第27話シニア(1)



  俺は、宿で昼食を食べながらスズリを待っていた。


 俺に出されたものは子羊の肉を使ったパスタ料理で、沢山の香辛料で肉の臭みが消してある。


 きっと酒などに合わせる料理なのだろうが、生憎と復讐の前に飲む性格ではない。そのせいか料理は味ばかりが濃くて、胃がもたれてしまいそうになった。


「ロータスの料理の方が美味いな」


 ロータスの作る料理は牧歌的だが、田舎育ちの俺には身近な味だ。宿の食事のような肩ひじを張ったような味ではなく、優しい味付けなのも気に入っている。


「ありがとうございます。ですが、他の使用人たちの腕前もなかなかのものでしょう?」


 ロータスの言う通りだ。


 ヘキナとイソ、スズリだって、料理はとても美味い。けれども、そのなかで一番美味しく感じるのがロータスのものなのだ。


「なんなんだろうな。ロータスの味が、一番しっくりくるというか。おふくろの味っていうものに近いんだよ」


 ロータスとユーナさんの出身地は、もしかしたら近いのかもしれない。俺は父の出身の村に住んでいたが、ユーナさんは別の地域の出身だった。


 残念ながらユーナさんの故郷の話は、聞いたことがない。だから、ロータスとユーナさんが同郷かどうかは分からない。


 なにはともあれ、俺はロータスの手料理が大好きだ。


 それはユイも同じようで、ロータスが料理当番の日はとても嬉しそうにしている。


「それは、なによりも嬉しい言葉ですね」


 ロータスが注ぐのは、柑橘類の果物を使ったジュースだ。何種類かの果物の果汁を混ぜているらしいが、さっぱりしていて美味しい。こってりした料理の油を流してくれる。


「さて……。イチカはどうなっているんだろうな」


 男たちには殺すなとだけ命令している。


 イチカが男たちの慰みものになっているのは、想像に難くない。男たちに貪られる地獄のなかで、少しでも反省してくれたら幸いだ。もっとも、これぐらいで許す気は毛頭ないのだが。


「失礼します」


 部屋に入ってきたのは、スズリであった。


 上等なドレス姿のスズリは、またどこかに潜り込んでいたのだろう。


 俺とデートをしていた時とは違って、はっきりした化粧をしている。そのせいもあって、スズリは暇を持て余した金持ちの夫人に思えた。


「シニアは、ファルムという俳優にかなり入れ挙げているようです」


 シニアが差し出すのは、一枚のチラシである。


 そのチラシの隅に、小さく描かれた男の横顔。それが、ファルムという男らしい。


「舞台役者か……。さすがに美形だな」


 ファルムは優男風の美形で、いかにも女性が好みそうな甘いマスクの男だった。


 しかし、顔だけで食べていけるほど、演劇の世界は甘くはないらしい。舞台俳優と言ってもファルムの俳優の仕事は少なく、あったとしても端役ばかり。


 とてもではないが、俳優だけでは食べていけないと言う状況のようだ。


「シニアは、このファルムという俳優のパトロンになっています。ファルムの生活は、売れない俳優とは思えないほどのものでした」


 スズリの報告を聞きながら、俺はファルムという男の横顔を爪で弾く。ユイの傷つけてまで手に入れた金は、俳優に貢ぐために使われていたらしい。


 スズリの報告によれば、シニアはファルムのために劇の役を買ったり、生活の面倒を見ているという。


 日常生活でもファルムを美しく着飾らせているというのだから、まるでペットに対する扱いだ。


 シニアは、そうやってファルムに売れっ子俳優を気取らせているらしい。


 ファルムという男の方もシニアの援助の元で好い気になって暮らしていると言うのだから、おかしな話だ。俳優としてのプライドはないのだろうか。


 しかも、このファルムという男は素行が良いとは言えない。


 前々から金持ちの女パトロンを捕まえては、今と同じような生活をしていたのだという。シニアもきっとファルムに目を付けられて、金づるにされているのだろう。


 どういう経緯でファルムという男とシニアが知り合ったのかは、スズリでも分からなかった。しかし、優等生ほど悪い男に引っかかるというのは本当のようだ。


 俺は、昔のことを思いだす。


 村にいる時のシニアは頭が良くて真面目で、それこそどこに出しても恥ずかしくない娘というのを体現しているような女だった。


 学校での成績は常に一番で、素行も良い。家族の自慢の娘であったシニアは、特に父親に溺愛されていた。


 シニアの誕生日にはわざわざパーティーをひらいて、父自らさばいた羊を近隣住民にも配っていたものだ。


 今のシニアの姿を見たら、彼女の父親はどう思うだろうか。そんなことが、とても気になった。


「まさか、真面目なシニアが男に貢いでいるとはな……」


 今のシニアは、村で一番のしっかり者だと言われていた人間と同一人物だとは思えない。それほどまでに、愛欲に溺れた女に成り果てていた。


 シニアは、ファルムの出演する舞台には毎回訪れているという。舞台を観に行くのならば、今のスズリのように着飾った姿であるはずだ。


 無論、その金はユイから奪った金である。


「それでは、リリーシア様。行きましょう」


 ロータスの言葉と共に、俺は立ち上がる。


「シニア、待っていろよ」


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