見返り

 新たに得たウカガイ様の資料写真を怜音に送り、良太は次の一手を思案する。

 ウカガイ様は小中高とそれぞれ一人ずつ――あるいは一柱ひとはしらずつ存在する。そして、同じ資料を使っているのだから、中村由佳が通ってきた小中高では禁則も同じだったはずだ。つけ加えると、koshokosho_3の情報から白宮の中高では、同じ人物がウカガイ様を担っている。


 良太:中高は三年間おなじ人がウカガイ様になるとして

    小学校ではどうなんだろう?


 怜音:この資料だけじゃ何とも言えないね。

    資料をくれた友だちに聞いてみてよ。


 良太:それはちょっと難しいかも。

    ウカガイ様の話はかなり警戒してるし

    僕がウカガイ様の調査をしてるとは思ってないはず。


 怜音;ならkoshokosho_3に聞くしかないね。


 少し遅れた怜音の返信。良太は眉を寄せた。


 良太:koshokosho_3に聞くのは危なくないかな?


 怜音:安全とはいえないね。

    でも良太がウカガイ様を気にしてるのを知ってるのは彼女だけでしょ?


 ――怜音のなかではkoshokosho_3は久我硝子で確定しているのだろう。

 良太はしばし考えた。


 ウカガイ様の調査を続けるうえでkoshokosho_3は強力な味方になりうる。今はまだ信用しきれない味方だが、それは向こうが主導権イニシアティブを握っているからに他ならない。手元にある情報の格差が今の不均衡を生んでいるのだ。


 その情報格差のなかでも最大のものが、個人の特定である。

 koshokosho_3は良太のことを知っているが、良太はkoshokosho_3が誰か知らない。この一事が良太への脅迫を可能とし、良太の反抗を封じている。まずはここを正すべきだろう。


 良太:koshokosho_3が誰か確定させたいね。

    そうしたら安心して色々と聞き出せる。


 怜音:向こうの弱味を握って仲間にするってわけだね。

    ああ、良太が東京に染まっちゃったよ。


 よよよ、と涙を流す妙なキャラのスタンプが続いた。

 良太は苦笑しながら文面を作る。


 良太:郷に入れば郷に従えっていうからね。


 怜音:だったらウカガイ様を調べちゃダメじゃないか。

    まあ冗談はともかく。

    ならkoshokosho_3に小学校でのウカガイ様について聞くのがいいね。

 

 良太:なんで?


 怜音:方法についてはあとで教えるよ。

    今は質問の内容だ。

    ①白宮のウカガイ様は小学校から同じか。

    ②ウカガイ様には誰がなるのか。

    ③ウカガイ様にはいつなるのか。

    このへんを聞き出せれば何とかなる。


 良太:どれも答えてくれなそう。


 怜音:それはそう。

    でも質問の仕方しだいだよ

    koshokosho_3は良太がまだウカガイ様に怯えてると思ってるからね。

    

 なる。と打ち込み、さすがだなと良太は唸った。koshokosho_3は良太がウカガイ様に怯えていることを知っているが、対抗すべく調べているとは知らない。そこに情報格差がある。怖がっているフリを続けられれば、少ないリスクで質問できる。たとえば――


良太:ウカガイ様に対抗する手段はありますか?

   どう答えてくるか分からないけど

   たとえば、呪文とかありませんか? とか。


怜音:さすが。良太の考えてること分かるよ。

   子どもの頃とかそういうのあったもんね。


良太:うん。自然に小学校の話まで持っていけるかもしれない。

 

怜音:想定問答もやっとく?


良太:大丈夫。

   すぐ返事がくるか分からないしね。


 最後にからかわれてからkoshokosho_3には一度もメッセージを送っていない。あれだけ自衛を主張していたのだから普段はアカウントを見ていない可能性も高い。今できることは、相手の機嫌を損なわないように、かつ優位に立っていると思わせるような文面をつくることだ。


 良太:おひさしぶりです。

    少しウカガイ様についてお聞きしたいことがあります。

    何かウカガイ様に狙われないようにする方法はないのでしょうか?


 へりくだり、耐えきれなくなり、藁をもつかむ思いで助けを求めたように装う。実際、はじめて質問したときはそうだったのだ。

 良太はスマホの時計を睨み、五分ほど待った。返信はない。構わずに次の文章を打ち込む。


 良太:たとえばお祓いの呪文とか。

    儀式とか。

    お供え物とか。


 矢継ぎ早に送信して焦りを演出する。もう少し待って反応がなければ、さらに呼びかけ続けるのもいいかもしれない。使っているアプリは意図的に消さない限りメッセージが残り続けるのも特徴の一つだ。koshokosho_3が開いたとき愉悦を感じられるようにしておけば――


 koshokosho_3:落ち着きなよ。

        礼儀を弁えられるようになったのは評価するけど

        うるさいし、しつこい。


 きた――もしくは、掛かった。良太は我知らず唇に湿りをくれた。koshokosho_3は通知を受け取っているのかもしれない。ただ即座に反応できない状況にあった。時間的には食事も入浴も終えている頃合いだが、家族が近くに居たり、友人と会話中だったら反応は遅れる。


     良太:ごめんなさい。


 まずは素直に謝る。謝ったフリをしておく。次いで尋ねる。


     良太:ウカガイ様を追い払う呪文があるって聞いたんです。


 母が入学前の面談で言っていた。つまり三十年前の話だが、ホラー好きの父親がいたことで知っていることもある。学校の七不思議は過去半世紀のあいだ存在しつづけたし、田舎ゆえかもしれないが、


koshokosho_3:へえ。

       誰に聞いた?


 たったそれだけの返信に数分を要した。状況が素早い返信を許さないのか、あるいは長考を余儀なくされた。誰から聞いたのか気になるのはなぜだろう。

 良太は素早く思案し、踏み込んでみることにした。


    良太:あるんですね。

       教えてください。


 出たとこ勝負のかまかけだ。どんな返答があるか予測できないが、何が出てくるにしろ、人物の特定につながる情報が出ればそれで良かった。


koshokosho_3:教えてもいいけど。

       お礼に、君は何を教えてくれるのかな?


 そうきたか、と良太は椅子の上で胡坐を組み、熟考の姿勢に入った。

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