そして争った形跡と、魔物の残した爪跡。
「ベテルギウス、あっち! 魔物の群だ…」
セレンは珍しく焦っていた。それでも平静を保って魔物を最短で斃す為の最適解を実行する。
メキメキと音を立てて樹木を倒しながら魔物達が迫ってくるのが見えた。
「うるせえ邪魔だッ!」
もう四の五の言っていられない。
セレンは集中して魔物の位置を正確に把握すると、人差し指と中指を伸ばして片目を瞑り狙いを付ける。
「『ブラスティングレイ』」
揃えられた二本の指の先端から熱線が迸り、曳光がカーヴを描きながら魔物の頭部へと吸い込まれる。
『ギシャ』ボンッ!
魔物の頭部は急激に赤熱して不自然に膨張し、そのまま小さく爆発溶解した。
「何よ、法撃だとめちゃくちゃ楽じゃない…」
その一撃で魔物は力なく突っ伏し、やがて緩やかに動きを止めて赤いモヤを吹き出す。
後続からも、別の方角からも、気配を消さずに走るセレンに気付いた魔物達が群がって来ていた。
セレンは魔物へ向けていた二本指を見やり、火傷など無いか観て、無事を確認すると別の方向へと向けていく。
「『ブラスティングレイ』『ブラスティングレイ』『ブラスティングレイ』」
槍で白兵戦をしていたのが馬鹿らしくなる程の呆気なさ。ほんの数秒の溜めで続く三体の魔物へと熱線が放たれ頭部が吹っ飛んで斃される。
「キモい! 邪魔! 死ね!」
セレンは死んだ魔物には目もくれず、戦馬に騎乗したままスピードを緩めずに走り抜けた。
「あーもう、数が多い! どんだけ持ち込みやがったんだよクソがッ!」
見掛けた端から魔物の頭部を次々と熱線で流鏑馬するセレンは、以前に観た崖下でひしめく魔物の絨毯を思い出してげんなりする。
彼女が斃した魔物の数など全体からすればほんの僅かだろう。
果たしてどれだけの数が持ち込まれたのか、100や200では済まないだろう。500か600か、或いはそれ以上か…。
「こんだけ多いって事は、この先に人も居るって事だよなあッ!」
おそらくヴィンスの中隊と追い掛けた敵部隊とを併せた大人数に誘われて集まっていたのだろう。
進む先には魔物に食い荒らされた兵の死体もあちこちに散らばっていた。
不安が沸き起こりそうになるのをグッと呑み込む。
「『ブラスティングレイ』」
進行方向に立ち塞がる魔物の頭部を吹き飛ばして森の終点を抜けた先へと飛び出す。
背後の森はセレンの仕留めた魔物の死骸が放出する赤い法力の影響で急速に色彩を失って朽ちていった。
◇◆◇
森の先にあったのは敵軍兵士の死体、領軍兵士の死体、傭兵の死体。
戦馬から降りて近付いていく。
知らない顔も、知ってる顔も、等しく喰い荒らされていた。
「何だよ…これは…」
ガサガサと我が物顔で死体をもて遊び咀嚼する魔物の姿だけが、血と埃の充満する戦場跡を悠々と闊歩していた。
「何なんだよッ、これはァッ!」
頭が完全に理解するより早く、胸の内から沸き起こりそうになる複数の感情から、不安や焦りを切り捨てて、怒りと殺意だけを表面に露出させる。
「(あっ、始末してから考えよう…)」
ここで余計な事を考えたら鈍るかも知れない。
もうセレンは理性を半分捨てて衝動に任せて法撃をぶっ放す事にした。
「『ブラスティングレイ』」
今一番優先するべきなのは、ここに居る全ての魔物を最短で正確に皆殺しにする事である。
救助より殺害。
呼び掛けより詠唱。
死体の確認より魔物との距離を確認。
思考より計算。
嘆きより殺意!
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 全部死ねッ!」
殺意でクリアになった頭で一殺ごとに修正して効率化する。
そこには法撃を隠蔽する気や法力の残高を気にするような余計な思考は無い。
もし生存者が居ればきっとセレンが法士である事を知るだろう。
「ザコ、ザコ、ザコ、ザコ! なーにが魔物よ、法力しか効かない? 知るか! アタシからすればただのデカい的じゃないッ!」
ほとんどの魔物はセレンを認識する事すら無く、死体に夢中になってる内に熱線で頭が吹っ飛んだ。
セレンの放つ熱線は矢よりも早くて正確。とてもではないが的の大きな魔物では回避しようが無かった。
「げほっ、おえっ…! 汚い法力垂れ流してんじゃねえよッ!」
濃密になる赤黒いモヤの中を、吐き気や咽るままに突っ切り片っ端から魔物を狩る。
武法と違い一点凝縮型の熱線の特性故に、自分の周囲の地法力を弾けずにモロに吸ってしまう。
頭がクラクラするが無視して衝動を最優先にする。ここで殺意を途切れさせたら、きっと持ち直せない。
「生きてる価値のねえ魔物は死んで詫びろ! 謝れ、一秒でも長生きした事を謝れッ!」
一度冷めた怒りは鎮静化してしまう。例え再燃させても鮮度の落ちた怒りなんかで殺しても気が済まないし、そんなのは嫌だった。
理由なんて理不尽な内容でも何でも良いから、とにかく殺す理由を作っては燃やし、作っては燃やして殺意を持続させる。
「やっぱり謝らなくていいから死ねッ! 一秒でも早く死ねッ!」
◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます