第13話 みすぼらしい格好


「もしや、リリーシア様でございますか!」


 息を切らした中年の執事は、俺とユイを上から下まで見た。そして、何故か絶望したような顔をする。


 一目で俺のことを見分けたということは、誰かから俺のことを聞いていたのかもしれない。指名手配犯みたいだなと思わなくもない。


「ああ、本名は長いからリリでいいぞ。皆、そう呼ぶから。こっちは、弟のユイ」


 フランクに答えたら、執事が顔を真っ青にした。そんな変な自己紹介だっただろうか、と俺は首を傾げる。考え直してみるが、やはりおかしなところはないと思う。


 ちなみに、ユイの格好には言及されない。やはり、可愛すぎて女子にしか見えないようだ。ユイの可愛さ力は、やはりすごい。


「主人の名を縮めて呼ぶことなど出来ません!そして、どうして予定より三日も早く御着きになられたのですか!」


 この執事は、天地を揺るがすほどに声が大きい。驚いているからなのだろうが、彼の声の大きさにユイも目を丸くしている。俺も驚いた。


「馬車を用意すると言われたが、時間がかかるから愛馬のチサトに乗って来たんだ」


 そもそも馬車でゆっくり移動するのが性に合わないのだ。荷物だって多くはないし、チサトで移動した方が早くすむのだ。


 しかし、ちょっと考えものだったのかもしれない。


 予定よりもずっと早く上司が来たのである。よく考えたら、迷惑だと思われてしかるべきだ。俺だって、上司が予想外のタイミングで来たりしたら嫌だ。


 これは抜かった。


 今度からは使用人とも同居することになるので、こういう所も気にしなければならないだろう。なにせ、俺はこの館の主になるのだから。


「俺達は他に行くところがあるから、三日間は休暇だと思ってゆっくりとしてくれ。早く着きすぎて悪かったな」


 俺はユイを連れて、出身の村の方の最初に行こうと思った。


 そちらには実家があるし、ここからさほど離れていない。色々と調べたいこともあったので、むしろ先にそちらに行ったほうが良かったかもしれない。


 愛馬のチサトの体力もまだまだ持ちそうにだし、問題はないであろう。


 だが、俺の目論見は、執事に止められた。彼は必死な顔をして、俺を引き止める。


「自分の屋敷に帰るのに、遠慮する主が何処にいますか!」


 一括された俺とユイは、顔を見合わせる。そういうものらしい。よく知らないけど。


「いや、でも……。そっちにだって都合とかあるだろうし」


 できればユイを休ませたかったが、あまり自分たちの都合を使用人たちに押し付けたくはない。しかし、執事はずいっと俺たちに顔を近づけた。


「今すぐに風呂に入り、相応しい服装にお着替えして頂きますからね!」


 俺的には汚れていないと思っていたのだが、上流階級的にはとんでもない格好だったらしい。たしかに、旅装束は汚れている。しかし、これぐらいは許容範囲内であると思うのだが。


 俺とユイは、執事に引っ張られるようにして屋敷の中に入った。


 ちなみに、チサトは屋敷の裏に連れて行かれた。そこに馬小屋があるらしい。馬小まであるだなんて、金持ちの館はすごい。


「内部もすごいな……。ユイ」


 屋敷の内部は装飾品などがほぼなくて、ダークグリーンとグレーを基調にした落ち着いてた雰囲気だった。


 俺の想像の金持ちは、屋敷が大きなほど悪趣味な飾りがあるものだと思っていたが、この屋敷はそうではなかった。


 一見すれば寂しいとも言ってしまえるのかもしれないが、カーペットの色が派手だから気にならない。カーテンにつけられているタッセルも金色で豪華である。


 庶民の俺には表現が難しいが、質実剛健といった雰囲気が漂う。派手に飾り付けられた屋敷を想像していたので、ちょっと安心した。


 俺好みで、落ち着く内装だった。


 普通に暮らしていても高価なものを壊さなさそうなところがいい。


 ここが新たな家になるのならば、ユイでも心安らかに過ごせそうだ。今はまだ物珍しそうにキョロキョロしているが、慣れてきたら落ち着いてくれるであろう。


「御主人様が、大変きた……大変くたびれた格好で帰ってきました。急いで湯と着替えとゴミ袋の準備を!!」


 執事は汚いと言いかけていた。


 やはり、俺の格好は汚いらしい。そして、今着ている服は捨てられてしまうようだ。


「もったいない」


 俺の言葉は、執事の一睨みでなかったことにされた。使用人であっても、俺の言葉には全部服従する気はないということだろう。


 執事の声を聞いたメイドが、三人も飛び出してくる。彼女たちは互いに頷いて、一人はユイを連れていった。残り二人は、俺を風呂場に連れて行く。


 抵抗する暇もなかった。


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