第6話 この世で一番愛しい弟


 俺の弟のユイは、檻を叩いて懸命に俺に存在を知らせていた。その必死な表情と綺麗とは言えない衣服で、ユイがマトモではない扱いを受けていたことが分かる。


 とても可哀そうな光景だった。


 それと同時に、罪もないユイがこのような扱いを受けていたということに腹が立つ。


「待ってろよ、すぐに出してやるからな」


 俺は力ずくで檻を開けようとしたが、そんなものでは檻はびくりともしなかった。ユイも俺の手に触れて、首を振る。無理をするなと言いたいようであるが、声が出ないらしい。


「お客様、お気に召した奴隷はいますか?」


 馬車に入っていたヨルゼに、俺は剣を向けていた。


 ほとんど反射的なもので、ヨルゼの胴体と首が離れ離れになっていないのが不思議だった。それぐらいに、俺は我を忘れていたのである。


「これは、俺の弟だ!どうして、こんなところにいるんだ!!」


 ヨルゼは、俺の剣に悲鳴を上げる。


「弟!それが、弟だって。いや、知るかよ!俺は中古品を買っただけだって」


 丁寧だった口調が崩れたヨルゼは、血相を変えて腰につけていた鍵でユイの檻を開けた。俺は剣を自分の腰に戻して、檻から出てきたユイを抱きしめる。


「ユイ!」


「……!」


 泣き出しそうなユイだったが、彼の開いた唇からは「ひゅーひゅー」と空気が漏れる音しか聞こえない。


「なにがあったんだ!ユーナさんは?セリアスたちに何かがあったのか?」


 俺は矢継ぎ早に尋ねるが、ユイの喉は「ひゅー、ひゅー」というばかりであり。そして、それが辛いのかユイは表情を歪めて、自分の喉に手を当てる。


「分かった。……もう喋ろうとしなくていい」


 俺は、より一層強くユイを抱きしめる。


 ユイの身に何があったのかは分からない。


 けれども、ユイの身に何が起こったのかが分かっている人間が一人いる。


「おい、ヨルゼ。こいつは、俺の弟だ。こいつに何があったのか……村に何があったのかを教えろ!!」


 俺が一番恐れていることは、村が盗賊などに襲われてしまったことだ。そうやって女子供が誘拐されて、奴隷として売られるということはよくある事だった。その場合、よっぽどのことがない限りは男は皆殺しだ。


 イチカやシニア。


 そして、セリアス。


 幼馴染の三人がどうなってしまったのか。俺は、不安でいっぱいだった。


「ひぃ!」


 俺の鋭い視線に、ヨルゼは悲鳴を上げる。


「その奴隷は中古品だから、そこまで詳しいことは分からない……。助けてくれ。俺は、商品に手を出すような商人じゃないんだ」


 手を出すと言う言葉に、俺の怒りがさらに燃え上がる。


 ヨルゼは、奴隷たちを娼館に売り渡すこともあると言った。幼い子供を性の対象にする変態など山のようにおり、その対象として弟が扱われていたかもしれない事が俺は悲しかった。


「ただ盗賊が売りつけたものではないことは確かだ。そういう奴隷は後々からトラブルになったりするから、簡単に飼い主から話は聞くからな。俺は、そいつを買っただけだ。だから、殺さないでくれ!」


 どうやら、村ごと襲われたわけではないらしい。


 最悪な想像が違うことに、俺はほっとしていた。


 しかし、それならばどうしてユイは奴隷になっていたのだろうか。


 ユイに怨みを持つものが、彼を陥れたのか。


 いや、それだけの怨みを幼いユイに抱くだろうか。第一に、ユイを奴隷にして売るなどユーナさんが許さないであろう。


「この奴隷は、最初から喉を薬で焼かれていたらしくて。顔は良いのに悲鳴もなにも上げないから面白みがないということで、前の主人から売られて……ひぃ!!」


 俺は、怒りに燃えていた。


 ユイを奴隷として扱っていただけでも許せない。その上、悲鳴も上げないからつまらなかったなどいう畜生のところにユイはいたのである。


 きっと何度も痛い目にあわされたのだろう。


 ユイの白い肌には、蚯蚓腫れや痣が残っていた。ユイを主は、子供を殴って喜ぶ変態だったに違いない。


「しかも、薬で喉を薬で焼かれていたって……。一体、そんな惨いことを誰がやったんだ!!」


 俺を力が強すぎたせいで、抱擁が苦しくなったユイが俺の胸を叩く。俺が慌てて力を緩ませれば、ユイは俺の胸の中から抜け出した。そして、俺の掌に三人の名前を書くのだ。


 セリアス、イチカ、シニア


 ユイを任せたはずの三人の後に、ユイは続けた。




 売られた、と。



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