第18話 自分たちの新しい家


「これが決別ってやつか……」


 セリアスたちに復讐をすることは決心していたが、村のことまでは深く考えていなかった。けれども、爺さんとの会話で復讐後の俺の立ち位置は明確になった。


 俺は、村の人間ではなくなるのだ。


 復讐するのだから、俺自身だって無傷ではすまないとは思っていた。何かを失うという覚悟が必要だとは察していた。


 そして、それが村である事は何となく分かっていた。


 けれども、突きつけられたら辛いものがある。


 俺は後ろを振り向いたが、爺さんは見送りには来てくれなかった。余所者になる俺とは、これ以上は関わらないというメッセージなのだろう。


「ユイ。チサトに水を上げてくれて、ありがとうな」


 ユイは、水を飲んでいるチサトの背を撫でていた。ユイは俺の姿を見て、笑顔を見せる。


 俺は、再び心を決める。


 セリアスたちのせいで、俺はユイの笑顔を永遠に失うところだったのだ。それは許してはいけない罪だ。


 俺からユイを永遠に奪おうとしたセリアナたち

 に永遠の苦しみを与える。


 もはや、誰に疎まれても責められてもかまわない。幼馴染三人に苦しみを与えることが、俺の人生の目的になったのである。


「俺たちの家に帰ろうな」


 この村には、もう俺の家はないのだ。


 先ほどの俺と爺さんのやり取りを知らないユイはチサトが使っていたバケツを返しに行こうとしたが、俺が止めさせた。


「それは、ここに置いておいていい。爺さんが、取りに来るさ」


 俺とユイは、チサトに飛び乗った。


 そして、生まれ育った村をゆっくりと出ていく。


 この村は、俺の父親が産まれた村でもある。


 父と俺の実母は幼馴染で、若いうちに結婚をして俺が産まれた。俺の母が死んでからは、父はユーナさんを村に迎え入れてユイを産んでもらった。


 俺にとって幸せだった記憶や家族の記憶は、全てむらにあったのだ。。


 幼馴染たちと……村人たちとの記憶も。


 祭りの前日に集まって夜更かしをしたことも、川に魚とりをしに行ったときも、悪戯を仕掛けて怒られたことも、全ての思い出が村にあった。


「この村は……俺にとって」


 戻れないと思うから、改めて分かるのだ。


 この場所は、俺にとっての全であったということが。


 俺は泣きそうになったが、今は泣いてはいけないと思った。泣いてしまったら、何かがあったのだとユイに勘付かれてしまう。


 俺は、ユイに復讐のことなど言うつもりはなかった。


 ユイだったらならば、俺と再会できただけで十分だと言うであろう。優しすぎるから復讐なんて望まないはずだ。


 俺にとってセリアスたちは幼馴染であるように、ユイにとってだって三人は兄や姉のような存在だ。


 とても、親しい存在であった。


 そんな存在だからこそ、喉を焼かれて奴隷に堕とされたとしても復讐までは望まない。


 二度と出会わなければ良い。


 ユイは、そう言うに違いない、


 ユイは、とても優しい子なのだ。


 そして、賢くて前向きだ。


 自分にされたことなど忘れて、俺と二人で前向きに生きていくことを望んでくれるだろう。もっと正確に言うならば「俺と共に生きていくことだけ」を望んでくれるはずだ。


 それ以上のことは過ぎた望みだと言って、復讐など考えない。


 俺だって、本当はそうしたい。


 ユイの成長を見守り、ユイが一人前になることを喜ぶ。


 そういう人生を送りたい。


 けれども、それは俺のなかの怒りが許さない。


 怒り狂った心が復讐して、ユイが味わった苦しみをセリアスたちに返してやれと言うのだ。


 俺は、ユイ傷つけられた時点で鬼になってしまったらしい。


「おかえりなさいませ。リリーシア様、ユイ様」


 気がつけば、俺は館に帰ってきた。


 俺はユイを降ろしてチサトを繋いで来ようとしたが、メイドのイソが手綱を持つのを代わってくれた。チサトは軍馬なので、普通よりも体格が大きい。そのため女性には扱いづらいのではないかと思ったが、イソはどこ吹く風だ。


「ご心配なく。私の実家は馬の調教をやっているので、扱いにはなれています」


 しっかり者のメイドのイソは、心配するところもない手腕でチサトを厩へと連れて行く。


 あの様子だったら、馬術も相当なものかもしれない。チサト以外の馬がいるかは知れないが、遠乗りに誘ってみるのも面白そうだ。


「おかえりなさぁーい」


 特有の語尾が特徴的なヘキナが、ユイに抱き着いてきた。


 その手には、男の子用の服が握られている。どうやら、ユイのための服を用意してくれたらしい。服を数時間で作るなど、とんでもない早業だ。


「急ごしらえだけど、ユイ様の洋服を作ったよぉ。裁縫には自信があるんだから、着てみてねぇ」


 ヘキナの豊満な胸に圧し潰されているユイは、とても苦しそうだった。


 けれども、ヘキナは全く気にしていない。


 そんなヘキナの頭を叩いたのは、スズリである。無口である彼女は無感情でもあるらしくて、表情をちっとも変えようとはしない。それでも、仕事は忠実にこなすタイプのようだ。


 スズリは、ユイの背中を押して洋服をもったヘキナと共に屋敷に入っていく。ユイを着替えさせてくれるということだろう。


「色々とありがとうな」


 俺は、ロータスに礼を言った。


 少し屋敷を離れていただけなのに、俺達を迎える準備をこんなにも整えてくれているとは思わなかったのだ。


 ロータスは「とんでもない」と言って、首を振る。


「ご主人様たちに居心地よく過ごしていただくのが、私たちの仕事です。ここは御主人様のご自宅なのですから、気兼ねなくお過ごしください」


 そうか、と思った。


 ここが、俺の家になったのだ。


 それを実感すると二度と村に帰れない事実が胸に刺さって、俺は少しだけ涙ぐんだ。


 急に泣き出した俺にロータスは気がついていただろうが、彼は多くを訪ねなかった。白いハンカチを差し出してくれただけだ。


「ご主人様、見てみてぇ。可愛いのが出来たと思いませんかぁ!!」


 ヘキナとスズリは、ユイを連れて俺たちの元へと戻って来た。


 俺は、驚く。


 だってユイはあまりに可愛らしく変身していたのだ。


「か……かわ」


 また、可愛いと言いかけてしまった。


 だが、それぐらいに可愛いのだ。


 ユイが履いているのは、まごうことなきズボンだ。しかし、七分丈の足首が見えるタイプのズボンである。


 俺が着ている服と同色の緑色の上着の裾は長めで、身体のシルエットを隠しているが故にユニセックスな雰囲気を漂わせている。


 女性的な雰囲気を残す幼さと男の子である事実。


 その二つが同居しているユイの外見的な魅力を存分に表した服だ。俺は鼻血を出しそうになった。


「どうですかぁ。イソねぇが、デザインしたのを私が縫ったんですよぉ。布の買ってきてくれたのは、スズリだけども」


 ユイの服は、三人のメイドの共同作業らしい。


 すばらしい仕事である。


「今は、急ごしらえだけど今度からの服は専門の人に作ってもらいますぅ。きっと素敵な服がいっぱい出来ますよぉ」


 ヘキナの言葉に、俺は思わず拳を握りしめていた。


 服が十分にそろったら、ユイに色々と着せて遊ぼう。


 そんなふうに心に誓ったのであった。


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