第33話 復讐終了


「これで正式に、二人はあなたの奴隷になりましたよ」


 ヨゼルは書類を確認して、ワインの保管に使う部屋で呆然としている女二人を見た。シニアとイチカは、それぞれすすり泣いて自らの境遇を嘆いているようだった。


「幼馴染だっていうのに、よくもこんな酷いことが出来るな」


 ヨルゼは、俺の所業に呆れていた。


「普通ならば、復讐といっても何処かで躊躇いというものが生まれるはずなのに……。ここまでするやつなんか見たこともない」


 幼馴染に対して、ここまで非情になれる自分はどこか可笑しいのかもしれない。俺は、そんなことをふと思ったのだ。


 けれども、可笑しくなかったら死ぬかもしれない邪竜退治などやり遂げることが出来なかったであろう。


「英雄は常人とは神経が違うってか……。ははっ、きっとそうなんだろうな。俺も奴隷商を長くやっているが、こんなにも酷い復讐劇は初めて見たよ」


 ヨルゼは、俺をどこか恐れるような目で見ていた。まるで肉食獣に怯えるウサギのようだ。


 俺は、どんな顔をすればいいのか分からなくなる。正しい人間とは、こんな時にどういうふうに笑うのだろうか。それとも笑わないものなのだろうか。


「この二人は、売り払っていいんだな?」


 ヨルゼの確認に、俺は頷く。


 イチカとシニアという奴隷は、最初からヨルゼに買い取ってもらうつもりでいた。ユイを傷つけた人間など、所有していたくもなかったからだ。


 それに、館に持ち帰ったりしたらユイが怯えてしまうかもしれない。それは、とても可愛そうだ。


 無論、ユイが。


 それに俺の館には、こんなボロ雑巾のような人間を入れたくはなかった。俺の周囲にいる素晴らしい人材ばかりなのだ。彼らとイチカたちを平等には扱いたくはない。


「ああ、出来るだけ悪質な主人に売ってくれ」


 奴隷を売る際に、俺は一つだけヨルゼと約束した。それは、二人を出来るだけ酷く扱いそうな主人に売り渡すということだ。


「売った後の奴隷の扱いなんて保証できないが、あんまり良い噂を聞かない客に勧めてはみるよ。だから、俺は復讐リストに載せないでくれよ」


 俺は、最初からヨルゼに復讐なんてする気はない。


 けれども、ヨルゼからは恐れられるようになってしまった。俺は見境なく復讐するような人間ではないというのに、解せないことである。


「俺の良さも知ってもらいたかったけど、もう無理な話か……」




 こうして、俺の復讐は終わった。


「なぁ、ロータス」


 俺は、忠実な執事に尋ねる。


「俺は恐ろしいか?」


 自分の大切なものを傷つけられた事に怒り、幼馴染に復讐をした俺は悪魔のように思えているだろう。


 もヨルゼには、そのように見えていたようだった。だから、ロータスにも化け物のように自分が見られているのかもしれないと思ったのだ。


「いいえ、ちっとも恐ろしくはありません」


 ロータスは、はっきりと断言する。


「恐ろしいというのは、明確な理由もなく暴力を振るう存在をいうのです。そして、一様にして彼らは罪悪感というものを持っていない」


 ロータスは、穏やかに笑ってくれた。その笑顔は、死んでしまった父に似ている。たくましくも優しい笑顔だった。


「あなたは、普通の人間でしたよ」


 その言葉に、俺はほっとしていた。


 そして、ようやく笑うことが出来た。


「なら、これからは良い領主になれるように頑張るか」


 俺には、まだ役割があるのだ。


 遊んでいる暇はない。


「さて、ユイのところに帰ろうか」


 俺と愛しい弟の物語は、まだまだ続くのだ。

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