第5話




 北の針葉樹林地帯から南へ少し外れた即席の野営地内にあるテントにて。

 いつの間にか傭兵長にされていたセレンは、偵察で見付けた謎の壷を土産にして報告の為に戻っていた。


「ご苦労だったな。これが報告にあったという敵が秘密裏に運んでいた正体不明の壷か」


 青年中隊長は表面の土や汚れを落とされた壷へと視線を落とす。

 法力で完全に密閉されているらしく、そのままでは中を伺い知る事は出来ない。


「今日はここで野営でしょ。アタシもう休むから、後のことはそこの四人に聞いといて」


 セレンは面倒くさそうな態度を隠そうともせず、一緒に壷を発見した四人の騎士を目で指す。


「フッ、こいつの中身が気にならないか?」

「どうでもいい。さっさと約束の100人集めた報酬もらって解放して欲しいんだけど」


 心底興味無いといった口調で傭兵勧誘の報酬を要求する。

 その反応は青年中隊長の期待していた物ではなかったが、既に日も暮れかかっている事を思い出して許可を出した。


「おい、払ってやれ」


 従者が用意していた金貨の乗った盆を持ってきたのを確認して受け取る。


「はい、まいど〜。じゃあお疲れってことで〜」


 お金の分だけの笑顔を見せてから今日の仕事は終わったとばかりに身を翻して、後ろ手に挨拶だけしてテントを出ていった。




◇◆◇




 春先とはいえ、大陸北部の夜間はまだ冷える。

 報告を終えたセレンは兜を脱いで寛ぎ、くすみの無い美しい金髪を晒して領軍の簡易食堂テントで温められた食事を摂っていた。


「まっず…」


 ナッツ入りの硬いパンと、乾燥から戻した肉片と豆で作った塩味のスープ。

 控えめに言って、美味しく無かった。


「正規軍だからもっとマシなもん食ってるかと思ったのに、案外そうでもないのね〜…」


 本来ならば傭兵が領軍からテントで暖かい食事を提供されたりしない。

 これは中隊長から直々に傭兵長の役職を与えられたからこその特典の一つだったのだが、普段からややお高い保存食を食べているセレンの口には合わなかったらしい。


「あァ? アタシの身体は見世物じゃねえんだよ。見るならせめて金を払え、金をっ」


 テントの中なら他の一般兵や傭兵達に見られないからと兜を取って素顔を見せたのが悪かった。

 口調や態度こそ粗野だが、セレンの美しい顔立ちは化粧気の全く無い素顔でも男所帯の騎士達の目を惹くには十分過ぎる魅力がある。

 と、そこへ慌ただしく騎士が駆け込んできた。


「傭兵長、大変です! 中隊長が!」

「もぉ〜っ! おちおち不味い飯食わせてもくれないのかよ!」


 正直言えば不味い飯を残す口実が出来てグッドタイミングなのだが、そこはそれ。

 いかにもげんなりした感じで応対する程度には、セレンの心は擦れていた。




◇◆◇




 呼び出されたセレンはその異様な光景に顔をしかめる。


「はァ? 何でこんなことになってんのよ。領軍の法士って無能なの?」


 日が暮れて暗くなった中をせっつかれてやってきたのは、先ほど報告の為に寄った指揮官用のテントの見える人だかり。

 テントは内側にいる何者かによって半分が崩されており、あちらこちらへ動き回っていて気色悪い。


「セレンか。あれが何か分かるか?」

「いや分かんないけど、どう見てもロクなもんじゃないでしょ」


 テントから突き破って生えた黒い節足をガサガサと激しく動かして辺りに被害を及ぼしていた。

 大きい。おそらく高さは2メートル前後、横幅は3〜5メートルはありそうだった。

 見れば篝火に照らされた周囲には、ソレにやられたと思しき血を流して横たわる被害者の姿も観える。


「ええい、遅いではないか。こういう時の傭兵だろう! さっさとどうにかしろッ!」


 そこへ先に駆け付けていた口うるさい副隊長がまくし立ててくる。


「あァ? 本日の営業時間はとっくにに過ぎてんのよ。余所を当たってくんない?」


 尚も口から唾を散らそうと息を吸い込む副隊長を片手で制して青年中隊長が口を開く。


「追加の報酬を払おう」

「はい、まいど〜。と言いたいけど、これ傭兵じゃなくて軍の法士の仕事でしょ」


 いい加減この女傭兵の扱いに慣れてきた青年中隊長は報酬で釣る事にしたらしい。

 それに対してセレンは壷を調べていたであろう法士に話を振ろうと思って口にしたが、横へずらした視線の先には地面に横たわるローブ姿が見えていた。


「役に立たんなら金は払わんぞ!」

「アンタが決めることじゃねえから黙ってろボンクラ騎士!」


 キャンキャン喚き立てる事に専念する副隊長に一瞥もくれず吐き捨てて、状況把握に努める。

 状況から観て、あの気色悪いモノは例の壷から出てきたという事になるが現実感が無い。


「な、ボンクラだとぉ! この、下賎な傭兵ごときを役に立ててやろうと言うのにッ!」

「だがセレンは法力が使えるのだろう」

「はい? 法力はお貴族サマの専売特許でしょうが。傭兵のにわか仕込みの法力に期待されても困るんだけど」


 法力を平民が学ぶのは大変難しい。それ故に、例え使えたとしても全て中途半端な我流である。

 法力の正しい知識や技術を得るには、専門の学舎に通うか優れた法士に師事しなければならない。

 当然学舎に通うには莫大な費用と相応の身分が必要で、ピンからキリまである法士から優れた師を雇うには多額の礼金と本人の才能が必要となる。


「中隊長殿、どうか避難をして下さい!」

「聖金貨10枚でどうだ。何でもいいから、とにかく何とかしてみせろ。これが敵の奥の手ならどの道ここで倒せねばこの戦争に勝機は無い」


 言われて兜を被りながら考える。

 敵の用意した策である以上、何とか出来なければ完全に不利になるのは必然。

 例え今拒否したとしても、今後の戦争でも出してこられる可能性があるなら早めに対策を知っておきたいのは山々。


「あ〜もう、20ならやってやる! クッソ、未知の敵とかリスク高過ぎでしょ!」





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