成果なしの大成果

 考えることばかりでまったくリラックスできない風呂のあと、湯あがりの良太を明滅するスマートフォンが待っていた。通知は四つ。どうでもいいニュースが二つに、怜音とたぬきのポン吉――中村由佳からのメッセージだ。

 良太は濡れた髪にタオルを当てつつ部屋にこもり、ひとまず怜音のメッセージを確認した。

 

 怜音:そっちもなしかー。

    これは予想以上の大成果だね。


 普通ならよくある嫌味に見えるが怜音の場合は異なる。本当に成果だと認識しているのだ。

 良太は一瞬だけ考えてすぐに諦め、スマホに指を滑らせた。


 良太:どういう意味?

 怜音:だって、逸徒行いっとこうですら検索できる時代だよ?


 少しの間をおいた返信に、良太は思わず頬を緩めた。二人で調べて発表して以来、役場が手作り感に溢れるホームページを開く際に、たった一ページだが逸徒行の記事ができたのだ。

 それも、長らく忘れられていた由来を村内の小学生が再発見した旨を添えて――。


 怜音:東京は人口一千万人超の大都市だ。

    外国人観光客だって山ほどいるでしょ?

    なのに、ウカガイ様の話は検索しても一件も引っかからない。

    これはとてもすごいことだと思うな。


 たしかに。と良太は返信を送った。

 白宮周辺は観光には向かない地域だが、それでも客が来ないわけではない。寺社仏閣は当然のようにあるし、今では少なくなったらしい商店街という形式も、それなりの活況を維持している。ありふれた観光地に飽きた人々が訪れても不思議ではないのだ。


 日本人ならともかく、外国人観光客がウカガイ様に配慮するとは思えない。見てくれからして鈴を垂らして歩く奇妙な存在だ。写真や動画が出回っても何の不思議もない。けれど、写真の一つも出てこないとは、どういうことだろうか。

 

――ウカガイ様の写真は現像できない――。


 いつぞや父・直幸が言っていた。まさか神通力ではあるまい。フィルムを持ち込んでも店員が現像してくれないという意味だ。現代でそれに該当するのは――、


「検索妨害……?」


 良太は思ったままに呟いた。ネットワークに制限をかけ、そもそも検索結果に表示されないようにする。その手の技術があることはニュースで見たから知っている。けれど、たかが一地方の風習に制限をかけるようなことをするだろうか。もし仮にやるとして、いったいどこの誰がそんなことをするというのだろう。

 首を左右に振り、良太は文字を打ち込んでいく。


 良太:ちょっと待ってて。

    クラスの子に頼んでたウカガイ様の資料が来たかも。


 怜音:了解。

    ってクラスの子に頼んだの?

    迂闊うかつじゃない?


 良太:大丈夫だよ。向こうから声をかけてきてくれたんだ。

    図書委員らしいから他の資料がないか聞けるかもだし。


 怜音:やっぱり東京はなんでも早いね。

    もう委員会活動はじまってるんだ。


 その文面を見たとき、あっ、と良太は声をあげた。委員会などいつ決めたのだろう。まったく記憶にない。ここしばらくウカガイ様に気を取られていたからそのあいだ? それとも自主性を重んじて挙手制で決まった? もしくは――


 良太:僕もしかして騙されてる?

 怜音:騙す理由があるならね。


 理由……と良太は中村由佳の姿を思い返す。明らかに警戒心が強く見えたが、自由自在に嘘をつくタイプには思えない。追いかけた理由が欲しかった――いや、逆に追いかけたと思われたくなかった。こちらの方が近そうだ。だとすれば咄嗟に取り繕った結果とみるのが妥当か。


 良太:とにかく資料だけ受け取ってくる。


 スマートフォンの操作をするだけではあるのだが、待っててくれとの意を込めて送り、たぬきのポン吉――中村由佳から来ていたメッセージを確認する。


 由佳:遅くなってごめんね。

    消し方を調べてたら時間がかかっちゃった。


 その二文に続いて数枚の写真が送られてきていた。どこで撮ったのか分からないよう丁寧に切り抜きトリミングされたウカガイ様の資料の写真だ。見慣れた表紙に、中身に、良太は舌打ちを避けるべく下唇を噛んだ。


 良太:本当にありがとう。助かったよ。

 

 ひとまず由佳にはそう返し、良太は怜音にメッセージを送った。


 良太;空振りだ。僕が持ってるのと同じ資料だったよ。

 怜音:会話できるの?

 良太:もちろん。スマホに送ってもらったんだし。

 怜音:僕が持ってるのと違うって送ってみたらどうだろう?


 その手があったか、と良太は感心した。中村由佳が嘘をついているにしろ、ついていないにしろ、手間だろうにわざわざトリミングしてまで写真を送ってくれたということは、本当に助けようとしてくれている可能性は高い。


 由佳:気にしないで。

    でも十分後に消すから、早めにダウンロードしてね。


 由佳とやりとりしていた画面を開くと、そう返信が来ていた。見上げた警戒心だ。ウカガイ様にまつわる話というのは爆弾に等しいのだろう。取り扱いは慎重に、かつ誰にも露見しないよう細心の注意を払い――由佳にとっては得るものの少ないリスキーな行動だ。

 内心、由佳の良心につけこむようで気が引けたものの、良太も必死だ。早くケリをつけるためにも得られる情報はすべて得たい。


 良太:あれ?

    僕がもらったのと、ちょっと違う?

 

 精一杯に自然を装い、良太はそう送った。実際に違いがあるのかどうかは分からない。そもそも新しいものと古いものがあるかすら分からないのだ。探り針を投げ入れるような曖昧な文面しか作れなかった。

 

 由佳:違うの? 

    私が高校でもらったのはこれだけだったよ。


 良太は思わず拳を握った。

 ――つまり、中学や小学校でも資料は配られるのだ。当然ながら順に古い資料になるはずだ。


 良太:もしできたらでいいんだけど。

    昔もらった資料とかあったりする?


 由佳:取ってあるかな……?

    ちょっと調べてみるね。


 そう書き残し、しばらくの間を置いて、


 由佳:あったー! あったよー!


 文面だけでも喜んでいる様子が浮かんでくるようなメッセージが届いた。つられて良太も頬を緩める。ついつい、物持ちいいねと送りかけ慌てて消すくらいに浮かれていた――けれど。


 由佳:んー……どれもあんまり変わんないっぽいよ?


 と送られてきた資料の写真は、良太が見る限りでは、多少、古びている気がする程度の差しかなかった。ほかには先の写真に比べてトリミングが甘く、おそらく資料を広げているだろう床の、薄青いカーペットがわずかに見切れていることくらいだろうか。

 

 「成果なしの大成果、か」


 良太はため息交じりに返信を送った。


 ありがとう、僕の勘違いかも――と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る