第32話 セリアス(2)
セリアスは、店の裏側のゴミ捨て場にいた。
そこで埋もれるようにして仰向きに寝そべっていて、とてもではないが村でも有数の剣士の姿だとは思えない姿だった。
貧民と呼ばれる人間たちであれ、今のセリアスの姿には失笑する。ああなった人間は終わり、だと。
「どうかいたしましたか?」
俺が足を止めた理由が分からないロータスが尋ねて来るが、俺は何も言えなかった。
この場に、変わり果てた復讐相手がいるのだ。
けれども、足が動かない。
あまりにも変わってしまった幼馴染の姿に、俺は言葉が出なかったのである。
「おい、リリーシアじゃないか」
セリアスは、俺に気がついた。
そして、にやりと笑う。
「お前は邪竜を倒したらしいな……。さすがは村の最強の剣士だ」
俺は改めて、笑うセリアスの姿を見た。
ヒゲは伸ばしっぱなしで、体も髪も何日も洗われていない。そして、片手には度数ばかりが高い安酒。典型的な身を持ち崩した男の姿が、そこにはあった。
セリアスは、三人の中で最初に金を使い果たしたらしい。主な原因は、ギャンブルであろう。
セリアスは、得意になって大金ばかりをかけていたらしい。そんなセリアスが、いち早く一文無しになるは想像に難くなかった。
「今や英雄となったリリーシア様。いくらか恵んでくれるかい?」
セリアスは、安酒を煽った。
恵んでくれというというわりには、セリアスの声は媚びているようには思えなかった。むしろ、俺と自分の立場を皮肉っているように思える。
「分からないもんだよな。一緒に兄弟みたいに育ったっていうのに、お前は英雄扱いで大金をもらってさぁ」
俺だってチャンスはあったはずなんだぜ、とセリアスは言う。
「いつチャンスがあったっていうんだ?」
俺とセリアスの実力は、幼少期からはっきりついていた。俺には才能があったが、セリアスには才能はなかった。
けれども、セリアスは努力をしていた。
その努力は、村を守るために使われるはずだった。
「お前にあったのは、村を守り続けるという仕事だ。そうなっていれば、こんなところで倒れていることなんてことはなかった」
ユイと共に過ごし、村に残る選択をしていればセリアスは辺境の村を守る英雄だった。そういう人生こそ、セリアスに相応しい人生であると思っていたのに。
「昔は俺とお前の実力なんて、ドングリの背比べだった。なのに、いつの間にか抜かされていてさぁ」
セリアスの話は、とても懐かしいものだった。
俺達が、幼い頃。
それこそ、ユイが生まれる前のことだ。
俺とセリアスは、チャンバラごっこで遊んでいた。
俺達は、二人とも世界のために戦う勇者になれると信じていた。共に切磋琢磨して、俺の父に教えを乞うていた。
優劣がついたのは何時の頃だろうか。
あまりに幼い頃過ぎて、俺は覚えていない。
「ユイだって、あの歳で魔法が使えて……。お前らが近所でなんて呼ばれていたのかを知っていたか?才能ばかりある兄弟だよ」
セリアスは、俺にゴミを投げつける。
俺は避けることもせずに、そのゴミを受け止めたる。
弱々しくゴミを投げるだけの力しかないセリアスは、とても惨めだ。俺が復讐せずともセリアスは、虚しい存在になり果てていた。
彼は、復讐するに値する人間なのか。
もはや、それすら分からない。
「俺やシニア。イチカは、いつもミソッカス扱いだ。この惨めさが分かるかよ」
セリアスは、俺に恨み言を漏らす。
小さな頃から村の人間に、俺たち兄弟と幼馴染三人が比べられていたこと。出来の良い兄弟と無才の子供たちと呼ばれていたということ。
そのことで、ずっと俺たち兄弟を怨んでいたということ。
「お前が邪竜退治に向かった時に、もう帰ってこないと思ったんだよ。そして、ユイが金を持っていることが分かって……。またお前らだけが全てを持っているのかよ、と思ったんだ」
才能も金も持っている。
順調にいけば、俺が残した金を使ってユイは魔法使いの学校に行く。才能あるユイは、きっと大成するであろう。
セリアスは、そんなユイさえも怨んだのだと言う。
自分とあまりに違うユイの姿が輝いて見えて、そのすべてを奪ってやりたい。セリアスは、そんなことを考えたのだ。
「だからって、ユイには復讐するなよ。ユイは、まだ小さくて……」
気がつけば、俺は涙ぐんでいた。
それだよ、とセリアスは俺を指さす。
「お前は、自分自身がどうにかなるよりも……。ユイの身に何かがあった方が、精神的にキツイだろう」
セリアスの言う通りだった。
俺は自分自身がどうにかなるより、ユイの身に何かがあった方が耐え切れない。
セリアスにとってユイを地獄に堕とす事は、俺を地獄に堕とす事と同じことだったのである。
「さて、懐かしい昔語りもここで終わりかな」
セリアスは、そんなことを言った。
残っていた酒を煽ったセリアスは、酒瓶を振り上げて俺に向かってくる。ロータスが俺を庇おうとするが、その前に俺はセリアスを殴り飛ばしていた。
ロータスは唖然として、その光景を見ていた。
俺はロータスたちの前で、自分の実力を見せた事はない。今初めて見せた邪竜を殺せる拳に、ロータスは何を思っているだろうか。
恐れなのだろうか。
俺の殴り飛ばしたセリアスは、ゴミ捨て場に沈んでいった。
「お前らさえいなければ、俺たちだって村人で終わる人生じゃなかったはずなんだ……」
そうなのかもしれない、と俺は思った。
セリアスが邪竜退治の剣士に選ばれて、イチカやシニアが魔法使いになって……。
そして、三人で邪竜を倒して、特別な存在になるという未来もあったのかもしれない。三人の友情がずっと続いていく未来があったかもしれないのだ。
だが、全ては空想だ。
それに、セリアス程度の腕前では邪竜に食われるのが落ちだろう。セリアスが何者かになる前に、彼は死んでいたに違いない。
前衛たる剣士が死ねば、魔法使いだって命はないはずだ。イチカやシニアも死んでしまう。
三人の幼馴染は仲良く死んでいく未来か俺に復讐される未来しかなかったのである。
「セリアス、惨めな姿だな。いいや、お前ら三人共惨めだよ」
俺は、腰に帯びていた剣を引き抜く。
「俺やユイを羨んで、金を奪って復讐でもしたつもりになって……。まったく、すごく惨めだ」
俺の剣技が邪竜に通じたのは、父親がすごい人間だったからではない。仕事で留守にしがちな父に代わって、ユーナさんとユイを守るために自分の剣を磨いたのだ。
ユイだって、自分の母の魔法を受け継ぐための努力を続けた。俺達には一匙の才能はあったかもしれない。けれども、それ以上に——誰かを守るために努力をしたのだ。
セリアスたちは、それに嫉妬していただけだ。
「セリアス、お前は惨めに生きろ。ただし、今よりも辛い苦しみを抱えてな」
俺はセリアスに近づいて、剣を振り下ろした。その一撃で飛んでいったのは、セリアスの利き手だ。
噴き出る血に、セリアスの悲鳴。
控えていたロータスが、急いでセリアスに止血を施す。
俺は、その光景を無言で見ていた。
利き手を失えば、日々の生活まで危うくなる。今の状態のセリアスにとっては、それは死と同異義語だ。
生活を立て直すことすら出来ず、セリアスは虫のように惨めに死を待つしかない。
此の世で一番惨めな階層の人間だ。
「よかったな、リリ!」
セリアスが大きな声で叫んだ。
「復讐をやり遂げられて、幸せなんだろう!!」
その言葉に、俺は一瞬だけ呆けた。
だが、最大の嫌味を込めて言ってやった。
「ああ、最高に幸せだよ」
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