第22話 賑やかな街
セリアスたちが滞在していると言う街は、俺の領地のなかでは一番賑わっている土地らしい。
王都に向かうには必ず通らなければならない街で、旅人や村人が多く立ち寄るのが特徴だ。
彼らのために宿屋が並び、彼らが持ち寄る珍しい品や情報が集まる街だった。
街に住んでいる住人よりも旅人の方が多いと呼ばれる街らしく、店を見て周れば長旅に必要なアイテムが多く並んでいた。
皮の水筒に長持ちするドライフルーツや固いパン。それに各種干し肉。それらは旅人や商人たちの大切な相棒になりうる商品たちである。
その一方で、色鮮やかな民芸品も数多く並んでいる。俺の記憶が確かならば、この漆の工芸品は遥か東方でしか出回っていない品のはずだ。
この町は旅の商人が多く出入りするため、珍しい品々が流出しているらしい。俺は旅をしているので、それなりには知っているものが多かった。
それでも、世界をぎゅっと押し固めてコンパクトにしたような楽しさがある。
一目で、二つの地方。あるいは、三つの地方の珍品を楽しめるのだ。現地に行くのとは、別な楽しみ方がある。
「相変わらず、凄い賑わいだな」
俺も通った道だが、この街には全ての物がある。
田舎育ちには、とても魅力的な街だ。
刺激的で、常に多くの娯楽に溢れている。
街を歩く人々の格好すらも様々で、金儲けに成功したブルジョアの洒落た格好は特に目を引いた。
自分達の成功を見せつける彼らは宝石や帽子で貴族のように着飾って、一般市民と自分たちは違うのだとアピールしている。
もっとも、本物の貴族は護衛無しで歩いたりはしない。そもそも彼らは馬車に乗ったままで、滅多なことでは庶民の前には姿を現さない。道行く人に富を見せるように歩く事などないのである。
「この街は、一番最初に異国の宝石や工芸品が広がる街とも呼ばれています。最先端の珍しいもの……特に宝石類が盛んに取引されていることで有名です」
ロータスの言葉に、俺は「へぇ」と感心する。
自分とは無関係な世界すぎて、この街の根本的なことすら知らなかった。これからは、この街も領地になるのだからしっかりと特徴を覚えていなければならない。
「前に来た時に買ったのは食料ぐらいだから、他の店はよく見なかったな。宿屋で一泊はしたけれども」
長期で滞在する理由がなかったから、疲れを取るために一晩だけ宿を取った頃が懐かしい。あの時は安宿で素泊まりを選択したものだ。
だが、今回は……。
「もうちょっと安いところに泊まらないか?」
ロータスが用意した宿は、街で一番高価だと思われる宿だった。
部屋は広くて、ベッドはふかふかしている。
椅子のクッションまでふわふわで、挙句の果てにソファーまで置いてあった。そんなふうに家具を置かれていても、ありあまるスペースを誇る宿である。
ちなみに、シャワー室まで付いている。
安宿では、シャワーなどついていない。銅貨一枚で湯を買って、身体を拭くのが精いっぱいだ。
テーブルの上には、珍しい果物が籠いっぱいに積まれている。
これは飾りではなくて、食べてもいいらしい。
日持ちするものを選んでユイにお土産に持って帰ってもよいだろうか。メイドのヘキナとイソも喜びそうだ。
「何をやっているのですか……」
果物を袋に入れているのをロータスに見咎められた。
このようなものは部屋で食べるのが普通で、持って帰ってはいけないらしい。食べきれないほどのフルーツが勿体ないと思ってしまうのは、俺が貧乏性だからだろう。
「これって、残したら捨てたりするのか?」
どうしても気になって尋ねてしまう。
おやつで食べるとしたら、三日分ぐらいが持つ量のフルーツが重ねられているのだ。これを捨てるとしたら勿体ない。
生のフルーツは、旅では貴重な栄養源だった。それに土地折々の特徴も野菜よりも出やすかったように思える。
「心配なさらずとも残ったフルーツは宿の者が食べたりしますから。高貴な方の払い下げを期待する下働きの人間もいるほどです」
とりあえず、フルーツは無駄にならない。
それを知った俺は酷く安堵した。
「オレンジやレモンなんて、南の方でしか取れない果実だもんな。捨てるなんて勿体ない」
言っているだけだというのに、想像で甘酸っぱい味が口の中で広がる。
一回しか食べたことがないが、オレンジは俺の好きなフルーツだったりする。オレンジの果肉を絞ったジュースも大好きだ。一回しか飲んだことがないけど。
「おや、オレンジをご存じなんですか?」
この辺りでは珍しいフルーツなので、ロータスはいぶかしむ。
「ああ。旅で一度だけ食べたことがある。美味いんだよなぁ。レモンも鍛錬の後に食べるとすっきりとした味で、疲れが飛んでいくんだ」
レモンを食べると聞いたロータスが嫌な顔をする。どうやら、俺の食べ方は一般的ではないらしい。
「すっぱいものは疲れに聞くとは言いますが……。そのまま食べるとは、あまり聞きませんね。それは調味料のように料理などに果汁を振りかけるフルーツです」
俺はナイフで切って、果肉に齧り付いていた。現地の子供に食べ方を教わったのだが、もしかしたら遊ばれて嘘を教え込まれたのかもしれない。
俺が食べたのを見て、現地の子供達もロータスのように口をすぼめた酸っぱい顔をしていたからだ。
「それにしても料理に振りかけるなんて、面白い食べ方だな」
現地では、菓子に入れたりして食べられていた。砂糖と一緒に煮たりするだけで、甘酸っぱいオヤツが出来上がるのだ。
だから、料理にふりかけるという食べ方は知らなかった。世界には、俺の知らない食べ方があるものだ。ロータスは微笑みながら「今度、作ってさしあげますよ」と言ってくれた。
「それでは荷解きをしますので、しばらくお休みください」
ロータスの言葉をありがたく受け取って、俺はソファーに座り込んだ。
馬車に揺られるだけの旅だったので、実のところちっとも疲れていなかった。しかし、俺が手伝おうとするとロータスは怒るだろう。
ここ数日で学んだことだが、主人は使用人を手伝ってはいけないらしい。とてもじれったいことだが、ロータスが睨むので渋々と従っている。
「本当に賑やかな街だな……」
窓から聞こえる喧騒に、俺は耳をすませる。
沢山の声が折り重なって、個々では何を言っているのかは判別できない。それでも、人々の営みの音は嫌いではない。むしろ、好きな部類だ。
「でも、このなかにアイツらがいるんだ……」
それを想うと喧騒を愛する気にはなれなかった。
「そうか……これは……」
俺が、自分の領地を愛するために必要なことなのだ。
ユイのためではなく、俺が許せないから、あいつらがいると愛しなければならないものも愛せなくなるから——だからこそ、復讐をするのだ。
「最初は、イチカだ」
俺は立ち上がって、置いてあったリンゴを齧った。その際に、溢れそうになる果汁をすする。視線は虚空を睨んでいた。
「ご主人様」
俺の側に控えていたスズリがナイフを持ち出し、俺に手を差し出す。
「御剥きしますので、リンゴをこちらに」
スズリの言葉に、俺は首を振る。
ロータスほど厳しくはないスズリは、俺の我儘を許してくれた。
この旅には、ロータスとスズリしか連れて来ていない。
ヘキナとイソそしてユイは、屋敷に残してきた。三人には、隠している復讐のことを知られるわけにはいかないからだ。
故に、この場にいるのは俺の復讐心を知っている者だけだ。
俺は、幼い時のことを思い出す。
俺の知っているイチカは、姉御肌で頼りになる女の子だった。
誰よりも喧嘩っ早くて、年上の相手にだって負けずに飛び掛かっていったものだ。その理由は、いつだって弱い者を守るためだ。正義感の強い女の子。泣き顔なんて、一度も見たことはなかった。
それが俺の覚えているイチカであったのに。
「どうして、変わったんだよ……」
故郷で待っている女の子のままでいて欲しかったのに。どうして変わってしまったのか。
いや、理由はあまりにも簡単だ。
金の力。
イチカはそれに目が眩んで、俺たちを裏切ったのだ。
「俺は、ここで復讐をする。……最初はイチカ。お前からだ」
リンゴを再び一齧り。
「そんな下品な食べ方をしないでください」
呆れる声は、ロータスのものだった。
リンゴを丸かじりする俺に、ロータスは呆れ返っている。
「三人いる中で、イチカを一番最初にしたのは何故ですか?」
ロータスは、そんなことを俺に尋ねた。
俺の復讐相手は三人もいるが、そのなかでもイチカを一番最初にしたのは理由がある。
「三人の中で、イチカが一番単純な性格なんだ」
真っ直ぐな性格と言えば聞こえがいいかもしれないが、周囲があまり見えていないともいう。
だからこそ、最も騙しやすいのだ。一番最初の小手調べの相手としては、相応しいといえるであろう。
「イチカは、簡単に丸め込まれる。だから、うまくすれば残り二人の情報も手に入れられるかもしれない」
イチカに期待していることは、それが実のところは大きい。二人について口を滑らせてくれたら、俺は大きなアドバンテージを得ることが出来る。
もっとも、セリアスやシニアの情報を売ったところで許す気はまったくなかった。イチカもイチカで、罪は償ってもらわなければならない。
「スズリの報告によればイチカは宝石を買いあさり、コレクションしているそうです。ただし、真否眼があるわけではないので、悪徳な商人に騙されることも多いとか」
ロータスの言葉に、俺はため息をついた。
宝石商に騙されているなんて、幼馴染ながら情けない話である。だが、そこら辺は田舎出身の娘だ。今までの生活に宝石なんてなかったから、見る目が養われてはいないのだろう。
俺だって、宝石の価値なんて分からない。そこら辺の石を見せられて「宝石の原石です」と言われたら信じる。
「俺の金を三人で均等に分けでいたら、そろそろ金も尽きることだろ。そこら辺につけ込んで引っかけるか」
俺が王にもらった金は、たっぷりとあったが有限だ。商売などで金を増やそうとしなければ(ましてや高価な宝飾品に使っているならば)そろそろ底が見え始めたころだろう。
「ロータスは、信用が置けそうな奴隷商を探してくれ。とにかく、顔の広そうな奴を頼む」
ロータスは、頷いた。
そして、思い出したように小言を言った。
「あまりご無理はなさらないように。リリーシア様がお怪我でもしたら、ユイ様が泣きますよ」
俺が邪竜を倒したのだが、と言いそうになって止めた。
どんなときだって人間が一番怖いというではないか。
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