少年探偵再起

 良太はあらためて入学時に渡された資料に目をやった。表紙に児童向けと思しき画風で描かれた学生服とセーラー服の男女四人のイラストと、そこに書かれた文言。


『ウカガイ様は生徒の皆を見守ってくださっています。失礼のないようにしましょう』


 いま考えてみると、この文章すら実態とそぐわないように思えた。

 まず白宮学園を闊歩するウカガイ様の在り様が「見守っている」という表現に合致しない。手首から垂らした奇妙な鈴を鳴らし、現に良太に執着することで恐怖を与えている。言い換えれば、恐怖を与える存在であると知らしめることが見守ることにつながっていたことになる。


 ――そう、鈴だ。


 手首から垂らした鈴も奇妙である。

 鈴はそれを持つ居場所を知らせるための装置として機能する。猫に鈴と言われるように、すぐに居場所が分からなく存在に鈴を与え、どこにいるか常に把握できるようにする。


 奇妙ではないか。

 表紙には「失礼のないようにしましょう」とあるのに、なぜ見てはいけないのだろう。


 何年も前、逸徒行を調べる過程で学んだ知識が、良太の脳裏で連鎖的に閃いた。

 信仰の対象となった神には礼拝がかかせない。偶像崇拝を禁止する宗教であっても神に平伏して祈り、感謝を捧げる。ましてウカガイ様は形態だけ見ればナマハゲなどの来訪神に酷似した存在である。


 神であるのに、なぜ見てはならず、話してはならないのか。信仰や礼拝の対象とするなら人の口に上るのが必然ではないか。


 まして神の役を代行するいわば巫女とでもいうべき存在が、現にそこにいるのだ。

 神がそこにいて、失礼のないようにと注意喚起しておきながら、なぜ無視するのか。


 ウカガイ様の在り様は荒神や祟り神に対するそれに近しいのではないか。

 今も日本全国にそれらの礼拝施設や信仰が残っているものの、神の性質はまるで異なる。どちらも恐れられる存在で、機嫌を損なえば人々に甚大な被害を及ぼすために、鎮まって頂くよう願うために人々が礼拝しているのである。


 彼らは見守ってなどいない。

 常に怒っている。何か土地の者が関与する環境の変化に怒りを抱いているのである。


 それがなぜ見守っていることになり、なおかつ存在を否定されるような扱いを受けるのか。


 突然に始まった良太の思索を断ち切るようにスマートフォンが新たなメッセージの取得を知らせた。もちろん、怜音からだ。


 怜音:見直してみたけど送ってもらったのだけじゃ情報が少なすぎるね。

    せめて何で話したらいけないのかとか理由が欲しいかも。

    それかウカガイ様の由来。

    一番古いのと、一番新しいの。

  

 文面を見て、良太は小さく吹き出すように笑った。ずっと昔、地元でやっていたことと同じだったのだ。その懐かしさと、当時の、他には得難い快感に笑わされたのである。


 逸徒行の調査は地元の学校に驚きを与えただけでなく、同級の生徒に救いをもたらしたのだ。


 良太や怜音が思っていた以上に、夜中に仮面をつけた大人に追い立てられると体験は多くの子供に恐怖を与えていた。その真相を二人で発表したとき同窓生が見せた、そんなことだったのか、とどこか和らいだ笑顔を目にしたときの、身の震えるような快感が魂の傍にあった。

 

 良太:とりあえず明日、学校の先生に聞いてみる。

    そのあとは学校の図書館かな。


 怜音:それと公民館。これマストだから。

    民俗資料館とか、博物館に、自治会の集会所とかも忘れずに。


 もちろん良太とて承知していた。子供のころも同じように学校の図書館から調べた。次に村内の役場だったように記憶している。怜音が指摘している他にも、追加するべき施設もいくつか思い浮かぶくらいだ。けれど、最大にして最も手ごわい懸念点も同時に見えた。


 良太:うん。でも、あるのかな?


 ここは東京だ。歴史なぞ寸刻みで捨てられていく。そのように感じる土地である。実際に両親とともに十年以上も過ごした地元での生活歴はこの数日でほぼ切り捨てられてもいる。昼に見た弁当箱――それが『ここ』の標準なら、

 

 ――ここ東京に、過去を重んじる施設なんてあるのだろうか。


 良太は口元を左手で塞ぎ、思案しながら次の文面を送った。


 良太:とりあえず、明日は学校の図書室と先生にあたってみる。

    怜音は新聞とかネットでウカガイ様について調べて。


 送ってすぐ、新しく文章を付け足した。


 良太:時間があったらだけど。


 怜音には怜音の生活が――地元での『暮らし』がある。以前に聞いた、入学時に行われる理不尽で奇妙な風習を今も続けている地域だ。断られても不思議でない。むしろ、本来は良太がが自分だけで解決すべき問題だったようにも思う。

 

 ――結局、怜音を頼ってしまった。


 その思いが良太の表情を暗くし、また同時に、返信が瞳を潤ませた。


 怜音:大丈夫。

    良太が出てって退屈してたんだ。

    

 東京で何年過ごすか想像もつかない。いつまでも怯えていられない。こんなにも早く頼ってしまうとは思わなかったが、良太にとっては今しがた帰宅を告げた母よりも遠く離れた怜音のほうが頼もしかった。

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東京因習ウカガイ様 λμ @ramdomyu

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