第6話 ミコルと例のあの部屋

「大丈夫? どこもおかしなところはない?」


「は、はい!」――と返事をした私でしたが――


 ――強いて言うなら私の頭がぽやぽやとしていました。さっきから何度もユーキさんに抱き寄せられたり、ぎゅっと抱きしめられたり、庇われたり、とにかく次から次へと襲い来る罠から全て、ユーキさんが守ってくれていたのです。そんな状況で嬉しくない訳がありません……。


 罠はどれも確かに致命的ではありませんが、何かの毒を含むものや触手で絡めとられるもの、落とし格子や落とし穴で分断しようとするものと、性質たちの悪い罠ばかりでした。おまけにどの罠もこちらの盲点を突く場所に引き金があり、注意を逸らして引っ掛けようとする性格の悪さが出ていました。


「本当に大丈夫? ここ、一日で制覇するつもりは無いから一旦、引き返してもいいんだよ?」


「えっ、あっ! 大丈夫で……大丈夫だ!」


 幸い、どこか怪我をしたわけでも無く、毒の影響なんかもありませんでした。

 それでもユーキさんは――一旦休憩しようか――と落ち着かせてくださいます。


「ミリアさんて、この辺では見かけないよね?」

「そそ、そうだろうですかね……。地味なので目立たないだけかも」


「そうかな? ほら、キリカほどとは言わないけど結構背が高いから」

「ああっ、そうですね。ギルドにあまり顔を出さないからかも……」


「わかる。ギルドで情報交換しないと常識がわからないよね。俺も最近までここの話知らなくて。こんな酷い地下迷宮とは思わなかったでしょ」

「はは……そんなに酷くはないと思うが」


 ――いいえ、とっても楽しいです!!



 ◇◇◇◇◇



 軽い食事と水分を取ったあと、探索を再開しました。

 ユーキさんのおまじいは着実に下への階段を探り当てていきました。そうして長い長い罠付きの通路を歩いた果て、ついに大きな両開きの扉の前まで辿り着いたのです。


「なんかそれっぽい扉ですね」

「ああ……うん、まあ、そうだね……」


 何故か反応の鈍いユーキさん。

 扉の上には読めない文字が書かれていました。


「これ、なんて書いてあるんでしょう?」

「ああ、これは……魔術師スズキの……」


 ごにょごにょ――と、最後、言葉を濁すユーキさん。


「――まあとにかく、ここで最後みたいだから」


 そう言って扉を開けると、20尺×20尺ほどの部屋の中は魔法の灯りで明るく照らされていました。しかも、四方の壁はどれも鏡のように磨かれていて私たちの姿を何重にも映し出していました。部屋の中央には丸い台のような物があり、その上には朽ちた木枠のようなものが乗っています。


「何でしょうね、これ?」

「さあ…………。お、あれかな?」


 ユーキさんが指差した先を見ると、天井に穴が開いているのが見えます。ただ、天井が高くてちょっとやそっとでは届きそうにありません。ユーキさんが丸い台の上に上がると――


「――おおっと……」


 丸い台がゆっくりと回りはじめました。ただ、回るだけで穴まで届くわけではありません。ユーキさんは朽ちた木枠の前で首を捻ってます。


 やがて、何を思いついたのか、ユーキさんは木枠を台の下に落とし始めました。


「あっ、手伝おうか!」

「いや、埃が凄いから離れてて。――おっ、これスプリングだ。こんなもの作ってたやつが居るのか」


「すぷりんぐ? ですか?」

巻きばねスプリングね。何個か持って帰って職人に作ってもらおう」


 ユーキさんは朽ちた木枠の中から、その巻きばねをいくつか拾い上げます。

 私も落ちた木枠の中からひとつ拾い上げますが、確かに珍しい形でした。


「おっ? これかな?」


 ユーキさんはまた何かを見つけたようです。

 すると、今度は小刻みに足踏みを始めました。

 ただ、いつまでもそうやっているので、私も気になって傍まで寄ってみます。


「何をしているんだ?」

「たぶんこれだと思うんだよ。この迷宮を作った魔術師スズキって床の仕掛けが好きでしょ? だから多分これを何度も揺すれば道が開けるんじゃないかなって。他にもその辺に無いかな」


 私が木枠を退けてみると、確かに同じような床の仕掛けが見つかります。


「これを何度も踏めばいいのか?」

「たぶんだけど……」


 何をどうしてそんな手段をユーキさんが思いついたのか全く理解ができませんでしたが、ユーキさんの言う通り足で何度も何度も仕掛けを踏んでいくと……


 ゴゴッ――丸い台の回転が止まりました。


「えっ!?」


 さらに丸い台はだんだんとせり上がっていきます。

 天井はどんどん近づいて……


「――こっ、これって大丈夫なんですか!?」

「たぶんね。ただ、もしもの場合があるから真ん中に行こう。穴があるから」


 そう言って穴の傍まで行くと、手が届かないくらいの高さで足元の台は止まりました。


「――ああ、届かないのはベッドの高さの差かな」

「ベッド?? ですか??」


「まあ、こっちの話。――よっと」


 掛け声とともにユーキさんは穴に向かって飛び上がります。そして穴の縁に手を掛け、上の階へ昇ってしまいました。


「大丈夫だ。ここが終点みたい」


 上の階からユーキさんが身を乗り出して手を伸ばしてくださいます。

 私が両手を伸ばすと、まるで子供を扱うかのようにひょいと引っ張り上げて貰えました。


 穴の周りはいくらかすり鉢状になっていて引っ掛かりがありません。よくこんな場所を登れたなと思いましたが……。すり鉢から這い出ると、ちょうど穴の真上に天井から吊り下げられている丸い台がありました。部屋自体も8尺ほどの直径の丸い部屋でした。そして中央の台の上には鏡面状に黒く輝く1尺ほどの球が。


「これって何でしょう?」

「これがこの地下迷宮の核みたいだね。魔鉱らしいけど」


「こんな魔鉱、みたことありません」

「だね。俺も初めて見る」


 ユーキさんはその核の球をそっと台から外しました。すると――


 ゴトゴトゴト!――何か大きな音が響き渡ります! さらに――


「ベッドの台が下がっていく。降りよう」


 下の丸い台がゆっくりと降りていきます。

 私は慌てて下のすり鉢から滑り降りました。


「ユーキさん、早く!」


 ユーキさんは魔鉱の球を両手で抱えたまま降りてきました。


「――あっ、あそこ。階段ができてる!」


 鏡面状の壁の一部が開いて登りの階段になっていました。大きな音がしたのも下からでしたから、ここが開いた音だったのでしょう。


「出口かな? 魔力で塞いであったんだろうか?」


 ユーキさんは球を手にしたまま、階段を上がっていきます。


「持とうか? それ」

「いや、これかなり重いから俺が持つよ」


 ただ、ユーキさんは軽々と持っているように見えました。







--

 何の部屋だったんですかね!


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