第5話 奴隷商のヨルゼ



 丁寧に頭を下げるヨゼルに、俺は笑った。


「困ったときは、お互い様が旅人の礼儀ってもんだろ。それにしても、馬とあんたに怪我がなくて良かったよ。こんなところで荷を捨てることになったら、商売あがったりだろ」


 幌を被った馬車は、並みの大きさではない。王都でもなかなか見なかったほどの大きさだ。これでは、森のなかを走らせるのは結構な苦労であったことであろう。


 このなかには、ヨゼルの全財産が入っているのかもしれなかった。もしも、ここで馬に逃げられて荷を捨てる事になっていたら、ヨゼルは破産していたのかもしれない。


 そう考えると俺が通りかかったのは、本当に幸運だ。成功している商人は豪運だと聞いたことがあるが、今回の例がまさにそれなのだろう。


「私の荷物は、幸いにして自分に歩ける商品ですから……。まぁ、馬車を壊されれば大損害ですが、普通の商人よりはマシですよ」


 ヨゼルの言葉で、俺は彼が奴隷商人なのだと気がついた。奴隷を積んでいるならば、大きな馬車にも納得だ。


 人間を運ぶのには、それなりの大きさが必要になる。なにせ、人を生かすには水も食料もいるのだ。普通の荷を運ぶよりも必要な荷物は膨れ上がってしまう。


「でも、コストがかかるから奴隷は出身の地域から余り動かさないと聞いたことがあるぞ」


 人を何人も運ぶのである。


 普通の荷物よりも場所を食うし、奴隷分の食料なども馬車に乗せなければならない。そのコストを嫌がるために、よっぽどのことがなければ商人は奴隷を遠くに運ぶことはないと聞いたことがある。


「私は、金持ちから不要になった奴隷を買い取っているんですよ」


 ヨルゼの口から出たのは、意外なセリフだった。


「金持ちの中には、奴隷に飽きると新しいのを買うと言う人種がいますからね。そういうのを買い取って、大きな街で売るわけです。金持ちの所で仕込まれた奴隷というのは躾が行き届いていますから、結構な高値になるんですよ」


 なるほど、と俺は納得した。


 奴隷は制約の魔法で主人には逆らえなくなっているが、わきまえるほどの礼儀があるかどうかは別の話だ。金持ちが使っていた奴隷は、そこの躾が行き届いているから中古品であっても人気らしい。


「しかも、今回の奴隷は身の回りの世話をさせるための奴隷ですから。見目麗しいモノも多くて、ここだけの話ですが娼館なんかに降ろされるモノも多いんですよ」


 そんなに美女や美形が多いのかと思えば、ちょっとばかり好奇心が動く。


 というのも、俺がイメージする奴隷は力仕事をしている筋肉粒々の者たちばかりだからだ。


 見目麗しい奴隷というのは見たことなかったし、もしも好みの奴隷がいるのならば家事手伝い要員として購入しても良いかなと思ったのだ。


「そっちの方が、ユーナさんとユイに楽をさせることができる」


 あくまでも二人のためだ。


 俺は、そのように自分に言い聞かせる。


 綺麗な奴隷という言葉に、心動かされたわけではない。決して……。


「おや、興味がありますか?ならば、命の恩人価格でお譲りしますよ」


 ヨルゼは、命の恩人であっても商品をただでくれたりはしない。商人の鏡というものなのだろう。


 俺は苦笑いしながら、ヨルゼに馬車のなかを見せてもらった。いくら大きな馬車といっても幌を被った馬車である。中腰にならなければ、移動もできない。なんとも狭苦しい場所だった。


 馬車のなかにあったのは、正方形の檻である。人間が体育座りになって、ようやく入れると言った具合の檻だ。こういうもので奴隷は運ばれるのか、と俺は感心していた。


 奴隷市場で屋外で無造作に繋がれた奴隷は見たことあったが、檻に入れられた奴隷を見たのは初めてのことである。


「あんまり良い匂いはしないな」


 悪臭というまでではないが、香しいとは言えない匂いに俺は顔をしかめた。何日も風呂に入れられていない奴隷が檻に入れられているのである。ある程度の匂いは仕方がないだろう。


「うわぁ、美形ばっかりだ。綺麗所という話は、本当だったのか」


 檻の中には薄汚れてはいるが、美女と美男で溢れている。ここまでの美形揃いながら、きっと街でも高値がつくのであろう。


 奴隷たちの目には総じて光がなく、世の中に絶望しきった顔をしていた。


 奴隷の顔つきなど主人によって決まるものだ。この場にいる奴隷たちは、以前の主人によっぽどな目に合わされてきたに違いない。


 よく見れば痣や怪我をしている奴隷もいたので、元の主人には加虐趣味でもあったのだろうか。


 そんな事を考えていれば、カタカタと音が聞こえた。まるでネズミでも入り込んだかのような音だ。馬車に入った途端に聞こえてきた音に、俺は首を傾げた。そして、音がした方向を見つめる。


 そこには、いないはずの人物がいた。


「ユイ!どうして、ところにいるんだ!」


 俺に気がついてもらえたユイは、ほっとした顔をしていた。ユーナさん譲りの美貌に、わずかに笑みが浮かぶ。


 ユイは、ユーナさんの生き写しだ。銀の髪や青色の瞳だって、全部が彼女から引き継いだものなのである。


 全てが懐かしい姿だったが、俺には最愛の弟が奴隷の檻のなかにいる理由が分からなかった。


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