第7話 奴隷の服
俺は奴隷商のヨルゼから、弟のユイを助け出した。ユイを売った犯人や幼馴染三人のことは気になったが、目下の問題は別にある。
「……ユイは、すでに奴隷契約で縛られた存在だ。それを解くには魔法使いの力が必要になるが、ここにはいないので……その」
ヨルゼが言いたいことは分かる。
俺がユイを連れて歩くには、ヨルゼから俺に所有権を移す奴隷契約を結びなおさなければならない。
あるいは、奴隷契約そのものを白紙に戻すか。
何であるかにせよ。それが、出来るのは魔法使いのみだ。
それまでユイは、ヨルゼの側をはなれられない。
ヨルゼの側を離れたら、ユイは呼吸が出来なくなる。そして、最悪の場合は死んでしまうのだ。
つまり、魔法使いの元にはヨルゼも付いてこなければならない。しばらくは、俺とユイそしてヨルゼは共に行動しなくてはならなくなった。
ヨルゼは、その事実に不満げである。奴隷一匹のために何かをすることが面倒だからだろう。
「ユイの喉がやられていなければ、魔法を使えるんだけどな……」
俺の言葉に、ヨルゼは不思議そうな顔をした。
「魔法使い?そんな小っちゃいのに。それに、魔法使いが奴隷になるだなんて……」
ヨルゼが混乱するのも無理はない。
魔法使いは、奴隷化しにくいという特徴があるのだ。いくら奴隷契約を結んだところで、魔法使いたちは自分で契約を無効化してしまうのである。
「ユイは、声を使う魔法を習っていた。だから、喉さえも潰されていなければ、魔法が使えたはずなんだ。今は使えないけどな……」
俺は言いながら、苦虫を噛み殺したような顔をしていた。
声を使った魔法は、もっとも奇襲に優れている。そんなユイが喉を焼くような劇薬を飲まされたということは、それほど相手を信頼して油断していたということだ。
それと同時に、ユイが声を使う魔法使いだと最初から知っていた相手が犯人だろうという事でもある。
ユイが名前を上げた三人だったら、簡単に隙を突くことが出来たであろう。
なにせ、彼らにユイを頼んだのは俺なのだ。
「はぁ、だから喉を潰されていたわけか。喉さえ潰せば魔法は使えないから、自分で奴隷契約を破棄できないからな」
ヨルゼの言葉に、ユイは頷く。
その動きに合わせて、ユイの銀色の髪が揺れて煌めいていた。久々に見る煌めきに、ほっとした
俺は、ユイの頭をなでる。ちょっと油っぽいが、可愛い弟から排出された油が嫌なはずがない。
ただし、ユイは嫌だったらしい。
頭をぶんぶんと振って、自分の頭を両手で隠してしまう。
かわいい。
「ユイを近くの町に連れて行く。それで、奴隷契約を無効にしてもらうんだ。全ては、それからだ」
俺の言葉に、ヨルゼは賛成した。
もっと厳密に言えば、青い顔をしたヨルゼは俺の剣の恐怖に屈したといえる。俺の要求を断れば、何をされるか分からないと思ったらしい。
その判断は正しいものだった。
ユイに何かがあれば、俺は絶対にヨルゼを脅してでも自分たちの旅に同行させるであろう。
「あと、なにか服はないか?ユイは奴隷じゃなくて、俺の弟だ。こんなボロい服は着せていられない」
それに麻で編まれた服は、はっきりいって寒そうであった。こんな服を朝晩が冷え込む季節に着せていたら、風邪をひかせてしまう。
「一応は、衣類はある。あるけれども、女性物しかないからな」
女性の奴隷は、着飾らせると顧客に喜ばれる場合がある。そのため、女性用の服だけは持ってきていたらしい。
しかし、ヨルゼが持っている服は露出が多い服ばかりだ。性奴隷として使いたいという欲望があけすけな服ばかりだったが、そのなかで比較的まともなワンピースを見つけた。
俺は、ユイを見た。
ユイの容姿は、とてもかわいい。
そこら辺の女子を霞ませる容姿は、ユーナさん譲りのものだ。
ユーナさんは、村一番の美人だった。どうして父と結婚してくれたのか分からないほどに。
そんなユイが、女の子の格好をする……。俺の中に眠っているはずの目覚めてはいけない性癖が目覚めそうだった。
「駄目だ。……ユイは、可愛い弟。おとうと。いや、可愛いとは、そういう意味での可愛いじゃなくて」
俺はユーナさんの笑顔を思い出して、己の邪心を追い払った。
ユーナさんの笑顔は、精神安定に適している。どんなときだって、ユーナさんの笑顔は俺に平常心を取り戻させてくれた。
『でも、ユイってば女の子の格好も似あうのよね』
俺のなかのユーナさんが、元気だった頃の笑顔でユイを着せ替え人形にしはじめてしまった。
これは、存在した記憶だ。
ユーナさんは今よりもユイが幼い頃に、何度か女の子の服を着させていた。
あの時のユイはまだ自分が女装させられているだなんて、ちゃんと分っていないかった。だから、俺を見てはにかみながら微笑んで——『似合う兄さま?』
あの頃のユイを思い出して、俺は唇を噛みしめた。
本当は身もだえしたかったが、今はそんな場合ではない。
ユイを早く着替えさせなければならない。
だが、女の子の服と言うのが嫌だったのかユイは首を振って拒否する。
小さい頃は何も分からずに母親のなすがままだったと言うのに、成長したものである。しかし、何時までも奴隷の服を着せていたくはないのが俺の本音だ。
「ユイ、これは奴隷の服だ。俺の弟は、奴隷なんかじゃないだろ?お願いだから、着替えてくれ」
似合うからという言葉は飲み込んだ。
そんなことを言われたら、ユイは着がえてくれないかもしれないからだ。けれども、ユイは俺の方をちらちらと伺っている。
もしかしたら、俺の考えは反対だったのかもしれない。
「大丈夫だって、似合うから」
ほら、と俺はユイに服を当てる。
それを確認したユイは、少しほっとしていた。思った以上に、ユイは他人から自分はどう見えるかを気にしているようである。
女の子の服を受け取ったユイに、俺は安堵する。
女の子の服を着たユイを見たい、という邪な気持ちがあったのは間違いないが、やはり奴隷の服を着せたくはないという気持ちの方が強かったのだ。
ユイは、俺の大切な弟なのだ。
他者に貶められた格好などして欲しくはなかった。
「そうだ。水浴びもしような。しばらく、身体も洗えていなかっただろ」
俺の言葉に、ユイは目を輝かせた。
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