第24話




 幾度目かの激突と火花を散らすセレンの槍とドワーフの大戦士エズバーンの戦斧。

 遠くから響く爆音と空に上がる炎と煙が上がっても全く動じず、セレンは鋭く踏み込んで回転を加えた槍で螺旋の突きを繰り出す。

 あの爆音は領軍本隊の法士隊による物だろう。広い戦地の何処からでも定期的に響くのを確認できるので今やすっかり刻を報せる鐘の音代わりだ。


「疾ッ」

「甘い!」


 首を狙った一撃は丈夫な兜の角で弾かれて青い火花を散らす。

 そこへカウンターの斧が叩き込まれるが、そこは上体を反らして余裕で回避。青く光る刃が風を切って通り過ぎる。

 と思いきや、半周した柄が長く伸びて腰を打ち付ける!


「『旋衝打』」


 寸での所で腰を軽く捻って衝撃を殺し、脚を跳ね上げてエズバーンの腕を蹴り上げる。

 綺麗に決まるカウンター!


 だがまるで効いていない。

 エズバーンは長柄の両手斧をまるで手足のように巧みに操り、時に力強く、時に俊敏に、戦斧術と棒術を切り替えて攻撃に緩急を付ける。


「ならこれをあげる!」


 両手で引き抜いた二本の短槍を投擲した。


「効かぬ!」

「甘い甘い」


 様に見せ掛けて左手の槍だけ投擲していたセレンは右手の短槍を握って踏み込み防御の隙間に捩じ込む。

 更に回転を加えて抉じ開ける!


「姑息な手を!」


 エズバーンは燐光を伴ってグイグイと捩じ込まれる穂先が食い込まないように防御の隙間を埋めようと筋肉を膨らませ、法力を込めて押し返す。

 少し緩んだタイミングで大きく腕を振り払い短槍を叩き落とし、反撃を狙うがセレンは既に二歩後退。

 斧の柄を長く持って追撃するも、流れるように青い残光を残して躱していく。


「よくぞここまで動き回れるものだ」


 戦い始めてから四半刻は過ぎている。

 四半刻とは言え、休みなく戦闘する中で集中状態の維持は体力の消耗が激しい。


「何度か傷を付けてるはずなのに、効いてねえのかよッ…」

「ただの人間とは身体の作りが違うのでな。ドワーフの戦士にはかすり傷など、いくら負わされようと効かぬぞ!」


 それがハッタリではない事は対峙するセレン自身がよく分かっていた。

 いや、分からされていた。


「ドワーフの体力が底なしなのは分かった。けど、そんな樽体型になってまで欲しいとは思わねえ!」


 軽口を叩いて法力の乗ったしなりを加えた槍で変則的な突きを見舞い、防御を掻い潜らせる。

 注意を槍に向けさせた所で、落ちた短槍を爪先に引っ掛けて蹴り上げ、不意に顔面への直撃コースを辿らせた。

 それをガチッと歯で止められる!


「ふん、よもや体型を馬鹿にされるとはな。重心の安定感は近接戦をするのに有利であると、戦士なら理解出来よう!」


 そのまま歯で咥えた短槍に法力を込めて勢いよくセレンに吐き出し、面食らったセレンは追撃を封じられてエズバーンの反撃を許してしまう。


「『剛砕断』」


 エズバーンの斧がセレンの振り払った短槍を地に落ちる前に横殴りに斬り付けて青い光で爆砕した。

 破片が舞い散りセレンへ襲いかかる。


「肉にばかり頼ってるのは法力不足を補うためだろうが!」


 セレンは避けられないと悟り、身を固めて法力の光を分厚くして衝撃を耐える。


「法力の無駄遣いなど一流の戦士のする事では無い。筋肉で補えるなら戦士として当然するべき選択であろう!」

「馬鹿が! 重くなると馬に嫌われるだろうがッ!」


 細かな傷を負いつつも致命傷こそ避けられたが、一度に大量の法力を放って息を大きく乱す。

 それをエズバーンは見逃さない。

 立て続けに斬り込み、体力と回避の余裕をどんどん削っていく。


「馬になど乗るな、あれは軟弱者の足だ! 戦士なら走れ、鍛錬になるぞ!」

「おあいにくさま、そんな脳ミソに筋肉を詰め込む鍛錬なんてしなくてもアタシは強いの!」


 セレンは徐々に追い詰められ、息を整える暇を与えられない。

 そこへ追撃のエズバーンが迫る!


「『爆加朱』」


 エズバーンはグンと加速した。

 全身を朱く上気させ、白い吐息を早く細かく繰り返してセレンに肉迫する。


「だが現にお前は吾を倒せぬではないか。卑怯な戦い方ばかりしおって、軟弱者が染み付いておるわ。戦士として今一度己を振り返るのだな!」


 タックルに弾き飛ばされたセレンは空中で木の枝を掴み、強引に身体を引き寄せて迫りくるエズバーンの軌道から身を逸らす。

 エズバーンは一歩毎に大地を穿ち、土砂を舞わせ、樹木を殴りつけて方向転換してセレンへ向き直る。


「ああああああ〜〜! もういい!」


 セレンは樹上へ退避して、エズバーンの突進を回避するも、エズバーンは戦斧の一閃で樹木を斬り倒す。

 セレンは倒れ込む樹木の枝を伝って隣の木へ飛ぶ。それを追って加速したエズバーンが身を大きく回転させた。


「『剛斧無双』」


 エズバーンの汗が蒸発する熱気と加速に加速を重ねた暴風のような回転斬りが青い光の刃を生み出して周囲の木々を薙ぎ倒す!


「どうした戦士セレンディートォ。中央大陸の名前付ネームドはこんなものかァ!」


 セレンは直撃は避けたものの衝撃波で浮き上がる身体をコントロールしてきりもみから復帰するが、その代償に地上へと落とされてしまう。


「さっきから聞いてれば、戦士、戦士、戦士、戦士、戦士、戦士って!」


 着地と同時に態勢を立て直す、時間は与えられずエズバーンが大きく振りかぶった戦斧を真上から叩き付けてきた。


「『斬鋼一刃』」


 セレンは咄嗟に左手で抜いた剣で受け止める。

 目も眩むような激しく輝く青い火花をドバっと吹き上げながら周囲をバチバチと照らした。


「戦士の誇り無くして何が戦争だ。誇りが無いなら戦士を名乗るな! 戦士で無いなら戦場へ来るな!」


 凄まじい膂力で必殺の一撃を受け止めた剣ごと押し潰そうとするエズバーンに対し、セレンは右手の槍で顔面目掛けて零距離の突きを仕掛ける。


「だからアタシは…ッ」

「お前はどうなのだ、戦士セレンディートォッ!」


 エズバーンは首の一振りで兜を使って槍の一撃を弾き飛ばす。


「戦士じゃ…、ねえって言ってんだろうがっ!」


 槍を弾かれたセレンは右手で目の前にあるエズバーンの顔面を殴り付けた。


「効かぬ!」


 ミシミシと音を立てて戦斧が圧力を増し青い光を火花にして散らしていく。グググと全身を青く輝かせるセレンを支える両足は地面にめり込む。


「効けよ馬鹿がッ」


 セレンの右手がエズバーンの顔を何度も殴打する。

 凄惨な笑みを浮かべて打ち込まれたセレンの拳に噛み付くエズバーン。


「効かぬと言って…ッ」


 突然、セレンは表情を消して噛み付かれた右手を突き出して炎気を放った。


「『フレイムストライク』」

「あ?!?!」


 バガァァァンッッッ!!

 エズバーンの顔面から耳をつんざく激しい爆発音が響き渡った。


「クソがッ…! アタシに法撃を使わせてんじゃ…、ねえよ!」


 セレンは歯を食いしばってボロボロと歯が欠け落ちるエズバーンの口から右手を引っこ抜く。

 そして力を失ったエズバーンの両手に握られた戦斧を左手の剣で払い除ける。

 ガランと音を立てて落ちる戦斧。


「お、まえ…、戦士じゃ…? なん、で…」


 セレンは右手の状態を見て、突き刺さったままの歯を抜いて捨てた。

 ブラブラさせてからグッパグッパと開いて握り、全く火傷の痕の無い右手を見て、うんと納得してエズバーンへと向き直る。


「アタシが自分を戦士だなんて一言でも言ったか? 残念、戦士じゃありませんでした〜!」


 そして戯けたように嘲笑を浮かべてエズバーンの頭を小突いて兜を落とす。


「今…まで、ずっと…、騙…して…ッ」

「アンタが勝手なこと言って勝手に勘違いしてただけだろ。…もういい加減死ねよ」


 その頭に右手を置いて再び表情を消した。


「…ッ!」

「『フレイムストライク』」


 バガァァァンッッッ!!

 とエズバーンの頭は吹き飛んで、その身体はゆっくりと膝をついて崩れた。


 周囲は騒然としていた。

 成り行きを見守っていた11人は突然の幕切れに放心していたが、セレンにジロリと見られて唾を飲み込み思考を再起動させる。


「で、残りはどうすんの。アタシと戦う?」

「…神聖なる決闘で決まった事だ。吾らはお前が通るのを阻まない」


 目を充血させ、憎々しげに睨みつけるも低い声色でセレンが決闘の勝者である事を認めた。


「あっそ」


 セレンは興味無さげに投げやりな返事をして、戦いの中で散らばった自分の武具や荷物を回収していく。


「だが、お前が挑むというのであれば受けて立とう。法士セレンディートッ…!」

「はいはい、でもおあいにくさま。今のアタシは誇りより金なんだよ」


 仲間を無惨に殺された戦士達は手を出さなければ約束を違えた事にはならないと謂わんばかりに、圧力を纏った殺気をぶつけてきた。

 セレンは静かに佇んでそれを受け止める。


「(あー、久々だったけど鈍ったかな。アタシの法撃を直撃させても生きてるなんて、ドワーフって本当にしぶといわね)」


 ドワーフの戦士達はまだ何か言いたげに睨みつけてきたが、やがて一人また一人と背を向けて去って行った。

 彼等にとって決闘とはそれ程までに重い意味を持つ物らしい。


 セレンは落ちている槍を拾い上げて背中に収め、弓を拾って残りの矢を確認したり、テキパキと準備を済ませる。


「ふぅー…。じゃあ、始めよっか」


 深く深呼吸して全身に法力を行き渡らせて体調を整えた。

 彼女にとっては、これからが本番なのだ。




◇◆◇





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