第4話 リハビリのモンスター退治
男の悲鳴が聞こえて、俺は馬を止めた。
そして、悲鳴の方に馬を走らせる。
誰かが何かに襲われているのである。助けないわけにはいかなかった。それが、騎士になった俺の役割だ。そしてなにより——。
「俺は、この辺りの領主になったんだ。だったら、領民を助けるのは当たり前だろ!」
襲われているのは、荷馬車をひいた中年の商人であった。なかなかに大きな馬車を引いているので、きっとやり手の商人だろう。
商人は、御者台からパニックになる馬を必死にいさめようとしている。しかし、周囲をウルフと呼ばれる大柄なオオカミ型のモンスターに囲まれているために、馬の興奮はおさまらない。
村では何度も倒したモンスターだが、ここら辺では珍しい中型のモンスターだ。
モンスターに囲まれて攻撃を受けている状況では、軍用に訓練された馬でなければパニックを起こさないわけがない。
馬車を轢いている馬がいななきを上げて、御者台に座る商人さえも落としそうになっていた。
本来のオオカミは、人間が厄介なものだと知っている。そのため、彼らは健康な人間は襲わない。
襲うとしたら、親からはぐれてしまった幼い子供ぐらいだ。親が近くに居たら、オオカミは子供を狙ったりはしないのが普通である。
それぐらいに、オオカミとは大人の人間を恐れているのだ
しかし、ウルフは違う。
彼らは、オオカミとは似て非なる種族である。
身体はオオカミよりも大きく、より好戦的だ。彼らは自分よりも体の大きな獲物に噛み付き、骨まで噛みくだいてしまうのである。
身体能力も普通の狼よりもずっと高い。そのくせ群れで行動するので、一般人では立ち向かうのが難しいモンスターの一種であった。
彼らの匂いと唸り声には、馬だって脅えて逃げ出そうとする。現に、商人の馬は暴れて手を付けられない。
「こっちだ!!」
俺は叫びながら、馬から飛び降りた。
そして、ウルフの一匹の首を切断する。
もろい、と思った。
邪竜と戦った直後では、ウルフの生首はあまりにも柔すぎた。ケーキでも切るような感覚で切れてしまうウルフの首を見て、俺は興奮して舌なめずりをする。
久々のモンスター退治に、俺は戦士として興奮していたのである。
ベッドの上で鈍っていた体ではあるが、ウルフ程度のモンスターならば肩慣らしにちょうどいい。俺は、この場にいるウルフを皆殺しにすることを決める。
仲間を殺されたウルフは、激高して唸り声を上げる。そして、ウルフは遠吠えを上げて、近くにいたらしい仲間を呼んだ。その数は十を超えていたが、俺の敵ではなかった。
邪竜を倒した後の俺にしてみれば、ウルフは動きが遅くて力も弱い。
俺はウルフの群れを蹴散らして、彼らを森の奥に退散させた。あたりは血まみれになってしまったが、ウルフの撃退は成功したのである。
「やっぱり、鈍っているな。全滅させるつもりだったのに」
邪竜と戦っていた時の俺は、もっと早く動けた。これは本格的に鍛えなおさないと体のキレの良さを取り戻すことはできないであろう。
「チサトは偉いな。ウルフ相手でもビビらないで走ってくれたもんな」
俺は、愛馬を撫でる。
馬は臆病な生き物だから、モンスターの気配を察しても逃げないように訓練するのが大変なのだ。だから、俺はモンスター退治の後は大事な相棒をねぎらうようにしている。
チサトは三歳になる雌馬で、邪竜退治をするための旅をしていた頃からの俺の相棒だった。無論、モンスターを恐れないように躾けられた特別な馬である。
「た……助かった」
商人の馬は、ウルフの姿が見えなくなったことで落ち着いたらしい。ざっと見た限りでは、パニックを起こしたせいで馬が怪我をしたということもなさそうだ。
馬が足でも骨折したら、治すのは非常に厄介だ。馬は性質上座って休むという事が出来ず、怪我を悪化させてしまうのである。怪我をしてしまった馬は、その場で安楽死をさせるしかない。
かわいそうなことだが、馬のために出来ることはこれぐらいしかないのである。
「怪我はなし……と。よかったな」
馬は無事だったが、商人本人は腰を抜かしていたようた。御者台に深くもたれかかって、青い顔をしている。
「怪我はないか?」
俺が商人に尋ねると御者台に座ったままで、商人は「はい……おかげさまで」と返事を返してきた。弱々しい声だったが、モンスターに襲われた直後なのだから当たり前だろう。
俺は革袋を加工して作った水筒を差し出して、男に進めた。男はグイッと水筒の水を飲み、一息ついた。それで、だいぶ落ち着いたようである。
「まさか、こんな場所でウルフの群れに出くわすなんて……。何年も商人をやっていますが、初めてのことですよ」
商人は胸をなでおろして、ようやく御者台から降りてきた。足が震えていてよろけたので、手を貸してやる。モンスターに襲われた恐怖心は、まだ抜けきっていないらしい。
それにしても、やはり成功している商人のようだ。旅をしている者としては、身なりが良い方だった。
「いくらモンスターが少ない森だからと言って、護衛も付けないでの旅は危ないだろう。護衛の数が足りない荷馬車なんて、ウルフにとっては御馳走みたいなものだ」
俺が注意をすれば、商人は苦笑いをする。どうやら、訳ありらしい。
「雇った護衛が、モンスターを見て我先にと逃げてしまったんですよ。まったく、依頼人を置いてくなんてなんて人間だ。ギルドに言いつけてやる」
護衛の人間の胆力か実力か。どちらかが、足りなかったようだ。もしかしたら、新人の護衛に声をかけてしまったのかもしれない。ウルフの群れは、それぐらいに恐ろしい軍団だ。
商品を見る目は持っている商人だが、残念ながら護衛の実力を見る目はなかったようである。あるいは、今日ばかりは神様が微笑まなかったのか。
いや、俺に助けられることになったのだから、逆に言えば商人の運はかなり良いのかもしれない。
なんであろうとも、商人にも怪我がないようで何よりであった。
「助けていただき、ありがとうございます。私は、ヨゼルというものです」
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