可愛い弟が無理やり奴隷にされていたら、兄の行動なんて決まっているだろう?そう、復讐だ
落花生
第1話 俺が死んだら弟のことを頼む
「俺が死んだら、弟のことを頼む」
旅立ちの日に、俺は三人の幼馴染に弟を託した。
俺には兄弟のように共に育った幼馴染が三人いた。彼らにだったら、大切な弟も病気の継母も預けていけると思うほどに信頼している三人であった。
俺の言葉に、三人は一様に驚いていた。
俺が何よりも家族を大切にしていることは知っていたからであろう。そんな大切な人々を村に置いて、俺は旅に出なければならない。
しばらく前に、王から使者が来たのである。その使者は、信じられないことを村の人々に告げた。
東で、邪竜が出たのだという。
凶悪な竜は一夜のうちに町を一つ焼いて、飛び去って行ったといったという話である。
その後も、邪竜は気まぐれに現れては村の食料や人間を食い荒らして周っているらしい。その強さは、国一番の騎士や兵隊では敵わないほどのものだという。
空飛ぶ邪竜が、次にどこに現れるかは予想も出来ない。焼かれた町の近くに住む住民だけではなく、近隣の国さえも邪竜の存在には脅えていた。
そんな折に、俺ことリリーシアに白羽の刃がたった。それは当然のことだったのかもしれない。
何故ならば俺の亡くなった父親は大陸一と言われた勇猛な剣士であり、以前邪竜が現れたときには剣一本で撃退したという伝説を持っていたのだ。
父は王からの褒美を断って、生涯を一介の冒険家として過ごした。息子の俺から見ても豪胆な生き様の男であった。
俺は、父の才能と頑強な体を受け継いでいた。
剣を振れば負け知らずで、大人のような体格で力も強かった。若き頃の父を知っている村の年寄りたちは、俺のことを父の生き写しのようだと言った。
俺の父はもう亡くなっていたが、多くの物を俺に残して言っていってくれた。
剣術の基礎を教えてくれたし、あらゆる場所を冒険する術も教えてくれた。俺という人間は邪竜が住まう場所まで冒険をし、邪竜を倒すだけの力を持った実にちょうどいい人間であったのである。
俺は普段から、自分の剣を携えて村の平穏を守っていた。
モンスターを追いかけて、剣一本で退治する俺の噂は近隣の村々まで届いていた。遠い場所からやってきた人間から、凶暴なモンスターを退治する事を頼まれたことだって一度限りのことではない。
俺は考えることをせずに、それらの仕事を引き受けていた。
強くなるには実戦を積むことが一番と父に教わっていたのだ。そして、魔法使いの義母が元気な内は、俺が不在でも村の防衛は彼女に任せることが出来たからである。
こうして、俺の存在は噂になっていったらしい。
そんな俺の噂がどういったことなのか分からないが、王にまで届いたということだった。小さな村に住む子供の話など王は一蹴すると思っていたのが、邪竜の存在によっぽどまいっていたのであろう。王は、そんな噂話に縋った。
普通の子供ならば誰も邪竜を倒せるなどとは思わなかっただろうが、俺には偉大な父という存在があった。
お偉い人々は、父と同じように俺にも竜を倒す力があるに違いないと考えたのである。そして、俺の元に立派な使者を寄こしたのだ。
俺は、王からの嘆願を一度は断った。
いくら負け知らずとはいえ、それは田舎の村でのことだ。俺の実力など井の中の蛙でしかないだろうと思っていた。
俺の幼馴染たちも同じ考えであり、俺なんかが邪竜退治などできっこないと思い込んでいた。
「君は若いのに、随分と謙遜というものを知っている。外の世界を知らないと言うのならば、外の世界の入口に私がなってやろう」
そう言って剣を構えたのは、兵士たちと共にやってきた騎士だった。
一騎当千の実力者と呼ばれる騎士はナイトと呼ばれて、一代限りの貴族の称号さえも持つ。つまり、それぐらいに国にとって有益な人物ということである。
そんな存在が寂れた村に来たことも驚きだったが、俺なんかのために騎士が稽古をつけてくれるなんてもっと意外だった。
そして、同時にドキドキもしていた。だって、自分以上に強い人との稽古なんて死んだ父とのもの以来であったからだ。
騎士が剣を抜いたので、俺も慌てて剣を抜く。
大きく深呼吸をして、父から教わった剣技を全て出し切る。無我の境地とも言えばいいのだろうか。
戦うこと以外の全てを今だけは忘れて、無心になって目の前の相手に打ち合った。この瞬間には、相手が騎士であろうと邪竜であろうとも関係がない。
ただの敵。
肩書きや姿で恐れたり、侮ったりすることはない。
気がついた時には、俺の息は随分と上がっていた。騎士の息も上がっていたが、その鎧には大きな傷がついていた。
その傷は俺がつけたものらしい。
まったく自覚がなかったが、俺は騎士に会心の一撃を与えていたのだ。そして、それは命に関わるような一撃であった。
「まいったよ。……井の中の蛙は、自分が大物であったことを知らなかったようだ」
騎士は、そう言って自分から剣を収めた。
そして、おもむろに両手を上げて自分の負けだと示す。
その光景に、俺は目を剥いた。
信じられなかった。
国に認められた騎士が、子供の俺に降参するなど考えられなかったのだ。
「君の剣の技巧や力は、すでに国の五本指にはいるほどの強さだ。俺よりもずっと強い。だから、国のために邪竜を倒して欲しい」
お願いだ、と騎士は頭を下げた。
「俺が……俺が邪竜を倒せば、この村の平和は守られるんだよな。俺の家族は、平和に暮らせるんだよな?」
実の所、俺も不安だったのだ。
この村に邪竜が現れたら、俺は村の皆を……家族を守れるだろうかと言う不安がいつもあったのである。
俺の義母であるユーナさんは魔法使いで、戦うだけの実力を持つ人だ。しかし、今は病床の人である。けれども、村の危機におちいれば自らの身を犠牲にしてでも立ち向かう人であろう。
そして、俺の弟のユイ。
まだ身を守る程度のことしかできない未熟な魔法使いも母親と共に戦おうとする姿が目に見えていた。俺は二人のために、邪竜を倒したかったのである。
「ああ、そうだ。君の家族も村も平和に暮らせるはずだ」
俺は、騎士の言葉に決心を固めた。
俺の行動は、義母と弟がいる家に帰った後は早かった。全てのことを正直に話して、俺は病床の義母に邪竜退治に行く決心を告げたのであった。
「ダメよ。あなたには、そんな危ないことをさせられないわ」
ベッドの上で、継母は俺のことを叱った。
若い頃は国有数の魔法使いであった義母は、俺の出発に反対した。
「邪竜を倒すこともそうだけど……。そこまで行くための道のりだって辛いものよ。私は、心が折れてしまった冒険者たちを何人も知っているわ」
旅人たちは、たとえ仲間がいたとしても旅に悲鳴をあげる。よっぽどの豪胆さがなければ、旅と言うものは続けられないのだと義母はいった。
それは、かつて父と一緒に世界中を旅していた経験者の言葉だった。
「ましてや、あなたは邪竜を倒す旅にでる。恐ろしさのあまりに仲間になってくれる人は、きっといないわ」
最初から、最後まで孤独な旅になる。
義母の言葉には、重みがあった。
俺は、必死に説得をした。
俺の義母は、病床の身である。
それでも、村に何かがあったら戦闘を切って戦う事だろう。母から魔法を教わっている弟を連れて。
それが嫌なのだ、と俺は義母に伝えた。
「俺は、母さんと弟を戦わせたくはない……。俺は、父さんの代わりに二人のことを守りたいんだよ。お願いだ、守らせてくれ」
ベッドから立ち上がれない義母は、両手を伸ばして俺を抱きしめた。
「なんで、こんなところがあの人に似てしまったのかしら……」
義母は泣いていた。
そして、弟を呼び寄せる。
「ユイ、お兄さんはね……。凄いことをしにいくの。だから、なにがあってもお兄さんを尊敬しなさい」
まるで、今にも自分が死んでしまいそうな言葉であった。
そんなことを言わないで欲しいと思ったが、旅立つということはこういう事なのだとも思った。
俺が村からいなくなるということは、義母に何があろうとも弟に何があろうともすぐには戻れないということなのだ。
「リリーシア……。あなたの人生よ。あなたが後悔しないようにしなさい」
そのように言われた俺は、義母と弟を村に残していく決心を改めてした。
この段階で、義母の死に目に会えないかもしれない事や弟の成長を見守ることは諦めた。それよりも大切なものを守るために、俺は旅立つのだ。
そうして、俺は旅立ちの許しをもらった。
村長や近隣の住民たちは村から邪竜退治に向かう剣士が生まれるとは思ってはいなかったらしく、驚きながらも出立の祝いをしてくれた。
祭りのために取って置いた肉を椀飯振る舞いし、旅の英気を養えと言われてたっぷり食べさせられた。
「それにしても、さすがは才能しかない兄弟だな」
村長は、そんなことを言った。
「ユイはともかく、俺には才能なんてないよ」
たしかに、丈夫な体には恵まれていた。しかし、それでも父に剣術を教えてもらえていなければ、邪竜に挑みに行くだなんてことは考えなかったであろう
「努力はしたけれども、それはセリアスも同じだ。セリアスがいるからこそ、俺は安心して村を出ていけるんだ」
俺は幼馴染の名前を噛みしめる。
セリアスは、共に父に剣術を教えてもらっていた男だ。今では俺の方が強くなってしまったが、かつては同じスタートラインにいた親友を俺は信頼していた。
彼ならば、俺が村を出て行っても今まで通りに村をモンスターから守ってくれるであろう。
「ちょっと、私たちのことを忘れているわよ」
俺に絡んできたのは、幼馴染の一人のイチカであった。その後ろには、シニアもいた。
「忘れているもんかよ。二人だって、頼りになる幼馴染だ」
二人とも戦う手段があるわけでもない。それでも、俺がいない間でもユイを大切に見守ってくれるであろう。セリアスとは違う方向で、俺は彼女たちも信頼していたのである。
「ねぇ、リリ。あなたは、この村で家族以外に思い残すことはないんですか?」
シニアの言葉に、俺は首を傾げた。
シニアの隣にいたイチカが、大きなため息をつく。
「誰か好きな人がいて告白していくようなロマンスはないのって聞いているのよ」
イチカの言葉に、俺は飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。
「リリって、セリナ姉さんのことが好きだったじゃないの」
イチカは何年も前の話を持ち出してくる。
しかも、初恋の人は隣の村に嫁いで行って何年も経っていた。
「好きな人はいないって。今は、ユイとユーナさんのことで頭がいっぱいだよ」
つまらないの、と言ってイチカは頬を膨らませる。
「リリーシア、期待しているからな」
そんなふうに声をかけてきたのは、セリアスだった。俺と同じように腰に剣を帯びているセリアスは、拳で胸をどんと叩く。
「村は俺が守る。だから、お前は世界を守ってこい!」
セリアスは、そう言って俺の背中を押してくれた。
明日からは、竜を倒すために修行と冒険の日々が始まるのだ。
そのことに、ドキドキしていない自分がいないわけではない。俺だって、十五歳の少年だ。冒険譚には憧れる。しかし、俺には二つの懸念があった。
俺の母親は、俺を産んですぐに亡くなっている。
俺を育ててくれたのは、元々は父親と一緒にパーティーを組んでいた魔法使いのユーナさんだ。
父と再婚してくれたユーナさんは血縁的には、俺の継母に当たる。しかし、俺は本物の母親だと思っている。
ユーナさんは、俺の実母と交流があった。
だからなのか、ユーナさんは俺が実母を忘れてしまったような言動をとると悲しそうな顔をする。
死んでしまった俺の実母の代わりは勤めても、その存在にユーナさんは成り代わりたくはないのだ。俺の実母の存在が、消えてしまうような気がするから……。
そんな優しい心のユーナさんだが、病に倒れてからは調子をすっかり崩してしまっている。医者からは長くは持たないかもしれないと言われているユーナさんを村に置いていくのはとても不安だ。
そして、もう一つの不安は、弟のユイの存在だった。
ユイはユーナさんと父親との子供で、俺とは半分血の繋がった兄弟だ。
ユーナさんたちが結婚してからすぐに産まれたので、今は十歳。母親の看病に勤しみ、同時に母親から魔法も学んでいる。
しっかり者だが、ユイが幼い事には変わりない。一人で病人の面倒をすべて見ることはできないし、自分の面倒を見る事だって難しい歳であろう。
病気の継母。
そして、幼い弟。
この二人を残して、俺は明日には村を出なければならないのだ。自分で決めた事とはいえ、二人のことを思えば後ろ髪を引かれてしまう。
「俺が死んだら弟のことを頼む」
俺の言葉に、幼馴染は驚いていた。
「安心しろ、リリ」
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