第23話 デート


「さて、スズリ。デートに行こうか」


 奴隷商の探すために出ていったロータスを見送った俺は、スズリに手を差し出した。


 デートというのは、無論建前である。これから俺はたちは、イチカを騙す準備をするのだ。


「それでは、失礼いたします」


 スズリは、慣れた様子で俺の腕を取った。そして、自分から俺の腕に手を絡みつかせる。


 スズリは私服を着てもらっているので、これで何とかデートに見えるだろうか。


 女の子と付き合ったことのない俺としては不安でしょうがない。このあとも恋人らしいことをしなければならないのだが、そこに関しては自信がない。


 ただでさえ、スズリは今日は綺麗に化粧をしているのだ。普段のメイドのときからは、雰囲気からして随分と違う。


「胸を張ってください」


 俺と街を歩くスズリは、小さな声で言った。


「堂々としていれば、人は怪しまないものです。特に人が多い街ですと……大抵の場合は人は埋没します」


 スズリの言葉に、俺は息を吐く。


 肺の中を空っぽにすれば、まるで湖の底に沈んでいくのと同じ感覚がした。これが、人の波に埋没するということだろうか。


 人の視線が全く気にならず、むしろ風景画の一部になってしまったかのように俺は感じられた。


 

「私はロータス様から言い渡される仕事をするとき……。いつもこうやって、人混みに紛れます。下手に気配を消すよりもずっと楽に隠密行動が出来ますよ」


 スズリの言葉に、俺は肩をすくめて見せた。隠密行動の先輩の言葉は、ありがたい。


 俺とスズリが訪れたのは、高級な洋服ばかりを扱うブティックである。店員は俺とスズリを無事にカップルだと誤認してくれたようで、特に怪しむ様子もなく頭を下げてくれた。


「どのようなドレスをご希望でしょうか?」


 俺が悩んでいる間に、スズリは店員に耳打ちをしていた。店員は目を輝かせて、すぐに商品を持ってきてくれた。


 この街に多い金持ちは経営者などの市民で、由緒正しいある貴族は少ない。そこに紛れるスズリの服装は格式張ったドレスではなく、露出の多いセクシーな赤いドレスである。


 悪く言えば品がないともいえるドレスだったが、メイド服では分からなかったスズリの妖艶さを引き立てている。布一枚で変わってしまうスズリに驚きつつ、俺はスズリに首飾りを付けてやった。


「あらぁ、とっても素敵ですね」


 店員が、鏡を持ってきてくれる。


 鏡の中にいるスズリは、ドレスも相まって妖艶な美女になっていた。


 スズリにつけてやったのは、金とルビーで作られた首飾りである。むろん、本物だ。ロータスに頼んで買ってきてもらったものである。


 店の奥から出てきたブティックの店主は、スズリを見て「まあ」と声を上げる。


「とても素敵ですね。宝石の赤がとっても引き立っているわ」


 たしかに、胸元の宝石はきらきらして綺麗だった。引き立っていると言われてもファッションの事は疎いので俺にはよく分からない。


 それでも何も言わないのは不自然だと思って「綺麗だ」と褒めた。


「それでは、殿方の服を見ませんか。新しい服がちょうど入荷されたところなんです」


 そう言って、俺は試着室に引っ張られていく。


 ブティックの店員に着せられたのは、黒い服だった。丁寧に作られた服は、俺が屋敷で着せられた服よりも上等なものだ。そのせいもあって、いつもの服と違って少し動きにくい。


 俺としては洋服が赤ではないだけで、だいぶ安心できた。俺には、赤い服など着こなせない。


「お似合いの装いですわ」


 ブティックの店員はそう言うが、俺ではスズリに見劣りしてしまうと思う。


 スズリは赤いドレスを着こなして、まるで広告塔の女優のようなのだ。普通の俺が一緒に歩いていれば、きっと見劣りするだろう。


 俺は二人分の洋服の金を払って、ブティックを出た。


 スズリがはいている赤い靴のヒールは躓きそうな高さなのに、すたすたと歩いていく。


 バランスを取るための体幹が素晴らしい。教えを乞いたいほどだ。ロータスの部下と言う話は、伊達ではないということらしい。


 街を歩く人々は、スズリの格好を思わず二度見する。スズリがあまりにも美しすぎるせいだと思った。メイド服から着替えただけなのでコレなのだから、全く恐れ入る。


「皆さん、この宝石を見ていますね」


 スズリは、自分の胸元の宝石に手を当てた。


 白い肌には赤い宝石が良く映えているが、それよりやっぱりスズリの方が綺麗だった。


「俺は、スズリの方が綺麗だと思うけど……。その宝石も高いものではあるだろうけどな」


 宝石は、王の褒美から賜った金から買ったものである。それなりのものなので綺麗であったが、人の輝きには代えられないであろう。


「……ご主人様は、人たらしですね」


 スズリが、俺から視線をそらした。


「そんなわけがないだろ。人をたらせる才能があったら、邪竜退治のときだって仲間が出来ていたって」


 俺には、共に邪竜を退治してくれるような仲間は残念ながらいなかった。


 スズリは、くすりと笑った。


「それは、皆さんが恐れていたんですよ。この世を食い荒らす邪竜に立ち向かうのを。でも、ご主人様は恐れなかった。その勇気と武勇にロータス様は惹かれたのです。そして、私も……」


 スズリは、俺の胸にしだれかかる。


「ご主人様には、恋人などはいらっしゃるのでしょうか?」


 スズリの質問に、俺は疑問符を浮かべた。


「今は恋人とかは関係ないだろ」


 スズリは、俺を心底残念なものを見るような目で見た。俺は、なにか失言をしたのだろうか。スズリが小さく「恋人はいないようですね」と囁く。


「ならば、なんの罪悪感もなく恋人のふりができるというものです」


 俺とスズリが入ったのは、一軒のバーであった。入ってくる日光を最低限にし、蝋燭の光で薄暗い演出がなされたバーである。


 たったそれだけのことなのに、庶民的な店にはない高級感がバーには溢れていた。客もスズリや俺たちのように着飾った富裕層しかいない。


 このバーは、宝石好きな人間の間では有名な店ということだ。


 好事家たちの社交場。


 いや、自分たちのコレクションの自慢のために、宝石好きたちはここに集まるらしい。さらには宝石商までが出入りしていて、宝石の売買まで行われる。


 この街の宝石についての全てを凝縮したような店と言っても過言ではないのであろう。


 バーの店内には、たしかに宝石を身に着けた人々が多い。しかも、それぞれ付けているものが生半可な宝石ではない。大きさから加工技術まで、どれをとっても一級品だ。見ているだけで、俺は目がちかちかした。


 俺が購入した宝石だって中々なものだというのに、この店のなかでは見劣りしそうになっていた。


 それでも美女に扮したスズリのおかげで、なんとか及第点まで宝石の魅力を引き上げている。


 本当にスズリの変装術は凄い。普段は垢抜けないメイド姿なのに、今はとびきりの美女である


「宝石に目がないイチカならば、ここに入り浸っているはずだ」


 宝石の楽しさは美しさの鑑賞だけではなくて、他人に自慢することも含まれる。宝石の魅力に取りつかれたイチカならば、このバーの常連客になっていてもおかしくはない。


 俺は、ざっと店内を見渡す。


 しかし、イチカらしき人物はいなかった。


 ここであきらめる気はない。数時間。いや、見つかるまでバーには通い続けるつもりであった。


「酒は飲めるよな?」


 俺の問いかけに、スズリは頷く。


 俺はバーテンダーに適当な注文をし、二人分のイチゴのカクテルを受け取った。



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