第12話 王からもらった屋敷


 邪竜を倒したという偉業は、俺一人のものではなかった。共に旅をする仲間こそいなかったが、俺には沢山の人の師匠がいたのだ。


 師匠達の大半は、辺鄙な場所に住むかつては音に聞こえた剣豪たちであった。その剣豪たちをそれぞれ探し、俺は邪竜を倒すための技を身に着けなければならなかった。


 師匠たちは挑戦者や弟子になりたい者達に辟易していたが、俺が邪竜を退治しに行くことを告げれば快く奥義を教えてくれた。


 本当は自分こそが邪竜を倒すべきだと師匠たちは言っていたが、彼らは年老いていた。一線を退き、かつての力は失っている。


 だから、それを俺が引き継ぐ。引き継いで、邪竜と戰うための武器の一つにするのだ。


 俺が邪竜に挑むにあたって、教えを請うた師匠たちは良い人たちだった。


「命をかけてまで、邪竜と戦う理由は何故だ。自分以外の人間が、邪竜と戦ってくれたらとは思わなかったのか?」


 大抵の師匠が、これと同じことを尋ねた。


 このとき、俺は決まって同じことを答える。


「俺には幼い弟がいるんだ。弟のためならば、邪竜とも戦うことが出来る」


 いつか俺達が住んでいた村にだって、邪龍が襲ってくるかもしれない。それを防ぐためにも、俺は邪龍を倒したかった。


 ユイには、何の憂いもなく成長してほしい。


 もっと言えば、学んでいる魔法を戦いのために使って欲しくはなかった。平和な魔法の魔法使いとなって、人々に愛されるような人間になって欲しい。


 もっとも、ユイは今でも村の万人に愛されているのだけれども。


 俺の返答を聞いた師匠たちは、呆れながらも「守るべきものがあるならば、秘技を教えよう」と言ってくれた。


 師匠たちとの修行は、熾烈を極めた。


 なにせ、俺は短期間で師匠たちが会得した必殺技を得ようとしたのだから。


 師匠たちには無理だと言われた。


 けれども、俺には生まれながらに頑強な肉体と優秀な運動神経があった。


 さらには、父に教わった剣技の基礎はあらゆる技に応用が効いたのである。


 これには、俺も驚いた。


 さすがは、邪竜を倒した父の剣術である。


「お前の肉体と経験は、まるで戦うためのものだ。上手くすれば、その一生を闘争にかけることも出来るだろう」


 師匠の一人が、そのようなことを言っていた。とどのつまり、邪竜の退治を無事に終えても武の道を極めろということである。


 評価されることは嬉しい。


 けれども、俺は邪竜を倒した後のことを考えられてはいなかった。邪竜を倒すことだけで、一生懸命になっていたからだ。


 つまり、邪竜を倒した後のことを考えている暇などななかったのである。俺の人生は邪竜を倒したら、終わってもよかった。


 俺は、そんなふうに考えていたのだ。


「お前は、まだ若い。だからこそ、お前の師匠は将来を心配したんだ」


 そのように言ったのは、邪竜に挑むための剣を作ってくれた鍛冶師だった。


 鍛冶師は俺の役目を知ると「若者が武器の不手際なんかで死んではいけない」と言って、最高傑作となる一振りを作ってくれた。今使っている剣が、それである。


「邪竜を倒す前から、その後のことなんて考えられないかもしれない。でも、大きなことを成し遂げるには小さくても目標が必要だ。だから、考えろ」


 邪竜を倒した先のことを。


 鍛冶師の言葉に、俺はしばらく考えた。


「ならば、村に戻って弟と静かに暮らすっていうのが目標かな」


 俺の目標に、鍛冶師は笑っていた。


「ちょっとささやかすぎる。もっと、大きな夢をみろよ」


 鍛冶師にはそう言われたが、俺の夢が変わることはなかった。俺は生きて、村にひいてはユイのもとに帰るのだ。


 そうやって、旅の間に沢山の人々に出会い。俺は、戦士として成熟していった。


 そして、これ以上の成長は見込めない。


 そう確信したからこそ、邪竜に挑んだのであった。邪竜は噂の通り、禍々しい外見をしていた。


 巨大な体に、大きな鍵爪。鋭い牙は、人を簡単に食い殺すことができるだろう。


 だが、その瞳は意外なことに知性を宿していた。邪竜は他の野生動物とは違って、俺を的確に仕留めるためにものを考えて動いていたのだ。


 邪竜は確固たる殺意を向けて、俺を睨む。邪竜は、俺が自分を倒すためにやってきた存在だと理解している。


「すごい……」


 生き物としての頂点と言うほどの巨大な体格。強者と戦うことを想定して作られたとしか思えない牙と爪。そして、人間に負けるとも劣らない頭脳。


 ぞわぞわした。


 これだけの相手と戦えることは、剣士として誉であった。邪竜の方は、どのようなことを思っていたのかは分からないが。


 だが、俺は楽しかった。


 全力を出して互角に戦える相手がいるという事が、とても嬉しかった。気がつけば邪竜の血にまみれながら、俺は笑っていた。


 邪竜は俺に向かって吠えて、俺は邪竜に向かって笑う。とても歪な空間だった。


 そして、気がついた時には−−俺は竜に剣を突き刺していた。俺は、邪竜に勝ったのである。


 邪竜を退治した俺はナイトの称号をたわまり、一代限りの貴族となった。


 本来ならばナイトは領地を持たないのだが、太っ腹な王は出身地周辺の領地を俺にくれたのだ。


 暮らしには不自由させないから緊急時には役に立てという思惑が見え隠れするが、そこは仕方がないだろう。いくら褒美といっても王のやることだ。


 なにかの思惑があっても驚くことはなかった。現段階では邪竜がいなくなったことで世界は浮かれているが、きっとすぐに元通りになるだろう。


 すなわち国同士の睨み合い。


 時には戦力として、俺もいつか使われる。


 旅の間には追い剥ぎにあったこともあり、それに対して剣を振るったこともある。だから、戦争の道具になって人を殺す覚悟もあった。


 だって、領地なんて大層なものをもらってしまったのだ。


 一代限りの爵位はともかくとして、領地は代々相続できるものだ。貴族ではいられないので、俺の子孫は豪農扱いになるのかもしれない。だが、庶民から見れば物凄い財産である。


「これが……家なんだよな」


 俺とユイは、豪華な屋敷にぽかんとしていた。


 庶民の家は平屋だが、屋敷は三階建てだった。しかも、広い。手入れされた庭を含めたら、元の俺の家が何十件も入ってしまうだろう。


「チサト……餌がいっぱいだぞ」


 さすがに庭に植えられたバラを食べさせる気はないが、それぐらいに庭が広いのだ。綺麗に整えられた庭を潰したら、チサトの運動場が作れるだろう。


 しばらく、未分不相応な屋敷に見とれていたら、内から中年の執事らしい人が走ってきた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る