第8話 水浴びとユイの過去
夕暮れに近付いている。俺は、近くで見つけた川にユイを連れてきていた。
村でも旅路の最中でも、水浴びは普段からは行っている習慣だ。
もう少し寒くなれば濡らした布で身体を拭いてすませるが、今の時期であれば我慢すれば水にも浸かれる。むろん、長く使っていたりしたら体を冷やしてしまうだろうが。
俺は、さっさと自分の衣類を脱いだ。
そして、深い川に腰まで浸る。
思った以上に冷たい川の温度に、俺は顔をしかめた。自分の基準で大丈夫だと決めつけていたが、ユイには少し冷たすぎたかもしれない。
「ユイ、この川の水は冷たいが大丈夫そうか?」
俺は、ユイの方を振り向く。
未だに服を脱いでいないユイは、俺の肉体を見てぽかんとしていた。
俺の体は、二年前とは大きく違っていた。
邪竜を倒すための修行と冒険のせいで、二年前とは別人のように俺の肉体は仕上がっている。幼子なら、四人が腕にぶら下がっても平気なくらいだ。
体だけを見たら、昔の知り合いは俺かどうかも分からないだろう。それぐらいに、俺の肉体は様変わりしていた。
「どうだ、すごいだろ?」
力瘤を作って見せれば、ユイは無言で何度も頷いた。
今まで見えなかった筋肉の隆起が、服を脱いだ事によって露わになってユイは驚いている。イタズラにピクピクと胸を動かして見れば、ユイは未知の生物を見たかのようにびっくりしていた。
「ほら、昔みたいに背中を洗ってやるから。こっちに、こい」
ユイは、俺の言葉に何故か衝撃を受けていた。そして、周囲に誰もいないことを確認してから簡単な作りの服をするすると脱ぐ。
荒い麻の布が、滑らかな肌の上を滑っていく。
服を脱いで、肌をさらす。
それだけの光景なのに、その行為だからこそ、ユイの白い肉体はなんだか神聖なものに見えた。まるで、神に仕える聖職者のような清らかさである。
美しいと称えられるものは数多くあれど、今のユイの肉体ほど清らかさを連想させるものはないだろう。
なのに、白い皮膚にはいくつもミミズ腫れが走っている。
この無惨な傷は、ユイの前の主人が付けたものであろう。酷い折檻の痕は、ただただ痛々しい。
あまりにも可哀想な姿に、俺はユイに向かって手を伸ばした。
「ほら、おいで」
昔みたいに背中を流してやろう。そして、傷ついた身体を労ってやろう。
ユイは、恐る恐る水につま先を入れる。その冷たさに慣れてから、ユイはゆっくりと俺に向かって歩いてきた。
「ほら、後ろを向け」
俺の言葉に反して、ユイは俺に抱きつく。
最初は甘えているのだと思ったが、ユイの様子がおかしい。俺の体に自分の体を擦り付けようとしている。
「ユイ、それは買われた家で教わったことか?」
俺の質問に、ユイは戸惑いながらも頷いた。
思った通りだ。
ユイがやろうとしているのは、拙いながらも主人への奉仕であった。子供をいたぶることを喜んでいた変態は、子供のユイにも性的な奉仕もさせていたようだ。
そいつは、いつか見つけ出して殺そう。
絶対に殺そう。
この世の苦しみを全部味あわせて、地獄に叩き込もう。
「そんなことは、しなくていいんだからな」
俺は、そのようにユイに教えた。
お前は、そんなことなどしなくても愛されている。打たれることなんてない。虐待されることもないのだ。
「さぁ、体を洗おうな。ほら、背中を……」
ユイは背伸びをして、俺からタオルを奪おうとした。だが、身長差から上手くはいかない。何をやろうとしているのだろう。
しばらくして、ユイが俺が持っているタオルに手を伸ばしていることに気がついた。
「もしかして、俺の背中を流してくれるのか?」
ユイは、頷いた。
そして、小さな唇を動かす。
『お・か・え・り』
微笑むユイを見て、俺は少し泣いてしまった。
俺は、ようやく故郷に帰ってきたのだ。
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