第13話
昨夜の魔物との遭遇戦については聞かれるままに答えて、分からない部分は分からないと正直に返して、その後はゴネにゴネて湯を使わせて貰い。
傭兵達が剥ぎ取った素材に関しては彼等の働きに見合う金を出すなら差し出させる、と言って渋々ながらに目溢しさせた。
翌朝は予定通りに出発して、どうにか領軍の本隊より先に目的地へと到着することに成功した。
「セレン。よくやった」
「はいどうも。感謝の気持ちは具体的によろしく」
「フッ、相変わらずだな。おい、渡してやれ」
敵本陣から少し離れた台地に仮設された指揮官用ののテントにて、約束通り仕事を果たしたセレンはヴィンスの従者から金を受け取っていた。
「ひぃふぅみぃ…」
「また目の前で数えるとは、何度侮辱するつもりだ!」
「…魔物はまだ居ると思うか?」
いつも通り金貨を数えるセレンに、副隊長は怒鳴り声を上げて、ヴィンスはいつになく不安そうな声色で尋ねる。
「居るだろうなー。けど本陣で使うかは別だろ。操られてる動きじゃなかったし」
「そうか…」
「おっ、40枚しっかりあるじゃん。まいど〜」
決戦を前にして緊張しているヴィンスと違ってセレンは自然体そのものである。
魔物については彼女も懸念していたが、ただ本能のままに暴れるだけの危険生物を敵が自分の本陣で放つとは考え難い。
「ではセレン。我が隊は本隊より先に仕掛けて本陣を落とせると思うか…?」
「んー、無理じゃない?」
その問いかけにはちょっと考えようと思ったが、やっぱりやめて即答した。
偵察の報告によれば、ざっと見積もっても敵本陣は2000人以上が居ると思われる。対してこちらは傭兵を入れても400人にも満たない。
「おい傭兵、それはどういう意味だッ!」
「そのまんまの意味だけど。本隊が仕掛けるのを待ってからじゃないとどう考えても無理だろ」
副隊長は食って掛かるが、仮に兵の質で上回っても五倍の人数差はいかんともしがたいだろう。
「そうか。なら、大将首だけを狙うならどうだ」
「それこそ分かる訳ないし」
事前情報では、今回の敵将は大物だという。討伐賞金だけで聖金貨100枚が懸けられていた。
「なっ! 何の為にわざわざお前の様な者を雇っていると思ってるんだ! 必ずやれると言い切れんとは情けないやつめ!」
副隊長の態度は相変わらずで、好きに言わせておけば根性論を持ち出しそうである。
「コイツうるさいんだけど」
「副隊長、暫く席を外してくれ」
「な、何を仰るのですか中隊長殿! よもや私よりこんな下賎の女狐めの言う事を聞くのですか!?」
自分が外される事が心外という表情で訴えかける。
セレンを睨むが、目を合わせようともしない。
「副隊長。お前なら単独であの魔物を斃せるか?」
「な…、私は指揮をする立場であって戦うのは配下の役目…ですぞ!」
ヴィンスは沈痛な面持ちで、確認するかのようにそう切り出した。
「勘違いするな、指揮をするのは俺だ。そして今の俺に必要なのは結果を出せる突出した戦力だ」
「しかし、私は中隊長殿の為を想って!」
意思の硬さを感じさせるヴィンスの声色を聞いて、副隊長は狼狽を隠せない。
眉毛を寄せて、縋るような顔で窺う。
「本当に俺の事を想うのなら、結果の為に『納得』よりも『理解』を優先しろ!」
「…ッ!」
珍しく語気の強いヴィンスの口調。
その言葉が意味する所を察した副隊長は、口元を強く結んで耐えるような表情を浮かべていた。
「分かったなら席を外せ…。そうだな、命令を出す。大事な戦いの前だ、兵達を労ってやれ」
副隊長は無言で敬礼してテントの外へと退出した。
「はぁ、ようやくうるさいのが居なくなった」
「そう言ってやるな。あれは元々俺の父に仕えていた騎士でね、俺を心配しているのは本心なんだと思う。少々過保護だとは思うがな…」
本心で自分を支えようとする家臣を追いやるような言い方をしたのを気にしてか、打って変わってヴィンスの口調には勢いが無い。
端正な顔を歪めて、目を伏せている。
「ふーん、それで空回りしてるんじゃ世話ないわ」
「そうだな…。今回ばかりは失敗は出来ん」
セレンとしては無能な家臣でもそれなりの立場に置いているヴィンスの甘さは、良くも悪くも育ちの良さのせいなのだろうと思った。
人間的だと思う反面、隊長としては少々頼りなく感じる。
「アタシはどうしてそこまでして手柄を立てたいのかなんて興味は無いし、これまで通り金を払うって言うんなら傭兵の仕事として受けるつもり」
セレンは、感情より結果を優先すると言ったヴィンスの意志を尊重して、あくまでもビジネスライクに徹する事にした。
これは傭兵として、ベターな選択であると割り切っている。
「けど敵は
「だからこそ、同じ
初対面の時に驚かれたのもそれが原因である。
「
「そうだ…」
戦いを生業とする特別な
「自分で言うのも何だが、『法技』持ちの
「…分かるのか?」
「『法技』持ちは相手もそうかは観れば大体分かるのよ」
敵将は
つまり『法技』を持っていると見て間違いない。ならば、持たない者が勝てる見込みは限りなく低いだろう。
「セレン。お前と敵将ならどちらが強い?」
「それは分からない。分かった時には、どっちかが死んでるだろうし」
「そうか…」
武術の腕比べというのであれば、心得のある者同士が相対すればおおよその力量差は察しが付く。
しかし『法技』が絡めばその限りではない。条件や相性もあり、一概にどちらが強いと断言するのは難しいのだ。
「やめといた方がいい、ヴィンス。アンタはアタシより弱い。だからたぶん、戦えば死ぬ」
「…はっきりと言うのだな」
セレンは事実を告げ、ヴィンスは苦々しい表情を浮かべた。
「アタシに言わせてもらえば、アンタのやろうとしてることはただの無謀。仮にも今のアタシはアンタの部下らしくてね。部下は上官の無謀を諌めるのも仕事らしいじゃない?」
「フッ…そうか。ならばセレン。俺と一手立ち合ってくれないか」
ヴィンスは真剣な面持ちでセレンへ試合を申し込んだ。
「はぁ…。誰かの部下なんてやるもんじゃないわね」
「手間をかける」
これは彼が踏ん切りを付ける為の儀式なのは明白だが、セレンとしても口で説得するより分かりやすいだろうと承諾した。
「いいよ。表出な」
二人はテントを出て外で待つ部隊長達に説明し、その中から腕の立つ二人に立会人を任せる事にして、なるべく人目の付かない場所へと向かっていった。
「(さーて、それなりに自信はあるんだろうし、お手並み拝見ね)」
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