第8話




 翌朝、予定されていた早朝からの行軍は中止。

 通達の上では補給物資の到着が遅れた為、となっていたが明らかに昨夜の件が影響しての判断だろう。

 が、それを知るのは領軍の部隊長と騎士達、それに一部の兵だけである。

 結局、野営地を出発したのは朝と呼ぶには遅い時間になってからで、遅れを取り戻す為に日の出ている間はほとんど休憩を取らない強行軍となっていた。


 部隊長以上はヴィンスを中心に行軍の最中も何度も打ち合わせを繰り返し、短い休憩時間も忙しそうにしていたが、セレンはと言えば。


「女ァ! せっかく中隊長殿から傭兵長という身に余る職務を与えられておきながら何だその態度は! ならず者共とは言え部隊を任されているという自覚は無いのかッ!」

「アタシが疲れてる時にまたアレが出てきたらどうすんの?」


 そう反論すると副隊長に賛同しかかっていた場の空気が静まり返った。


「副隊長、構わん。セレンには足並みの揃わない傭兵の統率に専念させよう」

「む、中隊長殿がそう仰られるなら…」

「じゃ、そういうことで傭兵長としての仕事してくるから後はご勝手に〜」


 と言って早々に離脱して暇な業務へ就いていた。

 セレンは最初から傭兵をちゃんと統率するつもりなど無かったので、最低限の指示だけ出して後はめいめいの判断に任せている。

 たまに不平不満を口にする者には「領軍に付いていけば野営も楽だし、黙ってれば勝手に敵陣に向かってくれるから、わざわざ危険な索敵をしなくても楽に金を稼げるでしょ?」と丸め込んで黙らせた。

 半分ならず者で学の無い傭兵達は『楽』と『金』の単語に弱い。




◇◆◇




「ほらベテルギウス〜、お腹空いてない? ん、まだ大丈夫? そっかそっか、ベテルギウスは偉いね〜。でも日差しが強くなってきたからもう少し日陰の方に寄ろうか〜」


 馬に注がれる愛情の一部でいいから自分達にも向けてくれないかな、と横目に観ている傭兵達が思っていると、後方から一人の大柄な女傭兵がセレンに近付いて行った。


「よ〜うセレン嬢。貴族のお坊ちゃんに気に入られて傭兵長になったんだろ。美人は得だねえ」


 その大柄な傭兵は馬上のセレンに馴れ馴れしく声を掛ける。

 不機嫌そうな声色で鬱陶しそうに振り返り、相手の顔を確認すると。


「あァ? ってなんだアマンダか」


 大柄な傭兵の名前はアマンダ。トレードマークは大きな戦鎚。

 女性だが身長は190近くあり横幅もあるので、鍛え上げられた男性と遜色ない体格をしている。

 二人は以前からの顔見知りだった。


「なんだとはご挨拶じゃないか。あんだけ熱烈に勧誘しといて、うちらにも儲け話を分けてくれるって話じゃなかったっけ?」


 そう言って首だけ上だけ見れば丸顔で人懐っこい表情のアマンダは、眼光だけは鋭くセレンに探るような視線を送る。


「だからこうして本陣襲撃に誘ったんだけど?」

「しらばっくれんじゃないよ。昨夜はお楽しみだったみてえじゃねえかよ」


 後半は二人だけに聞こえる音量で近付いて話す。

 アマンダは熟練の傭兵団の頭で、この界隈では名の通った有名人である。

 熟練という事はつまり、いくつもの戦場を経験して生き残り、金銭を得てきたということ。

 目敏くて腕も立つ。


「昨日のに誘わなかったのはアマンダの武器と法力じゃ相性が悪いからよ。でもま、盾代わりにはなっただろうし誘っとけばよかったわ」


 広めるなと副隊長に釘を刺されていたが、相手がアマンダでは隠し立てするより正直に答えた方が良いと判断する。

 本当に話して欲しくないなら、彼は少額でも口止め料を支払うべきだったのだ。


「法力関係ねえ。…あ」

「何よ」

「もしかしてさ〜。これから戦う敵も法力必要だとか抜かさねえよなあ?」


 こういう抜け目の無さが、彼女を今日まで生き永らえさせている。

 たまに面倒になるが、味方でいる内は心強い。


「あ〜、アタシが知るわけないでしょ。そういうのはお偉い奴か間抜けな敵に聞いてよ」

「間抜けな敵ねえ…? 死んだんだろそいつら、毒飲んでさあ」

「ちっ、間抜けは敵だけにしろよ。どこの馬鹿だ、漏らした奴は…」


 自分の事は棚に上げて批難する。

 傭兵は生きるも死ぬも自己責任であるが故に、概ね自分勝手な人格の方が上手いことやりやすい。


「このアマンダさんをそんじょそこらの素人と一緒にすんじゃないよ。あんま舐めたこと言ってると例えセレン嬢でも容赦はしないよ」

「あーはいはい。漏らした馬鹿の情報と引き換えなら教えるわ」

「もったいぶるねえ! いいよ、昨夜の食事当番だったバレンってアゴ髭だ。でもいいのかい、あんな馬鹿でも正規兵なんだろ?」


 バレンという名に聞き覚えは無いが、昨夜の飯の不味さは覚えていた。

 と同時に、兜を脱いだ彼女に下卑た視線を送っていた一人でもある。


「あのクソ不味い飯を出した奴かよ! じゃあ気兼ねなく切れるわ。口の軽い奴はまた喋る。それにアタシがやらなくてもお貴族隊長サマにチクれば、後は黙ってても処分してくれるだろ」

「お〜怖っ! ほら、こっちは喋ったんだ、次はそっちの番」


 他人の生き死にを半笑いで済ませるアマンダも根っからの傭兵である。


 それからセレンは昨夜の出来事を掻い摘んで話して聞かせた。


「法力を纏わない武器が効かない蜘蛛の魔物ねえ…」


 口止めされてなかったのも理由の一つだが、例の魔物について自分より傭兵歴の長いアマンダなら何か知識が無いか聞いておきたかったのだ。


「アマンダは何か知らない?」

「いーや初耳だね。さしずめ北の新兵器ってところかい」


 どうやらアマンダでも知らないらしい。

 かなり真面目な顔をしているので本当に心当たりが無かったのだろう。

 抜け目ないアマンダの事なので、聞かされた話が金になるかどうか算段しているのかも知れないが。


「見たところ壷の封印には強力な法力が使われてたみたいだし、そんな簡単に用意できないわよ。たぶん」

「そうかい。じゃあ今回は戦争のドサクサ紛れに実験ってとこか…」


 実際のところ封印が解かれる場面は見ていないので詳細は不明だが、持って帰る道中で見た限りでは封印も密閉も完璧に見えた。

 かなり腕の良い法士でも無ければ出来ない芸当だろうというのはセレンの目にも分かる。


「アマンダって時々軍人みたいになるわよね」

「そういうセレン嬢は黙ってりゃどこぞの貴族令嬢にしか見えないけどねえ?」


 それはよく言われるので気にしない事にしている。

 アマンダも自分と同じなのかも知れないと何となくそう思った。


「はいはい、どれだけ綺麗って褒められても銅貨一枚払わなくってよ! オホホホ」

「とんだケチなお嬢サマだなおい! くくっ、まあいいわ。協力してやるから前線の美味しい所に配置しとくれよ」


 旨味のある前線への配置。

 多少のリスクはあるが、実力ある傭兵なら配置一つでずっと美味しく稼げる。


「ま、考えとく」


 配置の権限なんて持たされて無いのでセレンは適当に答えて、アマンダは後方に居る自分の傭兵団の元へと帰っていった。


 そこで気が付く。

 もし配置の権限の一部をヴィンスからもぎ取れれば傭兵達を思いのままに操って、自分が一番美味しい所を持っていけるんじゃないかと。

 そう考えたセレンは内心でほくそ笑んだ。


「ねえベテルギウス。アタシいいこと思いついたわ」




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