交渉ゲーム

 koshokosho_3の狙いは何なのだろう、と良太は何度か画面に指を乗せては離しを繰り返す。


 もしかして、と思う。

 ウカガイ様への恐怖を利用して小遣い稼ぎでもしているのだろうか。

 ただの思い付きに過ぎないが、ありそうな話でもある。だとすれば必要以上に自衛を意識するのも納得だ。


 ――けれど。


 その場合、アカウントを教えてきた久我硝子は恐喝まがいの危険な行為に加担していることになる。それも露見すれば一発で退学までありうるとされるウカガイ様を利用した商売だ。ただの小遣い稼ぎのために、人生を左右しかねないリスクを取るだろうか。

 良太はため息をつき、さっそくメッセージを返した。


     良太:僕に聞きたいことがあるんですか?

       何を教えればいいですか?


 下手の考え休むに似たり――だったか。とにかく懐に踏み込んでしまったほうがいい。問題は向こうが気づているかどうかだが、


 koshokosho_3:それじゃあ君の友だちの秘密でも教えてもらうか。

        何か君しか知らないだろう情報が欲しい。

        もちろん君の秘密でもいい。


 ――


 と良太は困惑した。金銭やリスクを伴う行動を求められると思っていただけに拍子抜けである。それに、この反応からしてkoshokosho_3は気づいていないようだ。情報格差からくる優位を自ら捨てたことに。

 

     良太:たとえば、誰の秘密ですか?


 良太はひとまず探りを入れた。koshokosho_3の巧拙を確認するために。

 相手が知らない情報を持ち、それを互いに引き出そうと交渉するゲームでは、先に選択肢を提出したほうが不利に持ち込まれやすい。なぜなら、選択肢を提示された側は内容を確認する形を取れば手持ちのカードを切らずに相手のカードを覗き見できるからだ。だからこそ、良太と怜音ははじめの質問に注意を払っていたのである。


 koshokosho_3の返答はまだない。文面を考えているのだろう。自身の失策に気づいたのかもしれない。いずれにしても、いま良太は優位に立っている。待つか攻めるか問われれば――、


     良太:僕の地元の友だちの秘密でもいいですか?


 攻めるときだ。可能な限りリスクを排除し、負けたフリをしながら相手の情報を狙う。これならば、回答次第で情報が取れる。今度は送信してからすぐに返信があった。


 koshokosho_3:君の地元の友だちの秘密を聞いて何の得がある?

        

 つまり、欲しいのは今の学校の友だちの秘密だ。良太はシャープペンを手にしてメモを取った。普通に考えれば同じ学校の、同じクラスの人間ということになる。


 良太はこの手のアナログな交渉ゲームに慣れていた。田舎育ちゆえなのか、年も生活環境もバラバラな子供たちと共に過ごす寺子屋の世話になっていたおかげなのか、あるいは怜音と一緒に村中を回って奇怪な祭りや儀式の情報を集めて回ったからか――理由はなんであれ、探り合いの腕だけならこちらに分があるとみなした。


     良太:クラスの友だちが外部生限定のグループを作ろうとしてます。


 良太は内心で洋介にごめんと唱えつつ、そう送信した。個人名を避けながら手持ちのカードのなかでも最も重要でないものを選んだつもりだ。

 

 koshokosho_3:くだらない。

        クラス内のメッセンジャーグループなんてどこにでもある。

        それじゃ教えられないね。


 これくらいは気づくか、と良太は下唇を噛んだ。もっと重要そうな話を出すか――いや、もう一つ探りを入れよう。


     良太:三年生の話でもいいですか?


 もちろん、良太に三年生の知り合いなぞいない。洋介を介して知っているサッカー部の先輩とやらの話くらいだ。

 

 koshokosho_3:どうせあと一年で卒業する。


 たったそれだけの文章を送るにしては間があった。一年生か二年生。他の状況を合わせて考えてみれば、悲しいけれど同じクラスの人間と見るのが妥当だ。


     良太:僕の話で良ければ何でも答えます。


 フリークエスチョン、あるいはアンサー。もちろん折れたわけではなく相手の出方をみようというのである。同時に、相手を協力関係に引き込めないかと画策してもいる。仲間や友だちは売らないけれど、自分だったらいいというアピールだ。これも田舎ならではと思われがちな理屈だが、学校も一つの村社会だとみなせば、それ相応の効果はあるはずだった。

 長い、長い間を置いて、koshokosho_3が尋ねてきた。


 koshokosho_3:ずいぶん慌てていたようだけど

        君は今日どこに行ったんだ?


――怜音。


 良太は手の平で両目を覆い、ため息とともに口の中で呟く。


――たぶん、怜音の推理は当たってるよ。


 koshokosho_3が何を思ってこの質問を送ってきたのか、冷静さを取り戻した良太には手に取るように分かった。


 その場にいたと思われないように、良太が使った用事という単語を避けつつ、どこに何をしに行ったのか探ったのだ。それもいつでも見ていると脅せるように――ウカガイ様という、いつどこで遭遇してもおかしくない恐怖に悩む良太を見越し、私も見ていると伝えながら、情報を取ろうとしたのだろう。


     良太:ウカガイ様のことが何か分からないかと思って

        図書室に行きました。


 良太にとってはどうでもよく、koshokosho_3は欲しがる情報の一つだ。加えて釣り餌を投げ込む。久我硝子なら食いつくかもしれない情報を。


     良太:あとはクラスメイトと少し話したくらいです。


 koshokosho_3:どんな話をしたんだ?

 

 反応が早い。ほぼ確定だ。状況証拠ではあるが。

 良太は暗澹たる思いに駆られながらも、ウカガイ様に怯える自身というストーリーに従う。


     良太:ウカガイ様の話はまずいと思ったので

        東京の観光地を調べてるって誤魔化しました。

        たぶんバレてないと思います。


 自分の無能さをアピールしつつ、良太は重ねて尋ねた。


     良太:僕の秘密は教えました。

        教えてください。

        ウカガイ様に対抗する呪文とかありませんか?


 koshokosho_3:まあいいか。

        教えてあげるよ。


 じっくり焦らすように時間を使い、koshokosho_3が送ってきた。


 koshokosho_3:そんなものないよ。


 勝ち誇るかのような文面に、そうだろうね、と良太は鼻で息をついた。

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