第50話
◇◆◇
地上に戻されてすぐ。
露わになった胸元に顔を埋める男を無視して、首から下げていた指輪を摘んで息を吸う。
「すぅ〜っ…」
「スーハースーハー」
指輪を素早く嵌め、左手に短剣を出現させて男の首筋に狙いを定めた。
「ふぅ…ッ!」
シャッと短剣を滑らせて男の首を掻き切る。ここまでで2秒。
「がっ…?!?!」
まだ身体は動くので、突然の事で驚く男を払い除けて上体を起こす。
「いつまでアタシの身体を勝手に触ってんだよ。早く死ね」
切られて引き千切られた服装を見てから、ため息を付くと立ち上がりそのまま脱ぎ捨て身体の状態をチェックする。
「なん…で…? 死、んだ…ッ、はず…」
血は付着していたが法術で洗浄して、傷が無いのを確認してから指輪を光らせて一瞬で着替えた。
「ちょっと予定が変わったのよ」
息絶えた男を見下ろして、すぐに興味を無くして指輪を胸元へ仕舞い、落ちている荷物を拾い集める。
大きく息を吸い込み、日の出を見ながら伸びをして吐き出す。
「すぅ〜…。はぁ〜っ…。あー、空気美味しい。生きてるって最っ高!」
セレンは、まんまと生き返った。
しかし次の瞬間、視界は光に包まれてしまう。
ー△▲△ー
〘ちょっと待った〜っ!〙
(何よ。人が美味しく地上の空気吸ってるのに)
〘何で、何でまんまと生き返ってるの? 何で当たり前みたいに人殺せてるの?〙
(殺したかったからに決まってるじゃない)
〘うんごめんね。まずは一個ずつ聞くべきだった。それじゃあ改めて、何で生き返ってるの?〙
(【ラグナロクショップ】で『治癒(中)』っていうサービスが売ってたから10倍で買ったのよ)
〘あれって神界で霊体治す為のサービスなんだけど、もしかして死ぬ前だったから生身の身体に効いちゃった…?〙
(前に神殿で神サマのご加護で盲目が治った昔話とか聞いた事があったから、似たような事なら出来ると思ったんだけど。正解だったわ)
〘ええ〜! でも100%だよ? 貴女は今日死ぬ予定で、オークションで落札されてるんだよ?〙
(残りの0%の賭けに勝ったわ。エルドルはアタシの神様なんだからもっと喜びなさいよ)
〘なんてデタラメ! 数字の概念が崩壊してる! でも凄いね、おめでとう! だけどとても危ない状態なんだよ?〙
(オークションの元締めが怒るとか…?)
〘それもなんだけど。貴女は今僕達の主神様に
(借金ってどういう事よ、聞いてないわ! アタシの大嫌いな言葉なんだけど!)
〘いいかい。オークションで落札したのは僕達の主神様なんだ。当然だけど主神様は落札したエインフェリアが稼いだ
(アタシはかなり期待されてたから高額だった。だから主神はアタシで稼ぎたいのね?)
〘うん。もしこのまま
(何よその理不尽なやり口は!)
〘うん、神々からしたら貴女のしたことの方がよっぽど理不尽だからね? とにかくこのままじゃせっかく生き返ったのに台無しになっちゃう!〙
(どうにかしてよ、アタシの神様は主神じゃなくてエルドルなんでしょ?)
〘そう言われちゃうと弱いね! うん、何とかしてみる。貴女のさっきの行動でちょっといい案が浮かんだんだ〙
(じゃあ決まったら教えて。アタシは忙しいから)
〘うん、神使いが荒いね! 僕も本当はとっても忙しいんだけど頑張るよ!〙
◇◆◇
再び時間の流れは元通り、深呼吸の直後に意識は戻される。
こうして奇跡とも言うべき体験をすると、以前は神を信じてなかったセレンも割とすんなりと現実として受け入れられた。
「ふぅー。よし、まずは確認から」
気を取り直して知識として刷り込まれた感覚を意識から引っ張り出してみる。
「わぁお! くっふふふふふっ!」
セレンだけ聴こえる脳内のシステム音が鳴り、美麗な装飾のされた看板が浮かび上がった。
「やった、やったっ! 地上でも【ラグナロクショップ】が使える! いや〜死んだ甲斐あったわ〜」
正確には死にそうになっただけなのだが、運命ではセレンの死は確定だったらしいので彼女の認識としては生き返ったものだと感じている。
「えっへへへへへ〜…。これでいつでも若返れるぅ〜! え〜と何々、アーティファクトでしょ〜。天上の武具と〜。治癒各種に〜。選り取り見取りじゃな〜いっ!」
いつもの警戒心や張り詰めた雰囲気は何処へやら、興奮した様子で瞳をキラキラさせながら【ラグナロクショップ】を観て、だらしなく弛んだニヤニヤ笑いが止まらない。
「あ〜どうしよ! あれも欲しい、これも欲しいし、やだもう〜。アタシの時代来たあああぁぁぁっ!」
テンション爆上がりしたセレンは人目が無いのを良いことに声を上げて天に向かって拳を突き出す。
「この世に神は居たっ! あ〜エルドル様ほんっと神だわ!」
もうすっかり殺されかけた事を忘れて独りで盛り上がるセレンは都合の良い神を讃え、ショップを操作してあれこれウィンドウショッピングを楽しむ。
「あー、身体が軽い。こんな気持ちになるなんていつ振りかしら」
治癒の効果で古傷や痛めた身体も一気に治ってしまったのか、体調はすこぶる快調。
気持ちも大きくなり、今なら素手でも蜘蛛の魔物を軽く捻れる気がした。
「ん、そういやあのアゴ髭、こっちから来てたんだっけ。てことは退避した兵はこの先に居るのかな」
魔物の事を考えてたら合流時間の事を思い出し、慌てて地図を取り出して目的地までのルートを決める。
セレンは軽やかな足取りで林道へと入っていった。
◇◆◇
林道を少し進んだ先。
セレンの目の前には、浮かれて茹だった頭を引き戻すのに十分過ぎる光景が広がっていた。
「…ヴィンス。ベテルギウス…?」
そこには、血の気の失せたヴィンスと戦馬が横たわっていた。
どちらの目にも光は無く、ヴィンスの脇腹には致命傷と思われる刺し傷。
「何で、何でアタシと同じ死に方してんのよ…」
そこではたと思い出す。
同じシチュエーションの死因。
「アイツ…、アイツアイツアイツアイツアイツ!!」
真っ先に思い浮かんだのは自分を殺そうとしたアゴ髭の兵士。
「あああああああああああああああああッッ!!」
ずっとオドオドと様子がおかしかった。
そして真新しい血の付いた軍用ナイフ。
「何でもっと苦しめてから殺さなかった?! 生き返れた事に浮かれてどうでも良くなったから? ふざけんなこの大間抜けッ!」
真相を理解したセレンは一気に血の気が引いた表情で半狂乱に陥った。
「アイツの様子が変だったのに何で気を払わなかった?! 敵将を斃して浮かれてたから? そんな理由が通用するのか無能がッ!」
セレンを殺した動機は果たして逆恨みだけだったのだろうか。
彼は瀕死のヴィンスを発見して何を思っただろう。
もしも、ヴィンスが死ねば自分が降格させられた件を有耶無耶に出来ると考えたとしたら。
「あれだ、あの目だ。あれは正気の目じゃなかった! なぜ見逃した、アタシが興味なかったから? 間違いなく原因はソレだ。アイツはきっと地法力を浴びて気が違っていたんだ。だから思っていても実際にはやらないような事にも手を染めた!」
ヴィンス生還を知る唯一の証人であるセレンさえ口封じすれば真相は誰にも分からなくなる。
自分を刺した理由は、ただの逆恨みだけじゃ無かったのだ。
「アタシも桁違いに大量の地法力を浴びていた。それで気分が異様に高揚して注意が疎かになってたとしたら…。そもそもアタシが敵将を討ち取ったことを暴露したら意味がねえのに言いたくて仕方なくなってるとか頭おかしいだろッ!」
たった一人の取るに足らない、頭のおかしくなった味方兵士のせいで、もう目茶苦茶である。
ヴィンスは死に、下手人はセレン自ら殺してしまって真相を知る事すら出来やしない。
「ハハッ、アタシの得意とする一番の才能は殺しだ。それを上手く扱えてないんじゃ、アタシの価値って何なんだよ…? それが無けりゃ残ってんのはただの社会不適合者のクズだろッ!」
確かに地法力なんていうこれまで未知だった要素が絡んでいたから不意を突かれたのもあるだろう。
だが自分の軽率な行動と、その行動理由は何か。
簡単に人の命を奪えるのは何故か。
「敵兵という理由だけでアタシが殺しまくった人間には、家族だって友人だって恋人だって居たのかも知れないんだぞ?! 同業者だってそうだ、何人焚きつけて死地へ送った?!」
自分の事しか考えていなかったのだ。だから無責任な行動が取れる。他人の命を軽く見れる。
最低だ。ただ自分が最低な人間だったから、この最悪の結果を引き寄せてしまった。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなァァァ!」
そもそもチクる必要すら無かったのだ。ただ自分の気に食わないという感情に任せた結果がこれだ。
地法力なんて切っ掛けに過ぎない。おそらく影響下にある間は理性のタガが外れやすくなるのだろう。
しかし原因そのものを作っていたのは自分である。
「アタシはクズだ…! どうしようもないドクズだ! 救いようが無いッ! なのに、なのに浅ましくも自分の命の事だけ考えて、神界すら欺いた気になって…。あははははっ、いい気なもんだよ!!」
セレンは独りで浮かれていた事実に憤慨した。
今だってヨルドから吹き出した混ざり物の地法力の影響下にあるのかも知れないが、それ自体は己の本質とは関係ない。
「それが何になるんだよ! アタシが殺してきた敵兵にはきっとアタシよりずっと生きる価値のある人間が沢山居たんだぞ…? 馬鹿かよッ! アタシは昔から何にも変わってない…」
ヴィンスと相棒の戦馬が冷たくなっている間に、あろうことか自分の事しか考えていなかったという真実を知って、己を恥じ、心底軽蔑した。
「あああァァァ…。何をすれば赦される? 何をしたら馬鹿なアタシから馬鹿を排除出来る?! 神様ッ! 居るなら教えてよォ!!」
慟哭。
天から一転、地に堕ちた感覚。
赦されようと考える事自体、自分の事しか考えていない何よりの証拠となる。
心からの叫び声に呼応するかのように、セレンの意識は現実から切り離された。
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