第25話イチカ(2)
店で金を払った俺は、イチカを背負って道を歩いた。
スズリは、俺の隣を静かに歩く。
「スズリは、自分自身に自信があるのか?」
俺の問いかけに、スズリは頷く。
無駄なことを聞いてしまったという自覚はあった。けれども、スズリは俺に答えてくれる。
「私は、ロータス様の部下です。そのことが、私の自信に繋がっている」
スズリは、俺を見つめた。
そして、イチカが身につけていたサファイヤとルビーを外した。加工され直してしまったアクセサリーでは、俺の親たちの思い出は残っていない。
それが、とても悔しかった。
「リリーシア様……自信というのは、酷く個人的な事柄です。他人からどのように見られて思われようとも、自分が自分を肯定できなければ自信にはならないのです」
そういうものなのだろうか。
単純な世界で生きていた俺には、自分に自信がなかったというイチカの話や自信が個人的なものであると言うスズリの言葉も理解できそうにはなかった。
「リリーシア様!」
何度も角を曲がった裏路地で、俺はロータスを見つけた。ロータスも俺を見つけてくれたが、その隣には見たことある顔があった。再会するとは思わない顔である。
「ヨルゼ?」
知らなかったとはいえ、ユイを奴隷として売りさばこうとしている男が目の前にいた。
俺も嫌な顔をしていたと思うが、向こうも嫌な顔をしている。一方で、事情を知らないロータスとスズリが首を傾げていた。
「お知り合いでしたか?」
ロータスの疑問に、俺は苦笑いを浮かべる。
弟を可愛がっているロータスに、ユイを売り飛ばそうとした奴隷商だと説明したらどうなるのか。
正直な話、あまり想像したくはない。一発ぐらいは殴るような気がするのだ。
「あー、またまた嬉しくない御縁だな」
ヨルゼに関しては、ユイの事情を何も知らなかったのである。
法律を破った訳でもないし、ヨルゼ自身にも罪はない。しかし、感情というものは別である。
ユイを奴隷として扱っていたヨルゼを俺は許せないし、それをヨルゼは分かっているであろう。だからこそ、ヨルゼとしては俺との再会は全く嬉しくはないのだ。
「それで、今回はどのような件ですか?」
ヨルゼは、プロとして腹を決めたようだ。
俺も求めていた人材としては、ヨルゼは間違いなく必要最低限のラインを満たしている。そのため、自分の感情には蓋をしておくことにした。
俺もヨルゼも大人なのだ。目的のためには、色々と割り切ることができる。
「ちょっとした手続きの確認だ。この書類で問題がないかどうかが素人には分からなくてな」
俺の言葉を聞いたロータスは、鞄から書類の束を取りだす。そして、それをヨルゼに手渡した。
専門家のヨルゼはさすがで、一枚目の書類を読んだだけで俺のやりたいことに気がついたようだった。目を見開いて、俺に尋ねる。
「正気なのか……どれだけの金がかかると思っているんだ?」
俺は苦笑いをする。
金に糸目を付けるつもりはなかった。
なにせ、資金の方は潤沢だ。
俺には、領地以外にも王から貰った報奨金があるのだ。今回は、その報奨金を全て使う覚悟で考えた作戦だ。
「この書類で、問題はない。文句が付けようがないよ」
ヨルゼは、ロータスに書類を返した。
「それにしても、この短時間でよくイチカの借金を肩代わりできたな」
俺は、ロータスの仕事ぶりに感心していた。
ロータスには、書類をそろえる事とイチカの借金主との接触を持つことを頼んでいた。
書類はともかく。借金主との間に問題が出来たら、俺が力ずくで解決することも覚悟していた。
しかし、ロータスは全ての目標を達成してくれていた。
「借金について調べたのは、スズリです。それにリリーシア様が一括でルビーを購入された事で、向こう側の信頼も得ていましたから」
俺がルビーを購入したのは、イチカが借金をした先方だ。宝石たちの好事家たちに混ざる以外にも、相手に俺の財力を証明するためになればと思っての行動だったが間違いではなかったらしい。
俺が、宝石を買ってでも信頼を得た理由。
それは、イチカの借金を肩代わりするためだった。
イチカが借金をしていたのは、高利貸しの一人だ。
普通だったら友人や銀行などに借金を申し込むが、そんな信頼は田舎娘のイチカにはない。だから、高利貸しを利用するしかなかったのだ。
一方で、俺の領主には成り立てのために顔が売れていない。そのため、高価な宝石を見せることで、一定の財力があることを高利貸しに証明したのだ。
財産の証明がすんだ俺は、このような提案を高利貸しに持ちかけた。
イチカを含めた数人の債務者の借金を肩代わりさせて欲しい。
自分で言っても怪しい提案だ。
高利貸しもそう思って、普通の神経をしていたら俺の提案など突っぱねるだろう。誰だって、厄介事には首を突っ込みたくない。
それに数人分の借金を肩代わりするほどの金だって、俺たちは持ち歩いてはいなかった。
後日、高利貸しに屋敷まで金を取りに来てもらわなければならない。だからこそ、話の全てが本当であるという証明をしなければならなかった。
そこで宝石の出番だ。
俺は宝石を見せることで、数人分の借金を肩代わり出来るぐらいの身分と財産を証明したのである。
こうして、俺はイチカを含めた三人の借金を肩代わりした。
法律上は、これでイチカと二人は俺に借金をしていることになった。
「明日が楽しみだ……」
俺は、不気味な笑みを浮かべていた。
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