第10話 善良な魔法使い
近場の町にたどり着いた俺たちは、まずは魔法使いを訪ねた。
ほとんどの場合、魔法使いというのは町に根付いている。魔女の実力によっては医者の代わりだったり、薬師の代わりを務めていたりするのだ。
魔法使いは色々な雑用を引き受けるが、主に頼まれるのが簡単な怪我の治療である。
治癒が得意かどうかは魔法使いによって異なるらしいのだが、食いっぱぐれない魔法だというので治癒の魔法を学んでいる魔法使いは多かった
ちなみに俺たちの母親のユーナさんはかつては父と組んで世界中を冒険していたが、結婚してからは村の魔法使いとして商売をしていた。
治癒の魔法も使えていたはずだ。ただし、母さんたちの魔法は、あくまで怪我に効く治癒だ。医者のように複雑な病気は治せない。
素人が聞くと首を傾げるが、つまりは魔法使いは外傷担当なのである。風邪を引いたとしても魔法使いでは治すことは出来ないのだ。だから、ユーナさんも自分の病を治すことは出来なかった。
「うわぁ。これは……」
母親が魔法使いはだったので、俺達は魔法使いには偏見はない。ないはずなのだが、訪れた店はあまりにも魔法使いらしすぎた。
店は薄暗く、トカゲやネズミの干物がぶら下がっている。怪しげで特に意味のない魔法陣が壁には書かれており、子供が思い描くような不気味な魔法使いの店そのものであった。
俺が子供だったら「悪い魔法使いめ!」と言って、店に突撃して怒られていたことだろう。それぐらいに、やりすぎな雰囲気が漂っていた。
魔法使いは神秘性を出すために、店を独特な感性で飾り付けることが多い。だが、こんなにも不気味な店に入ったのは初めてだ。同業者であるはずのユイですら、店の雰囲気には苦笑いを浮かべている。
「いらっしゃいませ」
店の奥から出てきたのは、でっぷりとふとった老婆だった。頭には尖った三角某を被っていて、もはや「どこまで魔女っぽいんだよ」とツッコみたくような恰好である。
この老婆を一般的な魔法使いの見本にしたくない。本来の魔法使いたちは、ごく一般の格好をしている。ユーナさんだって、そうだった。
ただし、修行の時点で感性が捻じ曲がるのか。趣味が若干悪くなるような傾向があったが。
「奴隷契約の解除をお願いしたい。いくらになる?」
俺は端的に、老婆に要件を伝えた。
老婆はユイとヨルゼをギロリと睨んで「解除だけかい?」と尋ねてくる。
老婆は、声にまで迫力があった。
どこをどうやれば、魔法使いになるべくして生まれた老婆が完成したのだろうか。ちょっと聞いてみたい気分にもなる。
「そうだ。これは、ユイを……弟を自由にするために必要なことなんだ。頼む」
奴隷の所有権を変えるための依頼ではない、と俺は強調した。依頼を断られることはないだろうが、勘違いされてはかなわない。なにせ、ユイは可愛い俺の弟だ。
「随分と似ていない兄弟だね」
老婆の言葉に「そうだろうな」と俺は思う。俺は黒髪に黒目で屈強な体格。一方で、ユイは銀髪の青い目でかなり華奢だ。
「母親が違うんだよ」
実際には、俺は父親似。
ユイは、ユーナさん似だ。
俺は実母に似なかっただけなのだが、片親が違うと言うと大抵の人間は納得をする。老婆も納得したようだった。
老婆は店の奥に引っ込んで、巨大な魔法陣が書かれた紙を持ってきた。
魔法使いは様々な方法で魔宝を使うが、老婆は魔法陣を使うらしい。初めて見るタイプの魔法使いだった。ユイも初めてらしくて、興味津々だ。
「そこに乗りな。あんただけでいいよ」
老婆は、ユイを指差す。
ユイが戸惑っていたので、俺は背中を押してやる。意を決したユイは、緊張しながらも魔法陣のなかに入った。
すると魔法陣が光り輝き、ユイの額に今まで見えなかった紋章が浮かび上がる。そして、その紋章はあっという間に霧散してしまった。今のが奴隷契約に関する紋章だったのだろうか。
「えっと……こんなもんで終わりなのか?」
奴隷の契約に関わるのは初めてだったが、こんなにもあっさりと終わるものだとは思わなかった。
ユイとヨルゼには、外見的に変わった様子もない。痛みなどもないようだった。
ユイもきょとんとしている。ヨルゼの方は不遜な態度を崩さないので、これは普通のことらしい。
「奴隷契約なんて、初歩の初歩といった魔法だよ。そんなに複雑なことはしていないんだ。ほら、銅貨十枚でいいよ」
老婆の言った金額は、予想外に安かった。銅貨十枚ならば、食堂で夕食を食べた程度の値段である。
てっきり、一晩の宿代になる銀貨二枚程度は取られると思っていた。
魔法使いの老婆は、ふんと鼻を鳴らす。
「普段だったら、もっとふんだくるよ。でも、その子は魔法使いだろう」
老婆は、ユイを指さした。
「魔法使いが奴隷になるだなんて、よっぽどのことがなければありえない。そんな訳アリの同業者から、大金なんて取れないよ」
老婆はユイを魔法使いと見抜いて、同業者のよしみで割り引いてくれたらしい。魔法使いは迫害された歴史もあり、横の連帯が強い傾向があるとは聞いていたが予想外のことであった。
この老婆は趣味が悪いが、優しい性格らしい。人の優しさに触れたせいもあって、幼馴染の裏切られた俺の心は少し癒やされた。
「しっかし、その年齢だったら半人前だろ。さっさと師匠の元に返してやりな。心配しているだろうから」
老婆の言葉に、俺とユイはうつむいた。
ユーナさんのことを思い出してしまったのだろう。悲しそうなユイを抱き寄せて、俺は老婆に事情を説明する。
「ユイの……弟の師匠は、母さんだったんだけど。もう亡くなってしまって」
老婆は、ほとんど表情を変えずに「そうかい」と言った。
「なら、早いところ学校に入れてやるんだね。この子の魔力は多いようだし、将来有望だよ。それに、半人前の魔法使いなんて役にたたないもんさ」
言われなくとも、ユイには出来る限りの教育を受けさせるつもりだった。しかし、老婆から見てもユイは優秀な魔法使いになれる素質があるようだ。
ユーナさんはユイを学校に入れたがっていたが、彼女の見立ては正しかったということである。俺は少しばかり誇らしい気持ちになった。
「ほら、これはおまけだよ」
老婆は自分の掌に魔法陣を描いて、それをユイの喉に押し付ける。
その場にいた全員が、突然のことに驚く。特に、ユイは苦しいらしくて藻掻いていた。
治療なんだよな……?
乱暴すぎる治療であったが、それはすぐに終わった。老婆はユイの喉から手を離し、魔法陣を描いた手を布で拭っていた。
それから、ごしごしとユイの塗料のついた喉も拭く。
皮膚が赤くなって、咳が止まらなくなるほど拭く。ものすごく粗雑な手つきだった。
老婆に悪気はないのだろうが、一つ一つの動きがあらくて雑だ。俺は心配になってきたが、止める前に老婆の拭き取り作業は終わってくれた。
「ほら、終わったよ。喉の調子が悪かったみたいだからね。ちょっと治させてもらったよ。喋ってみな」
老婆の言葉に、ユイは口を開く。
だが、そこから言葉は出てこなかった。時より、言葉とは言えないようなうめき声漏れるだけだ。
苦しそうな顔をしながら、ユイは言葉を無理に吐き出そうとする。見ていられなくなったので、俺はユイに喋るのを止めさせた。
「喉は治したのに喋れないか……。これは、心の問題かもしれないね。ショックなことが起きたり、ストレスに晒され続けたりすると稀に喋れなくなる人間もいる」
その言葉に、俺の脳裏にはセリアスたちの顔が浮かんだ。ショックなこともストレスも、全ての原因は彼らであることに間違いない。
「まぁ、しばらくは喉を休めているぐらいの気持ちで楽にしていればいい。ほら、オレンジ味ののど飴をあげよう」
老婆はユイの頭をなで、油紙で包まれた飴をくれた。やっぱり老婆は良い人だ。しかし、飴を口に入れたユイは物凄く嫌そうな顔をしていた。
俺も一つばかりもらったが、飴なのに薄っすらと苦いという妙な味がした。これは嫌な顔にもなるという味だ。
俺たち兄弟の表情を見た老婆は、ぎろりとこちらを睨んだ。
「良薬は口に苦し。喉に良い薬をブレンドしているんだから、一週間で食べきるんだよ。捨てたら、ただじゃおかないからね」
迫力ある老婆の言葉に、ユイ控えめに頷いた。
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