第2話 信頼できる幼馴染たち
俺のあだ名を呼んだのは、兄弟のように育った幼馴染のセリアスだった。
俺と同じように、セリアスも過去には父から剣を習っていた。俺のようにモンスターとは戦っていなかったが、それでも村の子供たちのなかでは将来有望の剣士と一目置かれている。
俺がいなくなった後釜は、セリアスが請け負うのであろう。
「叔母さんとユイは、俺たちが責任を持って面倒をみる。お前が生きて帰ってくる、その時までな。だから『死んだら』なんて言うな」
幼馴染の言葉に、俺は唖然とした。
面倒を見るなんて簡単に言うが、病人と子供だ。
いくら二人が支え合って暮らすとしても日常的な誰かの協力は必要になるし、それを喜んで引き受けてくれるような人がいるとは思わなかった。
「なに、ハトが豆鉄砲をくらったような顔をしているの。私たちは、家族みたいなもんでしょうが!」
そう言って、俺の背中を豪快に叩くのはイチカだ。男勝りなイチカも幼馴染の一人で、幼少期は彼女の気の強さにはよく泣かされていた。
しかし、成長した姉御肌のイチカは「ユイ君は、私たちが立派に育てるから」と言ってくれる。彼女は約束を違えたことはない。イチカはやるといったことは、必ずやり遂げる女であった。
「ユイ君は美形になるだろうから、将来のお婿さんにしてもいいかも」
イチカは、そんなふざけたことを言った。
たしかに、ユイは可愛らしい。
成長すれば、美形になること間違いなしの容姿をしている。だが、幼い内から幼馴染に唾を付けられたくはなかった。
「イチカがユイのお嫁さんになるのは、認めないからな」
イチカがユイと結婚する気はないと思っていながら、俺は本気で警戒してしまう。
ユイには、まだ兄上離れしてほしくないのだ。俺の弟への愛情に対して、イチカは大きくため息をついた。
「まったく、これだからブラコンは……。旅に出るんだから、弟離れもしておきなさいよ」
俺は「やだ!」とばかりに首を振った。
「ユーナさんの御側からは、出来るだけ離れないようにします。だから、リリ君は自分がやるべきことをやってください」
そう言って背中を押してくれたのは、シニアだ。
彼女も大事な幼馴染の一人だ。大人しい性格ならが、算術が得意なしっかり者だった。
シニアが任せてくれというのならば、病気のユーナさんも安心して任せられる。なにより、ユーナさん亡き後の金勘定を任せるならば、シニア以上の適任はいないように思われた。
「ありがとう……。ありがとう。みんな」
俺は、三人を抱きしめて泣いていた。
こんなにも素晴らしい友人に感謝し、どこまでも優しい幼馴染たちを授けてくれた神にも感謝していたのだ。
旅立ちの当日。
俺はユイに支えられて家を出てきたユーナさんから、額に口付けを受けた。そして、俺の剣には弟のユイが口づけをする。
これは魔法使いに伝わる家族の無事を祈るための儀式らしい。
キスを通して相手に魂を移して、いつでも側にいられるようにするらしい。だが、そのような便利な魔法などあるはずない。
所詮は、御呪いだ。
けれども、その御呪いを俺は真剣な顔をして受けた。
俺が家族を心配していたように、家族も俺を心配してくれていたからである。
「兄上が無事にお帰りになることを母と祈っています」
最後に、ユイが深々と頭を下げる。
「ああ、行ってくるな」
こうして、俺は旅立った。
旅は、未知との遭遇と沢山の出会いと挫折と成功があった。
この旅であった出会いのどれが欠けても、俺は邪竜を倒すことは出来なかったであろう。邪竜はどこまでも強くて、戦士として成熟した俺でなければ倒すことは出来なかった。
竜の首を取った時に、脳裏に過ぎったのは村に残した弟のことだ。
村で待っているユイが笑っている姿が、俺の瞼の裏に映ったような気がしたのである。それは、まるで走馬灯のような眺めだった。
竜の首を取った俺は、ユイの笑顔を思い浮かべたまま気絶したのである。
疲れと怪我の影響が原因だった。
俺と邪竜との戦いの結果を確認するためにやってきた王の使者がやってくるまで、極限まで溜まった疲労のせいで俺はぐっすりと眠っていたのだ。
あともう少し王の使者がやってくるのが送れていたら、きっと俺は邪竜との戦いとは別の死因で死んでいた事であろう。そんな間抜けなことにならないように、王の使者は丁寧に俺を回収してくれた。
ありがたかった。
邪竜の脅威から解放された世界は、まるでお祭り騒ぎだった。
俺がしばらく過ごした王都は特に派手に祝いをやっていて、人々は七日間という長い間を歌ったり飲んだり食べたりして祝ったのである。
その中心となるのは俺のはずだったが、何か所か骨を折っていたので酒は厳禁と医者に言われた。
竜と戦っていた時には興奮で感じなかったが、動くたびに酷使した身体が痛んだ。そのため医者の言葉以前に、ベッドの上から動くような気にはなれなかった。
だが、人々は英雄の俺の姿が見えなくとも盛り上がっている。俺は窓の外から聞こえる人々の歓声を聞いているだけの療養の日々を送った。
俺のことを不憫と思った医者は、屋外が盛り上がる中で何かと喋り相手になってくれた。おかげで、俺は王都をあまり歩いていないのに、美味い屋台について奇妙に詳しくなってしまった。
「騎士様。私は、騎士様のことが……」
国王の三女……つまりはお姫様が俺の部屋に忍び込んできたこともあった。しかし、丁寧にお帰り願った。
お姫様の来訪より、俺としては痛み止めをもった看護師の方がずっと待ち遠しい存在だったのである。無論、看護師に惚れていたわけではない。
俺にとって待ち遠しい存在になったのは、痛み止めの方である。邪竜との戦いの怪我は、命にこそ別状はなかったが酷いものだった。おかげで、傷め止めが欠かせなかったのだ。
それに、お姫様とのロマンスなんて御免だ。
そんなことになったら、ユイが待っている村に帰れなくなるではないか。
しばらく城で療養した俺は、世界が救われたことなどすっかり忘れられた頃に医者に「馬に乗って村までかえって良し」と言われた。
その判断を待っていたとばかりに、王に今までの礼を言ってから俺は愛馬に飛び乗ったわけである。
王には馬車を用意すると言われたが、まどろっこしいことは苦手だ。なにより、俺の身体と愛馬のなまった体を村までの旅路で鍛え直したかったのだ。
そして、ついに村に帰ることが出来るというところで。
「どうして、俺の弟が奴隷になんてなってやがるんだ!!」
この世で一番大事な弟は、喉を焼かれて奴隷商に連れられていた。
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