第5話 決戦

「やったか!? 次は?」


 右の握りを左手の傍まで滑らせ、石突近くを両手で持って力任せに振るった鉤薙刀フォーチャードは、低空を浮遊する炎の悪鬼ファイアリフィーンドを両断した。末端ほど黒ずんだ紅蓮の炎をまとった60cmほどのその悪鬼は、灼熱した鋭い爪を振るい、炎の矢を吐いてきた。


「これで最後!」


『加速』により、宙を走るように舞いあがったアリアは、炎の矢を小盾バックラーで防ぎつつ、長剣で炎の悪鬼ファイアリフィーンドの蝙蝠の翼を斬り裂いた。落ちたところをキリカがすかさずとどめを差すと、その体は塵となって崩れていく。


「ふぅ……なんなのかしらね、あのオーガ」


 キリカが聖剣に纏わりつく塵を嫌そうに振って払う。


「オーガメイジってやつだと思う。まで呼び出すなんて……聞いてたよりずっと強い気がする」


 森の中で青いオーガを見つけたと思ったら、奴は炎の悪鬼ファイアリフィーンドを何匹も召喚していた。そのまま奴は押せると思ったのだろうが、キリカに接敵した途端に自慢の金棒を真っ二つに斬り飛ばされたため、手下の悪鬼を残して再び逃走を図ったのだ。


 悪鬼そのものは俺たちの脅威ではなかったが、こういった異世界の怪物はかつて『魔族』と呼ばれ恐れられていたらしく、アリアたちにはどうも苦手意識があるようだった。悪鬼どもはオーガを取り逃がすには十分な役目を果たした。


 俺としては肉体を残さず消えてしまうこの異世界の怪物は、生々しさが無く戦いやすかった。彼らは死んだわけではなく、元の世界に帰っただけだというからだ。


「アリアは大丈夫?」

「うん、このくらいなら」

「火傷してます。ちゃんと治しましょうアリアさん」


 アリアは俺の問いかけに笑顔を見せるが、ルシャの言う通り、炎の矢は防げても炸裂により火傷を負っていた。特に小さな盾を使うアリアはその被害を受けていた。兜を被っていてよかった。アリアの綺麗な赤髪が焦げてしまうのは忍びない。


「アリアも無理しないでくれよ」

「ん……わかった」


 ルシャが、聖女の力である『癒しの祈り』を唄うと、見る間に火傷が癒されていく。


 ルシャの聖女の祝福が特別視される理由もよくわかる。この世界には治癒魔法が存在していて誰もが学べばある程度は使えるようになる代わり、その効果は限られていた。よほど綺麗な切創か打撲でもないかぎり容易には治らないからだ。それなのにルシャの『癒しの祈り』は喩えオーガの一撃による負傷でもあっという間に治してしまう。しかも周りの味方全員をだ。俺の魔女の祝福の強化があるとは言え、驚異的だった。


「ありがとうルシャ、もう大丈夫」

「では参りましょう!」


「ルシャは疲れてない?」

「平気です! 今ならキリカさんとも張り合えますから!」


 ルシャには魔女の祝福、『不屈』が与えられていた。文字通り、肉体面と精神面が極めて丈夫になる。


「ルシャは毎晩ユーキの精を吸い尽くしてるからな」

「まっ、毎晩じゃありません!」

「ちょっ、変なこと言わないでよ」


 ――てか知ってるのかよ、リーメは!


 まあ、なにかと理由を付けて孤児院へ泊りに来てるものの、不自然な体ではあった。まだリーメはいいけれど、孤児院の人や子供たちに知られるのは恥ずかしい。これは早い所、住む場所を探したほうがいい。


 そして俺はそろそろ町に戻らないかとの提案もしてみるが、三人とも諦めるつもりはないようだった。



 ◇◇◇◇◇



「なんかこの辺…………見覚えが無い?」


 深い森の中、オーガの足跡を『鑑定』で追跡していたが、場所が場所だけにゴブリンなんかの足跡もだんだんと混ざり、ゴブリンそのものにも遭遇していた。そしてこんな昼間に森の中を徘徊しているようなゴブリンは当然のように悪戯妖精ボギーであり、襲い掛かってきたりもした。


「うん、さっきのゴブリン、弓を持ってたしが近いと思う」


 あの場所――つまりは俺たちが悪い貴族の企みでゴブリンの大きな群れに囲まれた場所であり、ルシャが死に瀕し、アリアたちに特別な祝福を与えるきっかけとなった場所であり、そして今はあのルサルフィのパーティが攻略中の場所であった。



「見て、あれってじゃない?」


 道なき道を遁走していたオーガの足跡はやがて獣道に入り、こちらも踏破しやすくなる。さらに進むと先が開け、キリカの指した方向にはゴブリンの群れが見張り台にしている丘が見えた。丘の上には特徴的な巨大な岩が見える。


「見張りが居るから迂回しよう」

「そうだな」


 弓を持ったゴブリンに遭遇した以上、ルサルフィたちはまだこの群れを討伐できていない。それにゴブリンたちの足跡もまだ新しい。いくらゴブリンが身軽だとは言え、足場は良い場所を選んで歩くし、例えば木の上を猿のようには渡って移動したりはしないわけだ。


「お待ちください。万全を期しましょう」


 真剣な表情のルシャが告げる。

 おそらく今の俺たちにとってはあのゴブリンの群れは大きな脅威ではないだろう。オーガ4体の方が遥に脅威のはず。だけどかつての記憶がそうさせるのだろう。ルシャだけでなく、アリアやキリカも同じく真剣な表情で頷いた。


 ルシャは神の知プロヴィデンスの祈りにより、俺たち一行に加護を与えてくれる。神の啓示に依って負傷の機会を減らす加護なのだという。元居た世界では神の啓示なんて言われても――宗教お断り――としか思わなかったが、ここには実際に神さまが居る。形式的な宗教なんかじゃなく、純粋な信仰として。しかもこれがなかなかに憎めない神さまだ。


「キリカも無茶をしないでね」

「ええ、わかってるわ」

「リーメはルシャの傍を離れるなよ。お互い、周りに注意して」

「うむ」

「ユーキ様も無茶をなさらないでくださいね」


 ああ――と返事をしてみるものの、皆がもしもの場合は無茶をしてしまうかもしれない。何しろ俺は召喚者。最悪、命を落とすようなことがあっても悪鬼と同じように元の世界へ帰るだけだから。



 ◇◇◇◇◇



 ドン――と再び空気を斬り裂くような音。


 俺たちが迂回して丘の東側に回っている間に、あのオーク――ログロウがゴブリンの集団に突っ込んだようだ。足元にまとわりつくようにゴブリンに囲まれたログロウ。彼に向かって魔法が放たれたようで、先ほどまでの勢いがなかった。彼の足元には巻き添えを食ったゴブリンが何匹か倒れていて、後から押し寄せたゴブリンに踏みつけられていた。


 ログロウはあのドワーフの盾を掲げていたが、ゴブリンたちはモノともしていなかった。おそらくそれはゴブリンたちの後方の高台に居る青いオーガ――グレンゴルが予め何らかの対策を講じたのだろう。数に押されて前に進めないログロウ。対するグレンゴルは涎を垂らしながら高笑いをしていた。


斯様かような辺境にまでわざわざ儂を追ってきたようだが、今日こそは小僧! ヌシらオークの生まれた地の底へ帰る日だ! 嗚呼、そして久々のオークに舌鼓を打とうではないか。ヌシの妹分などは脂がのっていて実にウマかったなァ!」


 グレンゴルが冥界語アビッサルでログロウを煽る。

 そのログロウはというと返答する余裕もないほどに歯を食いしばり、曲刀の扱いも乱雑に、大振りになっていた。



「前よりも数が増えてるわよ、これ」

「減ったゴブリンの補充は早いからやっかいなの。養える数までを受け入れるから」


 流石のキリカとアリアも飛び出さず、慎重になっていた。が――


「ログロウを助けよう」

「もちろん」

「ええ」


「あいつさ、オーガに妹を食われたらしい」

「そんな、酷い……」


 アリアとキリカが駆け出す。俺も言葉を詰まらせるルシャを促し前線へ。リーメも続く。ゴブリンの不意打ちを考えると一緒に行動した方が安全だ。


 『加速』したアリアがログロウの背後のゴブリンを突き、間髪入れずに隣のゴブリンの首を刎ねる。遅れて追いついたキリカはログロウに並んでゴブリンを薙ぐ。


「おお……儂の女が助太刀に来てくれたぞ!」

「違げーよ!!」


 疲労に沈んでいた顔を輝かせるログロウ。

 俺はログロウとキリカの間に割って入った。


「――アリア、回り込んでくるやつを頼む」

「わかった」


 俺の後ろにはルシャとリーメ。二人をアリアに守ってもらう。

 前回と違って平地なだけにゴブリンの数の多さが脅威なのだ。


 俺はキリカとログロウの隙間を塞ぐように立ちはだかり、盾でゴブリンの突撃を止めつつ鉤薙刀フォーチャードで突く手堅い戦い方をする。二人とも命知らずだからな。


「……てゆーかこれ、前よりもずっと多くない!?」

「確かにそうかも……」

「多いけど敵じゃないわね!」


「キリカ、そうは言うけど前に進めてないだろ……」


 グレンゴルの号令で後から後から次々と押し寄せるゴブリン。100体? いや、もっとたくさん居ないかこれ?

 そしてそのグレンゴルの頭の上、読めない文字の名前の下、何やらの表示が現れる。紅茶を淹れる時にも見たことのあるそのバーは、を示している。加えてオーガを見ると、身振り手振りと共に呪文のようなものを唱えていた!


「やばい! アリア、砦を張ってくれ!」


 バン!――と衝撃音とともに周囲のゴブリンが弾き飛ばされる。そして尽きるバーの表示と共に、オーガの手から稲光が放たれた!


 ドン!――と聞き覚えのある音は、空気を斬り裂く稲妻だったのだ。いくらか高台から打ち下ろされた稲妻はアリアのフォートレスによって完全に阻まれ、ゴブリンが何体か巻き添えを食らう。


「ヤッター! すごーい!」


 素っ頓狂な声を上げたのは俺たちのうちの誰でも無かった。丘の上からのその声の方を見上げると、ルサルフィたちのパーティが居たのだ。おまけに肝心のルサルフィはどう見ても戦士化ヴァリアントしてしまっている。


 当然、グレンゴルや後方のゴブリンの何匹かも気付く。慌ててルサルフィの仲間が彼女の口を塞ぐがもう遅い。グレンゴルの指示で後方のゴブリンの一団が丘を登り始める。


「ぎゃー、ウソー! ごめんなさいー、もう魔法も無いの! 許してー!」


 ルサルフィの他にはあの大男と他に三人居るようだが、誰もが怪我をしているようだった。


「……ユーキ、ユーキ」


 どうしたものかと慌てていると、リーメが声を掛けてくる。


「なんだリーメ?」

「これ半分以上幻影だ。見ろ」


 リーメに促されて見たものはゴブリンの死体だったが、アリアの『砦』を境に体が切断されていた。いや、正確には砦の内側の体が消えて無くなっていた。しかもいくつもの死体がそうなっていた。


「けど、迫ってくるゴブリンはとても幻影には見えないぞ!?」

「幻影に殺されても死ぬのだそうだ。だから明らかに幻影だと理解しない限りは実体も変わらない。けどな――」


「けど?」

「幻影なら消せる」――リーメが呪文の詠唱に入る。


「アリア、リーメに合わせて砦を解除してくれ!」


 今だっ!――リーメの名前の下のバーが尽きるのに合わせてアリアに合図を送ると『砦』が消失する。同時に、リーメの詠唱キャストが完了し――


集団解呪マスディスペル!」


 フッ――と周囲のゴブリンが消えて半分以下に。特に近くまでやってきていたゴブリンは、ほとんどが幻影だった。ただそれでも数十体のゴブリンが残る。


「グオォォォォオオオ!」


 グレンゴルが吠えた。巨体の咆哮が周囲の空気を震わせる。

 幻影を消されたからだろうか。怒り狂って襲ってくるのか、それともまた逃げるつもりだろうか。だが、奴の行動は違った。


「ぎゃぁぁぁぁあああ! こっちくんなぁぁああ!」


 何とか迫りくるゴブリンの一団をなしていたルサルフィたちの元へ、グレンゴルが昇り始めたのだ!


 一歩先に踏み出したのはログロウだった。負傷をものともせず、ゴブリンの群れに突っ込んでいく。

 逆にアリアは挟撃しようとしてきたゴブリンを迎えうっていた。正面以外からは実体のゴブリンが襲ってきていたのだ。キリカも追うが、ログロウほど足は速くない。そのログロウもグレンゴルが丘の上へ到達するまでには辿り着けそうもない。


 ――間に合わない!――そう思った時だ――


 シュッ――音と共に、視界の端に光る何か。その光弾?――は大きな弧を描いて右手から飛来し、丘を登る石段を這うように進み――


 ドン!――グレンゴルに命中し、大きな光と衝撃音を放った。


 爆弾か砲弾が当たったみたいな煙が立ち込める中、グレンゴルが足を止めているのだけはわかった。やがて土煙が晴れると、そこには左脚を失い、さらには右脚も大きく肉を削がれたグレンゴルが岩壁にもたれ掛かっているのが見えた。


「卑怯者……許せません……」


 そう呟いたのは後ろに居たルシャだった。

 彼女を見ると、大きく引き絞った複合弓に光り輝く矢を番えていた。


 ――え、それはなに?――なんて聞く間もなく放たれる矢。


 シュッ――と風を切る矢は再び大きく弧を描き、今度は正確にグレンゴルの胸を貫いた。







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 よくあるオーク食の習慣がある異世界モノへのアンチテーゼです(?)


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