第12話




 夜の樹林で、青い残光が赤い妖光を斬り裂く。

 時折メキメキと音を立てて魔物の登ろうとした細い樹木が悲鳴を上げる。

 それが蜘蛛の魔物の位置を報せる警報になり、夜闇の中でもセレン達の包囲から突破する事が適わなかった。

 どうやら魔物の纏う法力はこの辺りの樹木にとっては腐敗毒になるらしく、いくら登ろうと脚を掛けても脆くなって支えきれなくなるようだ。


「アハド、そっち行った!」

「分かった! けど俺の法力じゃ大して通じないみたいだ。ゲイル、手を貸してくれ!」

「お、おう! けど魔物って言ってもピンキリだわな。硬えし、俺の得物じゃ森で振り回すのも厳しいわ〜!」


 セレンの攻撃で傷付いた魔物の逃げ道を塞ぐアハドと、魔物退治の経験のあるハルバードを持った傭兵ゲイルは協力して魔物の脚を狙って武器を叩き込む。

 弾かれこそしなかったが二人の纏う法力はセレンと比べると弱々しく、一度や二度当てた程度では有効打にならない。


「よーしよし、二人とも頑張れ! おお、さすがは傭兵長だぜ! そこだ、やっちまえ! …ああ〜、惜しいっ!」

「…うるせえ」


 セレンは足止めされた魔物の腹目掛けて背後から強襲するも、糸による反撃で回避させられ後ろ脚へと狙いを変えた。

 見張りに立たせていた何も考えて無さそうな男はその様子に一喜一憂しながら手に汗握り、熱の入った観戦に興じている。

 観るのは良いが、楽しそうなのが腹立たしい。


「え、これどうやって接近すんの? こっち来られてもたぶん足止めムリじゃん。ナイフでどうにかなる相手じゃねえって!」

「注意だけ引けばいい! 目ん玉狙って投げるとかやれんだろ!」


 ナイフ使いの斥候男は慌てふためくばかりで完全に浮足立っている。

 セレンはようやく二本目の脚を半ばまで深く傷付けて使い物にならなくしていた。

 しかし時折飛んでくるのはあまり有効ではない矢だけで、この男のナイフが投げられる事は無かった。


「えっと、目ん玉って八つあるけど、どれ狙うの?」

「適当でいいだろ!」

「だ、だから、その適当が分かんないから聞いてんの!」

「(クッソ、無能かよぉ…!)」


 ナイフ使いは魔物の威容に竦んでいるのか、とにかく細かい所まで指示を求めて自分で考える事を放棄している。


「目はこっちで狙う…。でもこの矢じゃ上手く法力が乗らないから刺さらない…」

「注意を散らせればそれでいい!」

「了解…」


 セレンは向きを変えた蜘蛛の正面に立たされて回避を優先せざるを得ない。

 そこへ反対側にいるアハドとゲイルの二人がセレンに負わされた傷の部分を狙って攻撃を加えていく。

 セレンはなるべく魔物の真正面に立たないように立ち回り、呼吸を整えて全身に青い燐光を漲らせる。


「何とかして隙を作れ!」


 パリンッ!

 弓使いが矢を放ち蜘蛛の視界を塞いだ。

 どうやら矢に魔物自身の血を入れた小瓶を括り付けていたらしい。


「そういうのを待ってたッ!」


 セレンは一拍置いて大きく踏み込み、突然の視覚異常に暴れる蜘蛛の脚を潜り抜けて、持ち上げられた頭部の下から渾身の槍を突き上げた。

 青い雷光の如き一撃!


『ビギヤアアアァァァ!!』


 喉を半壊させた魔物は濁った断末魔を上げてのたうち回る。


「がっ、クッソ…またかよ…っ!」


 デタラメな動きに態勢を崩されたセレンは蜘蛛の魔物から溢れ出す血液と赤いモヤを全身に浴びてドロドロにされ、吐き気と倦怠感に苛まれた。


「傭兵長ッ!」

「寄るな! 全身を法力で覆ってねえと魔物の法力にやられる…!」


 アハドが近寄るのを手で制して、法力を途切れさせないように歯を食いしばる。

 気を失いそうになるのをグッと堪えて、何とか魔物から身体を引き剥がして転がり出す。


「うっ、こっちも少しクラッと来たな…。確かに離れた方が良さそうだ」

「え、オレは全然平気だけど?」

「いやお前観てただけだろ…」


 二度目だが、トドメを刺した瞬間に吹き出す魔物の法力のモヤを避けきれずに浴びてしまった。


「すげえ、傭兵長すげえよあんた!」

「はぁ…はぁ…、おぅえっ! …これ、辺境の戦士はどうやって対処してんだ…」


 フラつきながら痙攣する魔物から離れ、荒くなった息のまま意識を保つ為に頭を働かせる。


「ああね。俺も詳しくはないんだけど、あっちじゃ魔物退治は法士が揃わないとやらないみたいだし、やっぱり『法撃』なんじゃないの?」

「あー、そりゃそうかあ…」


 言われてみれば確かに、法力で身を護る騎士を盾にして『法撃』で仕留めるのが一番なのかも知れないと容易に想像出来た。


「傭兵長、水は要るか?」

「ちょうだい…」


 アハドから差し出された水筒を引ったくるようにして飲む。

 ようやく息も整ってきて、落ち着いて考えられるようになってきた。


「約束通り、脚は貰う…」

「あーご勝手に。レニが騎士サマを連れてくる前に、アンタ達も採れそうなの持っていけば…?」


 それを聞いて傭兵達は赤いモヤの晴れた魔物の死骸に群がる。

 このまま置いておいても後で来た正規兵達に回収されてしまうだろう。

 魔物の素材を断りもなしに持っていけば文句を言われるかも知れないが、仕留めたセレン達には貰う権利があると言い返すつもりだった。


「え、これ頭とか持ってって良いの?」

「やめといた方がいいな。そんなデカイの持ってたら目を付けられて没収される」

「おいゲイル。金になる部位とか知らねえ?」

「だから、こんな大物は初めてなんだって。この牙ならナイフにできるんじゃねえの」

「ヒャア! 魔物の素材で作ったナイフとか、クールすぎんだろ!」


 ああでもないこうでもないと、素材の剥ぎ取りに夢中になる男連中を観ながら、セレンは一人深く溜息をついていた。


「(あ〜…素材とかどうでもいいから、めっちゃお風呂入りたい…)」





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