第26話




ー〈ランカイン侯爵軍〉ー


 領軍と北軍との境界から東にある岩山。

 それぞれの陣営がしのぎを削る一進一退の攻防を繰り返すその裏で、この戦争の行く末を決める頂上決戦が行われていた。


 両雄の度重なる激突と強力な法力を纏った武法の応酬で周囲の地形は断たれ、砕かれ、穿たれ、抉られ、破壊の影響を受けていない場所の方が少ない。


「戦士ベルガン。噂に違わぬ真に見事な戦い振りよ! 為ればこそ、吾の全身全霊を懸けるに値する!」


 ドワーフ族の大勇士ネームド“星石”アグラーハは法力で青く輝く金剛鋼の大戦斧を天に掲げて、自らの内側から闘気を迸らせる。


「これが其方の全力か。であれば、俺も相応の威を以て応えねばなるまい…!」


 その輝きに応える様に、北東の剣聖と謳われし名前付ネームド“剣墓”ベルガンもまた金剛鋼の剣に法力の輝きを纏わせて両手で握り込み、青い闘気が全身から膨れ上がる。


「『穿たれた大地』、『輝ける星々』、『大望する強敵』、『場を満たす戦士の力』…。ここに吾の『法技』は成ったッ…!」

「『多くが死せる荒野』、『朽ちる戦具』、『俺の他に味方は無く』、『数多の血を帯びた宿敵』…。これで俺の『法技』は顕現するッ…!」


 唱節を一つ発する度に法力の圧力が一段階引き上げられ、辺りの空気が重くなる。

 二段、三段と進むに従って両雄共に目が爛々と輝きを増し、正気か疑わしい妖しげな色を帯びていく。


「来たれ【星石】よ、吾の大願を成就せんと、大空にて輝かんッ!」

「我が一刀を振るえば、遍く英雄は地に伏し【剣墓】にて弔われん…。この一撃で決する!」


 アグラーハの法力が天を貫き雲を散らした!

 ベルガンの法力が大地に突き立てられ地響きを起こした!


「人法技【星石降臨スターダストアドベントゥス】!!!」

「人法技【英朽剣墓オーバートゥームルインセイバー】!!!」


 飽和して周囲へと解き放たれた法力の渦が形を為して、両雄の胸の内に熱く刻まれた力の象徴を具現化させる。


「また一つ、星の輝きが喪われるか…」


 天から青き光の粒子を纏った流星が夜空を切り裂いて降り注ぐ!


「例え肉体は滅ぼうとも、英雄は死せず…」


 迎え撃つは大地より隆起した超巨大な青い光の塔。いや、塔の様に巨大な青き剣!


 これが、名前付ネームドと呼ばれる英雄だけが使えるという、武法や法撃すら超えた超常の力。


 ー『法技』である。





◇◆◇




 頂上決戦の行われている岩山から離れた丘の上で、その様子を眺める者達が居た。


「あー、こりゃ化け物だわ」

「だから言ったろ? こんな所で油売ってないで戻って雑魚兵で稼いでた方がマシだって」

「ひゃー、自分じゃどんだけ凄いのかさっぱりっス! もうとにかく凄いっス!」


 北軍の大勇士ネームド討伐に乗り遅れてしまったセレンとアマンダ達である。

 セレンたっての希望で、あわよくばと漁夫の利を狙いに来たのだが、その浅知恵はスケールの違う決戦の凄まじさを前に呆気なく瓦解した。


「あー、ベテルギウス。もっと離れよっか〜」

「何だいこの馬鹿デカい法力は…っ!」

「お頭、早く逃げるっス!」


 桁違いの法力の高まりをビリビリと感じ取り、これから起こるであろう大破壊を予期した三人はその場から急いで避難する。

 セレンは走りながら何度も振り返って衝撃の瞬間を待った。


「ちっ、気持ちよく『法技』ぶっ放しやがって…」

「セレン嬢に言われたか無いと思うけどねえ!」

「異次元過ぎて訳わかんないっス〜」


 ゴゴゴゴゴゴゴ…、という地鳴りと大地の振動を感じながら、安全域から決着までの一部始終を逃すまいと見つめ続ける。


「ねえアマンダ。アタシとアイツ等とならどっちが強そう?」

「馬鹿だね。少なくとも今の嬢の『欠陥法技』じゃ話にならないよ…」

「うきゅうぅぅ! 目がーっ!」


 凄まじい閃光が目を焼いた。

 法力の守りの足りなかったレニは目を両手で覆ってよろめき、セレンとアマンダは意地でも耐えようと法力の厚みを増して目を逸らさない。


「あー、勝負あったか」

「まあこればかりは仕方ないねえ」

「え、どーなったんスか? 自分前が全然見えないんスけど、まだお目々ちゃんと付いてるっスか?」


 やがて光は収束し、形の変わってしまった岩山の上に巨大な剣の塔が建っているのが見えた。

 あの激突で剣が残っているという事実は、つまりそういう意味なのだ。


「あーあ…。賞金は無しか〜」

「だから言ったろ、時間の無駄だって。こんなもの観たって力の差を見せつけられるだけさ。銅貨一枚にもなりゃしない」

「自分まだ見えてないっスけど、力の差はめっちゃ理解したっス。無理っス、生まれ変わっても絶対無理っス!」


 一口に名前付ネームドと言っても、実力はピンからキリまである。

 セレンは決して自分が弱いとは思わなかったが、それでも先程の光景から自分とは重ねてきた年月と熟練度に大きな隔たりがあると感じてしまった。


「(認めたくないけど、あのアグラーハとかいう奴の『法技』からは相対して撃たれれば最後、決して逃げられないだろうし。その前の戦いだって、アタシの槍や炎じゃ通用しそうにない)」


 セレンは戦いの様子を観ていた余韻から冷めぬ内に頭の中でアグラーハと対決する自分を想像してみる。

 アマンダの言うように今の自分では話にならないだろう。


「(あれが賞金で金貨100枚? 冗談じゃない、割に合わないにも程があるわよ…。結果的にアタシもヴィンスも、アレと戦わずに済んだのは幸運だったのかも知れないわね)」


 見上げると、流星に切り裂かれた天には満天の星空が広がっていた。




◇◆◇




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