第30話 イチカとシニア


「シニア……。シニアなの?」


 イチカの元に連れ変えったシニアは、ぐったりとしていた。すでに顔を治療させていたが、それでも痛みで体力は消耗している。


 一方で、イチカは様々な体液で汚れて、酷い有様であった。それでもシニアと違って、正気は保っている。あんなに俺を恐れていたのに、精神的にはイチカの方が強いらしい。


「リリ……。シニアにまで、何をしたのよ!こんなのは、こんなことは許されないわ」


 泣きながらイチカは訴えるが、俺の心は冷えていた。


 こんなことが許されないから、俺は復讐しているのである。それが、イチカには分からないようだった。


「ロータス、あの男たちと同じように金でいうことを聞く男たちを探してきてくれ。それで、イチカとシニアを痛めつけさせろ」


 俺の言葉に、ロータスは「はい」と一言で答えた。


 イチカは、その光景を見てい。


 信じられないとばかりに悲鳴を上げて、イチカは俺に助けを乞うた。


「止めて。止めてよぉ!!私たちは、幼馴染でしょう!友達だったでしょう!!こんなに酷いことをしないでぇ」


 泣きながらイチカは、俺に必死に懇願していた。だが、そんな言葉は俺には意味がない。すでに幼馴染たちを地獄に落とす覚悟はすませていたからだ。


「そうだ。ユイを連れて来て。あの子にも謝るから。あの子ならば、許してくれる。ユイなら、私たちに酷いことをしないでって言ってくれるから。だから……」


 俺は、イチカの目の前に剣を突き立てていた。


 この期に及んで、ユイの優しさに縋ろうとするなんて片腹が痛い。イチカたちのせいで、ユイは未だに喋れないというのに。


「リリ……リリーシア」


 シニアが、ぼそりと呟いた。


「あなたも私たちと同じ地獄に落ちなさい」


 シニアの言葉に、俺は目を輝かせる。


 俺の心に生まれた感情は、歓喜である。


「ああ、それが俺の望みだよ。お前たちと一緒の地獄に落ちれば、死後もお前たちのことを俺は苦しめられるだろうからな」


 俺の言葉に、シニアは絶望したような表情を見せた。





「ユイに会わせろだって……」


 俺は、イチカの自分勝手な言葉に苛立ちを覚えていた。


 たしかにユイならば、イチカたちを許すであろう。だが、それは俺が許せない。


 幼馴染たちにユイと同じ苦しみを味合わせる。そのために、様々な準備を整えてきたのである。今更、止める事などはできない。


「それにしても、ユイは元気かな」


 離れて数日と経っていないが、それでも心配になってしまう。それは、ユイが関係する復讐をしているからだろうか。


 ユイたちには、俺は仕事で街に来ていると言っている。


 だから、ユイが復讐のことは知る事はできないはずだ。なにより、ヘキナやイソがユイのことを外に出さないことだろう。


 ユイの心は、まだ傷ついているのだ。安心できる場所で、ゆっくりとして欲しいと思う。


 そして、その場所が屋敷ーー俺たちの家であればいいと思うのだ。


「でも……いつかはユイも魔法使いとして独り立ちするんだよな」


 魔法使いの学校へ行って、王宮に召し抱えられるかもしれない。そうなったら、一緒には暮らせなくなるのだ。今から、それがとっても寂しくてしょうがない。


「ユイがいない人生なんて考えられないのに……いや。ユイには、俺のいない人生を考えさせないといけない。それが、自立だ。たぶん」


 俺の脳裏では、屋敷の庭でユイが微笑んでいる。


 この光景をずっと守っていきたい。


「それが、俺の使命。そうなんだよな……ユーナさん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る