第26話 イチカ(3)
いくら高級な宿でも出来ない事がある。
その出来ない事をするために必要だったのが、一軒家だった。有能な執事であるロータスは、俺の望みどおりの家を探し出してくれた。
その家の内部を一通り確認して、俺は非常に満足した。
ロータスが探し出した家には、地下室があった。その地下室は、元はワインの樽をしまっていた場所らしい。
ワインを劣化させないように温度や湿度を一定に保てる作りをしているために、防音性にもとても優れている。
日中でもランタンを使わなければ周囲が見えないのが難点だが、罪人を収容するには丁度良いであろう。
「つうぅ、ここはどこ?」
両手を縛られたイチカは、目を覚ました。
酔っぱらって寝入っていたために、イチカは一晩もすやすやと寝ていたのである。実に間抜けな事である。
イチカは、きっと安寧な毎日をおくっていたのであろう。奴隷になって恐怖の毎日をおくっていたユイとは違って。
イチカは辺りをきょろきょろと見渡して、ランタンの光に目を細めた。そして、ようやく俺たちの姿を見つけてくれる。
「リリ?」
俺の名を読んだ後に、イチカは自分が縛られて床に転がされていることに気がついた。
薄暗い場所に、縛られて転がされている。
たとえ、俺が幼馴染であったとしても恐怖を感じるシチュエーションだろう。女であるならば、なおさらだ。
それに、こうなる理由にイチカは心当たりがあるのだ。ユイにやったことを絶対に忘れたとは言わせない。
「ちょっと、何なのよ。悪い冗談のつもりなの!!」
イチカは必死に暴れるが、そんなもので縄はほどけない。イチカの顔色は、暗がりでも分かるほどに青くなっていた。
俺は、必死なイチカをせせら笑う。
それぐらいに、今のイチカは惨めであった。それと同時に、ユイもイチカのように怯えていたのだと思うと可愛そうになる。無論、ユイが。
「イチカ、お前についてちょっと調べたんだ。俺に嘘をついていたよな」
イチカは、独身だ。
結婚をしていたという記録もない。
俺は、最初から分かっていたことをイチカに突きつける。そうやって、イチカの反応を見て楽しんでいたのである。
イチカは目をさまよわせて、どのような言い訳をするべきかと必死に脳内で答えを探しているようだった。
「金持ちの旦那を捕まえたって言っていたけど、お前に結婚歴はない。なら、宝石を買い漁る金は……どこから出たんだ?」
俺が訪ねれば、イチカは「そっ、それは……」と言い淀む。
言えるはずがないであろう。
その金は、元はユイのものだ。しかし、金に目が眩んだイチカたちは、劇薬で喉を焼いてまで奪ったのである。
イチカは、はっとして口を開く。
どうやら、よい言い訳を考え付いたようだ。
「結婚したって言うのは見栄なのよ。本当は、会ったこともない叔母の遺産が転がり込んできたの!」
なんという程度の低い嘘だろうか
こんなのが友人だったと思うと嫌になる。
「俺は、奴隷商に売られたユイを助けたんだ。助けられたのは偶然だったから、本当に幸運だったよ」
俺の話に、イチカは泣き始めてしまった。
泣いたところで許さない。
「可哀想に喉を焼かれていたけど、誰にやられたのかを教えてくれたよ」
俺は、にっこりと笑っていた。
イチカは、身体をよじって俺から出来る限り逃げようとしていた。しかし、芋虫のように張ってみても、俺から逃げることができない。
「セリアス、シニア……イチカっていう三人らしい。奇遇だよな。俺の幼馴染も同じ名前なんだ」
イチカの目に、色濃い恐怖が浮かんでいた。
イチカの目の前にいるのは、幼馴染の俺ではない。復讐に燃えている一人の男であった。イチカなど簡単に握りつぶせる権力者であったのだ。
「わっ……私は悪くないわ。セリアスとシニアが、勝手にやったのよ!」
ここにはいない二人にイチカは責任転嫁をするが、そんな事は俺にはどうだってよかった。俺は、一枚の書類をイチカに見せつける。
それは、借用書だ。
「イチカの借金は、俺が肩代わりした。つまり、イチカが借金をした相手は、法的には俺ということになる」
イチカが、若いイチカが何を担保にしているのか。
それは、明らかだった。
なお、宝石というのはありえない。
コレクターというのは、自分の命よりもコレクションを大事にしているのだ。
しかも、イチカにとって高価な宝石は自分自身の価値でもあるらしい。そんなものを担保にしているとは思えない。
イチカの借金の担保は、自分自身だ。
期日までに借金を返せなければ、イチカは奴隷になるのである。
「この契約には、金を貸した側が期限を決められるとある。そして、その期限は最初に金を貸した時に決めるものだが……例外がある。それは、貸主が変わった瞬間だ」
俺がイチカの借金を肩代わりした瞬間から、俺が貸主になった。だから、借金の返済期限の契約は結び直されるのだ。
「俺は、イチカの借金の返済期限を明日までにする。それまでに返済できなければ分かるよな?」
明日までに返せなければ、イチカは奴隷落ちしてしまう。イチカに何をしようとも合法になるのだ。痛めつけようが、犯そうが、殺そうが、全てが合法なのである。
イチカは、必死に首を横に降った。
いくらイチカであっても奴隷になるのは嫌らしい。いや、正確には俺の奴隷になるのが嫌なのだ。何をされるのか分からないから。
もしかしたら、最悪の場合は俺に犯されるとでも思っているのかもしれない。
残念ながら、それは絶対にない
俺だって、選ぶ権利があるのだ。
愛しい弟をおとしいれた人間を犯すだなんて、考えただけでも吐き気がする。
「無理よ。払えないわ。返済日が、いきなり明日になるなんて……」
イチカは、追い詰められている。
今までにないほどに。
そのことに関して、俺はいままでにないほどに優越感に浸っていた。夢にまで見た復讐の相手が、俺の足元でのたうち回っているのだ。
これほど嬉しいものはない。
そして、これほど満たされることもなかった。
「そうだ。今ある宝石を手放せば、少しはお金になるから。それを払うからちょっと待っていて」
イチカは、俺の予想外の行動に出た。
てっきり宝石は手放さないと思ったが、自分自身よりは宝石は安いものらしい。
「少しか……。でも、完済には程遠いだろ」
しかし、手持ちの宝石を売ったとしても借金の完済には程遠いようである。イチカの顔色は悪いままだった。
「お願いよ。私たちの仲じゃない。一緒に遊んだ日々を思いだして」
イチカは、何を言っているのだろうか。
気持ちが悪い。
あんなにユイに酷いことをしておいて、どうしてかつての信頼と思い出にすがりつこうとしているのだろうか。
俺達兄弟からの信頼を裏切り、喉が治っても声が出なくなるほどのストレスをユイに与えた。おかげで、ユイは未だに魔法を使えない。
「駄目だ」
俺は、無常なことをイチカに告げる。
借金で首を回らなくするのが、俺の本来の目的なのだ。俺は、金が欲しいのではない。イチカたちに絶望を与えるのが、俺の目的なのである。
そして、願わくはユイと同じぐらいの苦しみを与えたい。そのためだけに、ここまで俺はやってきたのだ。
「じゃあ、誰がユイに何をしたのかを教えてくれるよな?」
イチカは、ツバを飲み込む。
その表情には迷いがあった。
ここで俺に全てを白状をすれば、自分の借金の返済期間が伸びるとでも思っているのかもしれない。
あるいは、仲間を売って自分の罪を帳消しにしてもらおうと考えているのか。考えの浅いイチカのことだから、両方ともあり得る話だ。
イチカは、とうとう決意を決めた。
「ユーナさんがなくなってから、ユイに多額の財産があるってシニアが言い出したのよ」
ほう、と俺は呟く。
ユイの財産を管理をしていたのは、シニアだった。だからこそ、シニアはユイの財産を横取りしようと考えたのだ。
「最初は嘘だと思ったけど、シニアに見せてもらったら本当で……。セリアスが、これだけあれば遊んで暮らせるんじゃないかって」
大金は、三人を狂わせた。
これだけの金があれば憧れの都会で遊んで暮らせるかもしれない、と思わせてしまったのだ。
「セリアスが、ユイを奴隷商に売るって言い出したのよ。ユイは可愛い顔をしているから金になるって……」
俺の怒りが、いきなり沸点に達した。
今まで考えていなかったが、ユイを奴隷として売った金もイチカたちの財布に入っていたのだ。
それすらも遊ぶ金になっていたと思うと腸が煮えくり返ってしかたがない。
「でも、魔法使いだから……。普通の方法では、奴隷になんてできないって」
ユイは、身を守れる程度の魔法は使える。そのようにユーナさんが答えていたのだ。
普通であったら、奴隷にしようとしても抵抗されて終わりであろう。ユイを奴隷にするために、三人は卑怯な手を思いついたのだ。
「何をやったんだ?……いいや、どうやって……劇薬なんて飲ませたんだ」
分かっているんだぞ、と俺はイチカに微笑みかけた。ユイの告白のお陰で、劇薬を飲まされた事は分かっているのだ。嘘などは許さない。
「ココアに混ぜて飲ませたの……。私は見ていただけよ。というか、止めたのよ!」
イチカの言葉は、とてもではないが信じられない。
セリアスとシニアのみが動いたのならば、財産は二人で山分けにしていたはずだ。三人で分けているのならば、三人が平等に役割を負担したはずである。
だから、イチカの見ていただけというのは信用に値しない言葉であった。ましてや、止めようとしただなんて聞くに値しない戯言に過ぎなかった。
「イチカ。嘘はいけないぞ」
俺は、腰に帯びている剣に触れた。
邪竜と戦う為に鍛え抜かれた剣は鈍く光って、命のやりとりをする輝きを示している。
その輝きを見たイチカは、今までにないほどに怯えている。だが、俺は剣でイチカをどうこうしようとは考えていない。
「俺は殺すことは得意でも、いたぶることは苦手なんだ」
俺が目指したのは、あくまでも邪竜を倒すための剣術だ。だから、人をいたぶる事は不得手である。
それに、剣士として鍛えている俺が、女のイチカに何かをすればうっかり殺してしまうかもしれない。
それは、俺の望むところではなかった。
イチカには、死ぬよりも辛い目にあってもらう予定だった。剣の一撃で死ねるだなんて優しさを見せるつもりもなかった。
「俺は、お前の他にも二人の男の借金を肩代わりしている。その男たちには、お前と同じ期限を設けているんだ」
イチカは疑問符を浮かべていた。
どうして、そんな話を俺がするのか分からないようである。勘が悪いな、と俺は思った。
「追い詰められた人間は何でもするって、想像できるよな?」
借金のせいで奴隷になりたくない人間は、なんでもする。イチカも同じであったのに、そのことを本人はすっかり忘れているようであった。
借金の返済に失敗し、奴隷落ちすることを恐れる人間。
それは、もはや私兵と言ってもいいくらいだ。
イチカだって、仲間を売ったぐらいだ。逃げ道のなくなった人間が恐ろしいことは、イチカが一番わかっているはずであろうに。
「な……何をするつもなのよ。わたしは、ちゃんと説明したわよ!」
イチカは喚くが、俺は「信用できない」と切り捨てた。自分の嘘が通じなかったことに、イチカは絶望している。むしろ、どうして通じると思ったのだろうか。
「イチカだけが何もやってないなんてありえない。お前は、俺の弟に何をやったんだ?」
俺の気迫に、イチカはガタガタと震えだした。俺は無意識に殺気をだしていた。邪竜に勝利した人間の殺気は、よほど恐ろしいのだろう。
何せ、俺はイチカをどのようにもできるのだ。
「分かった……。分かったわ。本当のことを話すから」
イチカは、おずおずと口を開いた。
「く……薬を探してきたのは、私よ。あと、薬入りのココア作ったのも」
ようやく、イチカは真実を語ってくれた。
俺は、心の何処かで一息ついた。
イチカが認めてくれたおかげで、ユイの身に起こったことが事実であると改めて証明された。
俺の復讐は、正しいことだった。
俺の幼馴染三人は、一致団結して俺の弟を奴隷に陥れた。
そうして、金をせしめて贅沢三昧をしていた。
分かっていたことだが、真実を改めて突き付けられて全身から力が抜ける。
これで思う存分に復讐が出来るというものだ。
「入ってくれ」
俺の言葉で、地下室に二人の男が入ってくる。
二人とも三十代ほどの年齢で、どうして自分たちがこんなところに連れてこられたのか分からずにオドオドしている。
この二人はギャンブルで負けて借金をしたと言う話だが、そこに関して俺は興味がない。肝心なのは、彼らが俺の私兵になるかどうかであった。
「さっきのも話したが、お前たち二人の借金は俺が肩代わりした。つまり、貸主は俺になったんだ」
俺は、男二人にイチカにも説明したことを説明する。
「このままでは、お前たちは明日にも奴隷になる」
男たちの顔に怯えが浮かんだ。
俺は、きっと悪魔的な笑みを浮かべていたであろう。悪魔は、常に甘言を囁くものだ。
「もしも、借金を帳消しにして欲しかったら、この女を痛めつけろ。死なない程度にな」
俺の言葉に、男二人は顔を見合わせた。
俺の発言が信じられないようであった。
「そ……そんな簡単なことでいいのか?」
男の一人が、口を開く。
女を痛めつけることを簡単な事というあたり、男たちはまともな生活をしていないだろう。普通ならば嫌悪するような俺の言葉に、躊躇いも何も見せていない。
「ああ。この女には怨みがある。死なない程度に痛めつけてくれ。死なないなら、何をやっても良い」
俺の言葉に、男たちはイチカを見る。
イチカは涙と鼻水でグチョグチョだったが、それでも彼女が可愛らしい顔をしていることは分かる。泣き顔だって『むしろ、それがいい』と思うような男だっているだろう。
いや、この男二人は間違いなく女の泣き顔が好きなタイプだ。なぜならば、男たちの顔には歓喜が浮かんでいる。
「じゃあ、俺は別室で待っているな」
そのように声をかけると共に、イチカの悲痛な叫びが聞こえてくる。
「いやぁ、触らないで!!リリ、お願いだから助けて!こんな奴らに犯されるなんていやぁ!!」
地下室から出た俺は、ドアをしっかりと閉める。
元はワインの保管庫だった地下室は、防音性もしっかりとしていた。イチカの悲鳴だって聞こえない。
イチカは、処女だろうか。
だとしたら、うれしい。是非とも苦しみと痛みにまみれた処女喪失を体験してほしいものだ。
「ユイは、もっと辛い思いをしたかもしれないんだぞ……」
俺は、拳を握りしめた。
美しい子供を性の捌け口にするような汚い大人はいくらでもいる。そして、そのような大人の毒牙にユイはかかったと思われる。
自分を助け出したお礼とばかりに、兄に身体を擦り付けるような卑わいな行動が全てを物語っている。そうしなければ、許されない環境にいたのだ。
「ロータス、行くぞ」
スズリは、シニアの方の調査に向かわせていた。
その調査も終わっている頃であろう。
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