第2話
傭兵の女性は急遽、事前の契約になかった条件の交渉をした結果、臨時収入を獲得。
そして自らを【“地上の戦乙女”セレンディート】と名乗った。
青年中隊長は名乗りを上げるセレンの様子を、馬に乗ったまま彼女の周りを一周しながらしげしげと観察している。
「ほう、なるほど…。ではセレン、早速働いて貰おうか」
「(おい、アタシの提案はガン無視した挙げ句に許可も取らずにいきなり愛称呼びとか、このボンボン頭沸いてんじゃないの?)」
そんな感情は表面上はおくびにも出さず、セレンは営業スマイルで中隊と共に敵陣があると思しき方角へと歩き出す。
そこを副隊長が呼び止めた。
「おい傭兵。馬はどうした」
「おいボンクラ騎士。アタシはちゃんと名乗ったのを聞いてなかったのかしら。その耳は飾りなの?」
セレン以外の隊員は皆騎乗している。
広い戦場では主力が敵陣へと乗り込むには機動力は不可欠で、実際セレンもここに来るまでは馬に乗っていた。
「ではセレン。領軍から貸し出された馬はどうした」
「アルデバランなら後方へ逃がしたわよ」
青年中隊長の問いかけに営業スマイルでそう返す。
しかし想定外の返答に青年中隊長も反応に困り、代わりに副隊長が割って入る。
「は? じゃあ敵陣までどうやって行くつもりだったのだ」
「他の死んだ兵士の馬を拝借するつもりだったのよ」
騎馬兵が戦地で馬を失えば、目についた近くの馬に乗り換える事は決して珍しくはないが。
しかし、今後も必要なのに自ら率先して乗り慣れた馬をリリースするなんて話は聞いた事がない。
「何故だ。どうせ乗るなら馬を逃さずそのままにしておけば良いだろう!」
「アルデバランが矢弾に当たって死んじゃったらどうすんのよ! 心が痛むじゃない!」
副隊長はこの女傭兵が何を言っているのかさっぱり訳が分からないといった表情を浮かべていた。
「さっきは人をゴミみたいに殺しておいて…」
「構わん。予備の馬を貸してやれ」
指示を受けた隊員の一人が予備の戦馬を連れてきた。
栗毛で鼻から額にかけて白い筋のある四歳ほどの雄馬である。
つぶらな瞳が興味深そうに周りを見て、トテトテと歩いてセレンの前で止まる。
「あら、可愛い子じゃない。ねえ、この子なんて名前なの?」
戦馬を連れてきた、いかにも初陣といった雰囲気の若い隊員はセレンから向けられた華やぐような笑顔を見て緊張してしまったらしく動きがぎこちない。
「は! い、いえ、自分は知りません…」
「馬の名前などどうでもいいだろう! さっさと乗れ。お前もいちいち答えんでいい」
「はいはい、名前が無いならアタシが勝手に付けてもいいわよね〜」
そう言って興味を失ったのか周りの目を気にすることなく、あれこれ呟きながら連れてこられた戦馬を慣れた手つきで撫でて名前を考え始める。
「フッ、面白い女だな」
「お、面白いなど、興味を持つような相手ではありませんぞっ! 猿真似の作法は身に付けている様子ですが、所詮はどこの馬の骨とも知れぬ下賎の輩。我々に対する敬意の欠片すら無い!」
「よし、アナタはベテルギウスよ! よろしくねベテルギウス〜」
勝手に命名したセレンは戦馬に跨り、青年中隊長や副師隊長と相対していた時とは打って変わって優しげな表情でたっぷり愛でながら行軍を始めた。
ベテルギウスと名付けられた戦馬は上機嫌に頭を上下させながら軽快な足取りで進む。
その様子を遠巻きに観ていた隊員達は忌々しげに見ている副師団長の手前、声を掛けられずにいるが。黙って行軍しながらも、美しい女性が馬と戯れる様子にしばし魅入っていた。
「こら、弛んでいるぞお前達!」
副隊長の怒声を浴びせられて渋々視線を前に向ける隊員達。
彼等はこの副隊長の下に配属された事を不運だったと呪った。
「セレン、こっちへ来い」
「敵でも出てきたの?」
セレンは周囲への警戒を怠っていないので敵影が無いことは分かっていた。
「敵ではない。俺の話し相手をしろ」
「敵がいないなら契約外なんで拒否するわ」
にべもなく断る。
とてもではないが一介の傭兵が貴族に対してする態度ではないので隊員達に緊張が走った。
しかし青年中隊長は特に気分を害した様子もなく、少し考える素振りを見せている。
「中隊長殿。そんな女ではなく話し相手なら私が務めましょう!」
そこへ副隊長が揚々と割り込んでいく。
この部隊は男所帯である。
副隊長が、青年隊長に色目を使う悪い虫が寄ってくるからと言って、部隊から女性隊員を追い出してしまったのだ。
「なら命令だ。敵陣に着いてからの打ち合わせをするからこっちへ来い」
寄ってくる副隊長を手で制して再び声を掛ける。
セレンに端正な顔を向けて「これならどうだ」という、いかにも貴族らしい小さな笑みを浮かべている。
言い回しを変えただけで同じ事をさせようとしているのは明らかだが、契約内容に関係する命令とあっては断りにくい。
「ちっ…。さっき戦ったばかりだから一休憩してから向かうわ」
「そうか、まあいいだろう」
セレンは空を仰いで息を吐き出す。
この契約を結んだのは軽率だったかと、恨めしげに雲一つ無い綺麗な青空を眺める。
「(アタシの気分は落ち込んでるのに、どうして空はこんなに青いのかしら…。はぁ、面倒だけど仕事だもんね。待っててロナ。すぐに帰れるように何とかしてみせるから!)」
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