第28話 シニア(2)
舞台前のファルムの元に、俺たちは豪華な花束を持って訪れた。花の種類には疎いので、花屋の人間には「とびきりのお祝い用の花束」を頼んだのだ。
花束を持っているだけで、上半身が隠れてしまう大きさなのでやりすぎてしまったかと思わなくもない。
本来ならば、ファル厶はこんな花束をもらう俳優ではないのだから。
俺達は劇場の人間に言って、ファル厶の楽屋に案内してもらった。
端役にも関わらず、ファルムは大部屋ではなくて個室の楽屋をあてがわれていた。そこで、数分しかない役のために一生懸命になってセリフの練習をしている。
これもきっとシニアが用意させた楽屋に違いない。
身分不相応な場所で、わずかな出番のために精を出しているファルムは何だか滑稽にも見える。
本人は一生懸命なのだが、彼を取り巻くものの全てが彼には不似合いなのだ。サイズの合わない服を無理に着ているようにも思えた
花束を持ってきた俺たち見て、ファルムは大いに喜んだ。
俺たちのことを自分のファンだと思ったらしく、実に上機嫌だ。本番前だから追い払われないかと心配したが、杞憂だったようだ。
ファルムは本番が終われば、すぐに帰ってしまう。ファルムと接触を持つには、本番前の時間しかなかったのである。
「私のファンがやってくるのはよくあるんです。ですが、普段は御夫人一人でやってくる場合が多くてご夫婦で尋ねてこられるのは本当に稀です」
俺とスズリは、互いに顔を見合わせた。
ファンムの目には、上等な服を着たスズリと俺が夫婦に見えていたらしい。そして、その執事がロータスといったところか。
つまり、極上の金持ち。
ファルムから見れば、金づる候補以外の何物でもない。シニアではなくて、俺たちに乗り換えたい考え始めているのかもしれない。
「俺は、お前に頼みたいことがある」
舞台の時間の事もあるので、俺はさっそく話を切り出した。
俺がやりたかったことは、ファルムの買収である。金持ちの女をパトロンにして食い漁っているファルムならば、金の話には食いつくと思っていた。
予想以上の反応で、ファルムは俺たちの話に喰いついてくれた。目を見開いて、鼻をヒクヒクとさせる。まるで、金の匂いに興奮しているようだった。
「お前は、シニアという女と同棲していると聞いた。言い値で金を払ってやるから、この薬をシニアに使って欲しい。使い方は、執事のロータスが教える」
ロータスは、俺に代わって薬をファルムに渡した。ガラス瓶の入れられた薄いピンク色の液体を揺らして、ファルム目を細める。
「言い値でなんて、ひどく豪勢ですね。あなたたちは、シニアにどれほどの怨みがあるというのですか?」
様々なパトロンの間を跳びまわっているせいなのだろうか。ファルムは察しが良い男であった。
もしかしたら、俺たちを脅して金を搾り取りたいと思っているのかもしれない。
「シニアには大切なものを傷つけられた。俺たちは、その復讐をしたいんだ」
ファルムには、詳しいことを聞かせるつもりはなかった。けれども、ファルムは俺たちの話を聞きたがる。
「聞かせてくださいよ。大切なパトロンを裏切るんですよ。それぐらいは教えてもらってもいいでしょうよ」
ファルムの言葉に、俺は少しばかり考えた。
すでにファルムは、俺たち側に付くことを決めているような口ぶりだ。
だからこそ、ファルムに俺たちのことを伝える利点は何もない。余計なことをして、後になって足を引っ張るという事は避けたかった。
「フィルム様、お聞きください」
ロータスが口を開いた。
「こちらにいらっしゃるのは、非常に尊い御方です。あなた様が味方になって損はない存在。どうか、多くのことを聞くのはお止めください」
ロータスはそう言って、フィルムに金を握らせる。
思ったよりも分厚い紙幣の厚みに、フィルムの顔がにやけた。下品な男であるが、俺は口には出さないようにする。金で買収される男だということは、分かっていたことだ。
「分かりましたよ。私としても、是非とも便宜を図ってもらいたいですからね」
ファンムは上機嫌であった。
「それにしても、随分と簡単にシニアのことを裏切るんだな」
もう少しごねられると思ったが、ファルムの買収はあまりにも容易かった。
ファルムは、にやりと笑う。
「あのシリアって女は、つまらないんですよ。ベッドの中でもお行儀よくてね。そろそろ飽きてきたし、金払いも渋くなってきたから潮時だと思っていました」
ファルムの言い分は自分勝手なものだった。しかし、こんなにも最低な男にシニアが引っかかっていたと思えば笑いが止まらなかった。
もう少しファルムが義理人情に熱い人間であったのならば、シニアの運命も変わったであろうに。
それから、俺たちはファルムの劇を見た。
内容を事前に確認せずに見たら、舞台の内容は一人の英雄が邪竜を退治するまでの道のりというもので……つまりは俺がモデルの劇だった。
俺は予想外のことに真っ赤になったが、スズリとロータスは興味深げに劇に見入っていた。
真実とはだいぶ程遠い劇は、邪竜を退治して終わる。俺を模した主人公は、姫と結婚して幸せになっていた。盛大の結婚式のシーンで、劇は終わった。
やっぱり、これは作り話だ。
だって、俺はまだ幸せになんてなっていない。
「俺の幸せは、復讐の先にしかない……」
俺は、ぼそりと呟いた。
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