第3話




 セレンは敏感に戦域を測りながら、敵軍との接触を最小限に留めて敵陣の中心があると思われる北の針葉樹林地帯を目指して行軍していた。


 青年中隊長率いる部隊の人数は150名。

 敵本陣へ正面から攻められるほど人数も多くは無いし、気付かれずに進めるほど少なくもない。何をするにも半端な人数である。

 青年中隊長もその事は理解しているらしく、戦場ではぐれた分隊や傭兵を見つけては取り込み、時に隊長を失って半壊した小隊の生き残りと合流しながら人数を増やしていった。


「流石は中隊長殿、見事な采配ですな!」

「副隊長、増やした兵達の再編成を頼む」


 お任せを、と副隊長はニヤリと笑ってその場を離れ、威張り散らしながら指示を出し始める。

 他の隊より遅れて戦地の只中へやってきたのは、最初からこれが狙いだったのだろう。

 本陣の敵将を確実に叩きたいなら最低でも大隊規模は欲しいところだ。


「セレン、お前は傭兵達を集めて指揮を執れ」

「何で?」


 話を振られるや否や、むすっとした声色で返事をする。

 反応が早かったのは、こうなる事を半ば予想していたからである。


「フッ、報酬は上乗せする」

「じゃあ聖金貨プラス10ね」


 青年中隊長は形の良い眉を曲げて少し悩み、一度セレンの目を観て少し間をおいてから切り出した。


「そうだな。傭兵を100人集めたら聖金貨10で手を打とう」

「しょ・う・が・な・い・なあ〜! なら50人で5、100人で10って感じで。集めた時点で払ってよね?」


 いい笑顔でそう答える。

 セレンは初め不機嫌そうな態度をしていたが断るつもりは無かった。

 青年中隊長も彼女の表情からそれを読み取って妥当な落とし所へと大人しく誘導されることにしたのだろう。


「いいだろう。期待に応えてみせろ」

「はいはい。隊員を少し借りるわ。あと聖金貨、ちゃんと用意しといて」


 そう言うや否や、セレンは隊から騎士を四人ほど見繕って戦場を駆けて行った。




◇◆◇




 戦争といっても今回のこれは王国軍からの援軍は出ていないらしく、この地の領軍を筆頭に近隣領からの助勢で編成されている。

 それに領軍の中でも正規の騎士の数はさほど多くはない。

 大部分が一般兵で、残りを傭兵で水増しした練度の低い軍隊である。

 傭兵業をそれなりに長く続けているセレンには、それなりに腕があって適当に稼いでいる流れの傭兵が居そうな場所の検討は付いていた。



「あー、アンタまだ傭兵団やってたのかよ。足洗うんじゃなかったの? へ〜、家族がねぇ…。そりゃ大変だわ。そんな話聞かされたんじゃ仕方ないな。今回は貴族サマと契約してるアタシんとこ手伝わせてやるよ」


「アンタ達さ、そこの頭から矢を生やしてる騎士に雇われてたんでしょ? こっち手伝ってくれんなら新しい雇い主紹介してあげてもいいんだけど」


「は〜い、稼げてる〜? あっそう。それは余計なお世話。まあいいや、これから正規軍と敵本陣突っ込んで荒稼ぎするんだけど、興味ある?」


「ねえキミ達〜。印が付いた死体から勝手に剥くのは違法だって知ってるよね〜? こっちの騎士サマもばっちり見ちゃったんだけど。…え、奴隷落ちは嫌。そっかそっか、それじゃ黙っててあげる代わりに…」


「おいおい、こないだはよくも裏切ってくれたな! あァ? 今は味方、へえ? それなら当然、アタシ達と一緒に戦ってくれるんだろ。何せ今は味方なんだもんなァ?」


 宥(なだ)め、賺(すか)し、誑(たぶらか)し、脅(おど)し、糾(ただ)し。

 セレンは戦士達を苛烈なる戦場へと送り込もうと、傭兵としてのあらゆる交渉術を駆使した。

 見目麗しき女性が扇動し、戦士をヴァルハラへと送るが如き行為は、まさしく“地上の戦乙女”の二つ名に偽り無しと言えよう。




◇◆◇




「はい100人突破。ボロいわ〜」

「たった二日で本当に集めてしまうとは。しかし、子供まで戦わせるのは流石に…」


 連れてきた騎士は困惑しながらも、思っていた胸の内を告げる。

 死体漁りの痩せた浮浪児達の事だろう。


「はぁ? 誘おうと誘わなかろうと、あの子達はこの戦場から居なくならないわよ。それに戦わせる訳じゃないし」

「ですが、戦わせないのでは100人として認めるわけには…!」


 これが騎士と傭兵の違い。

 普段は気にも留めていないのに、いざ目の当たりにすると同情し、されど人としては認めていない。


 傭兵はその点シンプルで公平だ。

 戦場に出た以上は大人も子供も無い。運か能力のある者が稼ぐ。


「アタシは戦える傭兵とは一言も言ってないし、武器とかを荷運びする役だって必要じゃない? 戦える騎士と傭兵に重たい荷物運ばせて疲れさせるなんて、間抜けのすることでしょ」

「それは、確かに…」


 こうして納得出来そうな答えを与えられれば、覚悟の無い考えの甘い者は引っ込んでしまう。


「安心して、あの子達にはアタシが交渉して賃金を払わせる。無理ならアタシが立て替えるし。言っておくけど、アンタ達の飲む酒代よりずっと安いんだからね」

「………」


 納得しきっていない顔だったが、彼等もそれ以上は何も言わなかった。






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