第30話
「もう間合いは読めてんだよッ!」
先程の魔物より一回り小柄な個体との戦闘は、すっかり慣れたセレンにとっては脅威でも何でも無かった。
「はいはい、ワンパターンワンパターン」
脚による攻撃を無駄なく躱していく。
「まず脚を斬ります」
伸びきった脚の関節部分を一瞬だけ青く輝かせた槍の穂先で両断。
「次にケツを抉ります」
二本の脚を切断してからのたうち回る魔物の背後に回って、糸を出す尻の先へと捻りを加えた回転する槍の一撃で抉り抜く。
「弱ってきたら視界を潰します」
威嚇して攻撃するまでの隙を突いて距離を詰め、魔物の目に千切れた脚の断面を押し当てて血液を塗り視界を奪う。
「するとやみくもに暴れるので、思いっ切り!」
距離を取って身を屈め、槍を両手でしっかりと構えた。
「腹を串刺しにすればあら不思議」
加速を重ねた三歩で全運動エネルギーを乗せた槍を魔物の腹の中心に突き入れる。
「魔物の死骸の出来上がり〜。…おえっ」
断末魔と体内から噴出する魔物の法力に顔をしかめてえずく。
「あー、やっぱり最後の赤いモヤは余計よね…」
最初の頃とは大違いの短期決戦である。
セレン自身もあまりの呆気なさに拍子抜けするが、比較的小柄な個体だったので今までの魔物より弱かったのだと思い直した。
おそらく魔物にも個体差があるのだろう。
「アマンダ〜、そっちどう?」
「どう、じゃねえだろッ! 何でうちと一緒にやった時より早く終わってんのさ!」
アマンダはセレンの相手をしていた個体と同程度の魔物と一人で戦っているが、まだ慣れないのか慎重に攻め手を選んでいる。
「あれは〜…、ゆっくり殺ってたから?」
「セレン姐さん流石っス!」
「終わったんならこっち来て手伝いな!」
アマンダは豪快な攻撃は控えて反撃を主体にした守りのスタンスで迎え撃っていた。
傷も細かい掠り程度でほとんど負っていないので続けていれば一人でも斃せるだろう。
「アマンダなら慣れればすぐ出来るようになるわよ」
「慣れるほど魔物と戯れたいとは思わねえよ! いいから手を貸しな!」
焦れたアマンダはセレンをせっつくが、ここで手を貸すよりアマンダ自身の力で斃させた方が、次の魔物討伐の時にスムーズになると思ったセレンは応援要請にも肩を竦めてどこ吹く風。
「先にレニに手伝わせてから言ってよ」
「…それもそうだね。レニ、こっち来て手伝いな」
「ひぃー、本当に勘弁っス〜」
その一言からセレンの目論見を察して正論だと判断したのか、アマンダはまだ汗の乾ききっていないレニを呼んだ。
「あっ」
アマンダに呼ばれてまだ疲労で動きの鈍いレニが立ち上がると、何かに気が付いたようにピタリと立ち止まり、みるみる顔色が悪くなっていく。
「あっ、て何だい!」
「あ、あわわ…」
「アマンダ、そっち手伝えなさそう」
セレンはレニの視線の先にある光景を観て、ピシッと空気を引き締めた。
釣られて戦闘中のアマンダも隙を見て二人の視線の先を確認する。
「そいつはどうい…う…、ッ!」
「マズいっス! マズいっス!」
「1.2.3.4…、見えるだけで7体か。まだ距離あるけど多いな…」
遠目に確認しただけでも七体の魔物がこちらの方角へ向かってくるのが見えた。
三体ですら捌くのに一苦労だと言うのに、その倍以上とあっては流石のセレンでも顔が引きつる。
暫しの間、三人は無言になった。
「セレン嬢、暫くコイツは預けるよ!」
「え、お頭…?」
「ちょっと、喰いかけなんて押し付けんな!」
そんな中で最初にアマンダが動き、自分の担当していた魔物をセレンに押し付けて転進した。
抗議の言葉を無視して魔物の群に注意を払う。
セレンは舌打ちしてすぐに魔物へと向き直り、脚の間を潜って胴体を斬りつけて敵愾心を煽る。
「こりゃ酷いね。…ん、ありゃレイチェルかい?!」
「あ〜そうっス、間違いないっス! あの蜘蛛の魔物達に追い掛けられてるんスよ!」
アマンダ達の言っていた傭兵団の残りのメンバーが魔物の群に追われていたようだ。
遠目からでも目立つ豪奢な男性用の白い礼服と装飾の施された騎士剣を腰から下げ、兜も着けずに目立つ金髪を晒した高身長の女性が仲間達に声を掛けながら魔物から逃走しようと指揮を執っている。
「全部相手にすんなら、出し惜しみは出来ねえな!」
セレンはテキパキと魔物の脚を切り離し、傷を与えて弱らせる。あの群が来る前に余裕を持って迎え撃てるように早めにケリを付けたい。
セレンの言葉にアマンダは仲間の窮地に焦りつつも先程までとは別の汗をかきながら懸命に考え、やるべき事を決断した。
戦ってみて分かった。あの魔物は法力無しでは決して勝てない。
「そんな事ァ言われなくても分かってるんだよッ! レニ、いいかい。何とかしてレイチェル達をわき道に誘導して魔物だけこっちに寄越しな!」
「り、了解っス! あわわ、後続増えてるっス〜!」
慌ててレニは手荷物をその場に放り投げて仲間達の下へと走った。
アマンダはそれを見送ってから戦鎚を両手で握り、荒くなっていた呼吸を整える為に大きく息を吐く。
仲間達の中には法力が十分に使えない者も混じっている。魔物には交渉も通用しない以上、捕まれば確実に殺されてしまう。
「はァ…はァ…はァ…。嬢も、適当な所で切り上げな…」
アマンダの腹の底から全身に法力が行き渡り始める。
アマンダはいつも本気を出さない。どんな時でも出し惜しみ、実力の底を見せようとしない。
女だからと舐められない為、自分を高く見積もらせる為、切り札を切らない事を己の武器としていた。
そんなアマンダが先の魔物との戦闘でも決して無駄遣いする事なく貯め込んでいた力を、
「こっちは、これでもう終わりだッ」
セレンはアマンダの本気を感じ取り、力ずくで魔物を攻撃した。
急いでトドメを刺した魔物はよろめきながらセレンから逃れようとあらぬ方向へと歩き出し、暫く進んでからようやく息の根が止まった。
「あグッ、はァ…はァ…!」
「うっく…、魔物の赤いやつの影響出てんのか…? アマンダ、法力が乱れてんぞっ!」
だが場所が悪かった。
力尽きた魔物の位置は丁度セレンとアマンダの中間で、両者に赤いモヤの洗礼を浴びせてしまったのだ。
「あっぐ…ッ! …何なんだよ、何でうちの周りにこんな不幸がやってくるんだよ」
セレンは慣れによるものか影響は少なかったが、アマンダはその影響を強く受けてしまった。
苦しそうなうめき声を漏らし、虚ろになった目のまま高まり続ける法力が大きく揺らいでしまう。
「待て、ちょっと早くないか。まだ距離あんだろ」
セレンはハッとしてアマンダに視線を向け、尋常ではない様子に危機感を覚えた。
まさか、と思いつつも咄嗟に赤いモヤを発する魔物の死骸を迂回する事なくアマンダに近付こうとする。
「はっハハ! 不幸にも『大地は蹂躙され』てる。不幸にも『人々は逃げ惑う』し、不幸にも『逃げ場は無い』と来て、敵は『強大なる悪意』と来たらナァ!」
「駄目だ、アマンダもう少しだけ待て! レイチェル達がまだ退避してねえッ!」
アマンダは唱節を一句唱えるごとに法力の圧力を一段階引き上げる。青い輝きが周囲を照らす。
だがペースが早すぎる。不安定な出力のまま次々と法力の段階を引き上げて行ってしまう。
「どきな…、どきなっ! 【地均し】アマンダ様のお通りだッッ!」
正気を失った濁った眼でアマンダは仲間達の後方にいる魔物の群だけを見つめて大きく戦鎚を振りかぶり…。
「人法技【
そのまま前方広範囲へと『法技』を解き放った!
「アマンダァァッ!!」
◇◆◇
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