未知ゆえに

 見捨てられなくて良かったと安堵する良太をよそに、怜音の返信は続いた。


 怜音:口調が違うとか、態度に出さないとか、それが答えだよ。

    もし第三者のアカウントを教えたのなら、逆にそれとなく聞くと思う。

    どんな話をしたのかとか、どうだったかとか、それこそ分らないようにね。

    わざわざ目を合わせておいて何も言わないっていうのはそういうこと。

    まあ良太はそういうの鈍いからわからないだろうけど。


 鈍いというのは心外だった。学校での成績に限れば、良太のほうがずっと上だ。だから良太は東京に出て、怜音は地元に残ることになったのだ――おそらくは。


 良太:そんなのほとんど勘みたいなもんじゃん。


 小さな驕りは言葉の中に混ざる。打ち、送り、それから、違うだろと良太は目元をさすった。一方で、怜音は今も昔も泰然としている。


 怜音:そのアカウントは先代のウカガイ様がどうだったか知らないんでしょ? 

    それに「今のウカガイ様」って言ってる。

    なら今のウカガイ様は新一年生で、そのアカウントは同級生ってことだ。

    白宮学園は中高一貫だけど校舎は別だからね。 

    それからもう一つ大事なことがわかる。

    白宮ではウカガイ様役

 良太はあらためて怜音とのやりとりを確認し、そんな細かな話までしてしまったのかと息をついた。追い込まれているとは思っていたが、想像以上だったらしい。旧友との会話でいくらか落ち着きを取り戻し、良太は怜音の推測の穴を探した。


 良太:同級生なのはそうだと思う。

    でもkoshokosho_3が久我さんとは限らないよね? 

    中学からの同級生なら誰でもいいんだから。

    たとえば、中学の頃に途中編入した子とかさ。


 怜音:なかなかいい推論だと思う。

    途中編入した子なら良太みたいにウカガイ様を怖がってたかもしれないし

    同じように怖がってる子を助けようとしてても不思議じゃない。

    

 ――そうだ。洋介が外部生のつながりを作ろうとしているのと同じだ。助け合いの精神。悲しむべきかどうなのか、ムラ社会に育った人間の習性でもある。


 怜音:でも、だからこそ、そのアカウントは内部生ってことになる。

 良太:どういうこと?

 怜音:本気なのか警告なのか、理由はどうあれ良太のことをからかった。

    こっちと同じさ。よそ者には、まず脅しをかけるんだ。


 よそ者への脅しというと物騒に聞こえるが、村には村のルールがあり、それを知らない人間が来た時には多少きつい言い方をしてでも教えなくては後々のトラブルにつながる。東京という村――あるいは白宮学園という村では、良太のほうがよそ者にあたる。ありし日の川で起きた、隣村の子たちとの遭遇を思い出し、良太はなるほどと頷いた。


 怜音:そして向こうは良太がよそ者だと知っている。

    つまり外部生だってことを知ってるって意味だけど。

    知る機会がない人間には分からない。

    少なくとも事情を知ってる同じクラスの誰かってことになるよね。


 良太:久我さんが先に教えたのかも。

 怜音:うん。ありうる。

    だけど、事前に話を通してあるなら、そのことを先に言うはずさ。

    送ってもらった会話のスクショ、良太にはじめましてって言わせてる。

    そうしておけば、アカウントがバレたとき言い訳できると思ってるんだ。

    ログアウトしておけば現行犯じゃないと本人だと特定できないしね。


 ぐうの音もでなかった。koshokosho_3とのやりとりを見直してみれば、それはまったく村での警告と同じだ。身バレ対策についても外部生より内部生のほうが慎重になるだろう。よそ者は村のルールの恐ろしさを知らない。一方で地元の人間はどれほどの問題が起きるか身に染みて知っているからだ。ほかに抜けがあるとすれば、良太が自己紹介をしたとき同じクラスにいた誰かか、あるいは――


 良太:koshokosho_3がウカガイ様本人ってことはないのかな?


 一番最後に思いついた可能性だ。つい数十分前には聞く寸前までいっていた。

 考えていたのだろう、しばらくの間をおいて怜音の返信があった。


 怜音:それは盲点だったなあ。

    なんでそう思ったの?


 良太:ウカガイ様は写真を撮ったりしちゃいけないからさ。

    ほら、koshokosho_3のアイコン。

    それウカガイ様が持ち歩いてる鈴の写真なんだ。

    内部生だとしたら、怖くてできないんじゃないかなって。


 怜音:なるほど。逆に本人ならできるってことだね。

    うん。その可能性は残しておいてもいいと思う。


 やった、と良太は我知らず頬を緩めた。

 怜音:なんか興味が湧いてきた。

    大丈夫そうなら、そのウカガイ様の話、もう少し詳しく教えて。


 良太:いいよ。ちょっと待って。


 郷愁とも違う懐かしさと楽しさに、良太は入学時にもらった資料の写真を一ページごとに撮影し、怜音に送っていた。しばらく間をおいての返信は、呆れたような表情のキャラクタースタンプだった。


 怜音:すっごいね、これ。

    いるけどいない、ウカガイ様か。

    これに良太は狙われちゃったわけだ。

    

 良太:そう。怖いでしょ?

 

 返ってきたのは、ニヤリと唇の片端を吊るスタンプだ。


 怜音:どうかな。

 良太:いや本当に怖いんだって。

 怜音:今も?


 ――え? と良太は首を傾げた。

 今も、怖い? どうだろう。話す前に比べたら……


 良太:分かんないかも。

 怜音:あのときと同じさ。

    知らないから、分からないから怖いだけ。

    怖いものは、怖くて見ようとしないから、いつまでも怖いんだ。 


 あのときって……と、良太は地元での日々を思い返し、ある記憶に行き着いた。

 子供のころ、まだ小学校に上がる前――

 

 良太:懐かしいな。よく覚えてたね。

 怜音:忘れるもんか。二人で解決した最初の事件だもん。


 無機質なはずの文字の向こうに、誇らしげに笑う怜音が見えた気がした。


 怜音:でも安心したよ。

    元気が出てきたみたいでさ。

 

 良太:ごめん、心配させて。


 そこまで打って、良太は文面を消去した。 

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