第14話
仮設野営地から少し離れた林の前。
騎士二人を立会人としてセレンとヴィンスは向かい合っていた。
中隊長と傭兵長による腕比べである。
「木剣…。アタシ槍がいいんだけど」
「すまんな、今はそれしかないんだ」
持ち運ぶ荷物を減らさないとならないので、せいぜいが訓練用の木剣くらいしか用意されていない。
言葉を交わしながらおよそ十歩分の距離を取って対峙する。
「法力は?」
「俺も貴族として多少の心得はある。正規の法士には及ばないがな」
法力を使っての試合は互いの了承無しで行ってはならない決まりがある。
ヴィンスは木剣の握り具合を確かめてからゆっくりと息を整えた。
騎士の訓練を受けたのだろう。多少と言いつつも自信を感じさせる。
「先手は譲ってあげる」
「随分と余裕なんだな。女に先手を譲られたのは初めてだ」
相手がセレンでなければ断っていただろう。
ヴィンスは彼女が人間より遥かに大きな蜘蛛の魔物を討伐する所を観ていたので、異議を唱えず素直に受け入れる事にした。
「それだけの差がある、か…」
ヴィンスは立ち合う前から考えていた。
セレンは強い。おそらく集められた他の傭兵達より頭一つ抜けた実力がある。
だから出し惜しみはしない、と。
「いつでもどうぞ?」
「それで負けても文句は聞かんぞ!」
言い終わる前に駆け出し、青い燐光が身体を伝って木剣を包む。
正面から縦に一回、続けざまに掬うような切り返しを斜めに一回!
「『俊連斬』」
半身を引いてセレンは躱す。継いで角度を付けて回転して二撃目も躱す。
反撃はせずに観察して、ヴィンスのフェイントを交えた剣技に合わせてステップを踏む。
「へえ、お連れの騎士より使えそうね」
「でなければ立ち合いを申し入れたりは、しない…!」
余裕を見せて回避に専念しつつ、絶妙な間合いで押さず引かずのやり取りを交わす。
そこへヴィンスが逃すまいと低い姿勢からの溜めた力強い横薙ぎがビュンと風を切り!
「『裂空破』」
タァァァーンと音を鳴らして、青い光を纏ったセレンの木剣が一瞬速く鍔を打って木剣の軌道を逸らした。
青い粒子が火花のように細かく散る!
剣を抜かせたぞ。
そう言っているかのように口元に笑みを浮かべるヴィンス。
それがどうした。
と体の軸はブラさず流されるまま大袈裟に剣を跳ねさせて勢いを殺し切るセレン。
二人は仕切り直すかのように十歩の間合いに戻っていった。
開始前と違うのは、お互いに木剣を構え、法力が全身を薄く覆っている所か。
「ふうん、それ西邦式騎士剣術よね」
今度は双方が同時に前に出て剣をかち合わせる。
三度、四度と小さな青い火花を散らしながら、ヴィンスは集中して隙を窺う。
「そういうセレンは帝国式の歩法に似ているな…!」
「これはあれよ。ヴィンスに合わせて知ってる正規の剣術っぽい動きをしてるだけだからっ! 剣は仕方ないの! 槍なら傭兵流の実践式だからっ!」
正規の剣術のような流れる動きを指摘されるのが嫌なのか、セレンは少し慌てて語気を強くする。
心なしか剣撃に込められた力が増している。
「恥ずかしがる事は、無いだろう! 美しい、足運びだったぞ…!」
細かくステップを踏むお行儀の良い歩法はやめにしたのか、セレンは先ほどとはリズムの異なる荒々しい傭兵剣術に切り替えて攻めに転じた。
突然の変調に堪らず押され始めるヴィンス。
「しかし、そうだったな…。槍でなくても、この動きか…、くっ!」
次第に息が上がり、受けに回る回数が増していく。
対してセレンはリズムこそ変えたが動き自体に乱れは無い。
このまま押し切られる訳には行かない、と起死回生に温存していた力と体重を掛けた受け身で、セレンの持ち手へ負担をかけた。
「ちっ…」
セレンは素早く右手から左手へ木剣を持ち替えて、ダメージになる前に負担の蓄積した持ち手を休ませる。
その一瞬の隙を逃すまいと、ヴィンスは力を振り絞る!
「『裂空破』」
今度は両手で叩き付けるように横薙ぎを放つ!
青い光が一際強く瞬き、法力無しでは大怪我をさせてしまうであろう一撃を見舞った。
コオォォォーン、と木を強く打ち付ける音が響き。
近くの林から小鳥達が飛び立つ。
「はぁ…はぁ…。もう少し、粘れると、思ったんだが…」
「そう、よくやれてると思うわよ?」
青く光るヴィンスの渾身の一撃は、同量の法力を纏うセレンが左手で握る木剣に受け止められていた。
ヴィンスの木剣からはすぐに光が弱まるが、セレンの方は揺らぎもしない。
それは、歴然たる力の差を物語っていた。
「なら、汗の一滴くらいっ、はぁ…はぁ…。流して欲しい、ものだな…!」
それでも、と牽制の為に木剣を振るって距離を取ろうとした所を、些かも衰えないセレンの踏み込みが眼前に迫り…。
「くっ…!」
カァァーン、と。
敢え無くヴィンスの木剣は宙を舞ったのだった。
◇◆◇
「あー、最近調子がいいのよ」
「酷い言い訳だ…。何の慰めにも、ならんな…」
汗だくになったヴィンスは地面に座り込み、顔に張り付いた金髪をかき上げて空を仰ぐ。
疲労困憊でもヴィンスの整った顔は、ある種の色気すら漂わせている。
「この後に本番があるのに、頑張りすぎでしょ」
「…俺にも意地がある。それに気付いて貰えないのは癪だがな…」
呆れるセレンにヴィンスは視線を向けた。
「そういうもんなの?」
「そういうものだ…」
暫く休んでいると、遠巻きながら兵や傭兵達が何事かと様子を見に来ようとしていた。
「あ〜、バテてる所悪いんだけど、そろそろ戻らない?」
「そうだな。いや、もう大丈夫だ」
数日前に出会ったばかりの時は互いに利用し合うだけの関係だったが、今ではこうして自然に接して打ち解けてきている。
「(ちょっと傲慢だけど、根は悪い奴じゃなさそうよね…)」
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