第5話 決戦
「やったか!? 次は?」
右の握りを左手の傍まで滑らせ、石突近くを両手で持って力任せに振るった
「これで最後!」
『加速』により、宙を走るように舞いあがったアリアは、炎の矢を
「ふぅ……なんなのかしらね、あのオーガ」
キリカが聖剣に纏わりつく塵を嫌そうに振って払う。
「オーガメイジってやつだと思う。
森の中で青いオーガを見つけたと思ったら、奴は
悪鬼そのものは俺たちの脅威ではなかったが、こういった異世界の怪物はかつて『魔族』と呼ばれ恐れられていたらしく、アリアたちにはどうも苦手意識があるようだった。悪鬼どもはオーガを取り逃がすには十分な役目を果たした。
俺としては肉体を残さず消えてしまうこの異世界の怪物は、生々しさが無く戦いやすかった。彼らは死んだわけではなく、元の世界に帰っただけだというからだ。
「アリアは大丈夫?」
「うん、このくらいなら」
「火傷してます。ちゃんと治しましょうアリアさん」
アリアは俺の問いかけに笑顔を見せるが、ルシャの言う通り、炎の矢は防げても炸裂により火傷を負っていた。特に小さな盾を使うアリアはその被害を受けていた。兜を被っていてよかった。アリアの綺麗な赤髪が焦げてしまうのは忍びない。
「アリアも無理しないでくれよ」
「ん……わかった」
ルシャが、聖女の力である『癒しの祈り』を唄うと、見る間に火傷が癒されていく。
ルシャの聖女の祝福が特別視される理由もよくわかる。この世界には治癒魔法が存在していて誰もが学べばある程度は使えるようになる代わり、その効果は限られていた。よほど綺麗な切創か打撲でもないかぎり容易には治らないからだ。それなのにルシャの『癒しの祈り』は喩えオーガの一撃による負傷でもあっという間に治してしまう。しかも周りの味方全員をだ。俺の魔女の祝福の強化があるとは言え、驚異的だった。
「ありがとうルシャ、もう大丈夫」
「では参りましょう!」
「ルシャは疲れてない?」
「平気です! 今ならキリカさんとも張り合えますから!」
ルシャには魔女の祝福、『不屈』が与えられていた。文字通り、肉体面と精神面が極めて丈夫になる。
「ルシャは毎晩ユーキの精を吸い尽くしてるからな」
「まっ、毎晩じゃありません!」
「ちょっ、変なこと言わないでよ」
――てか知ってるのかよ、リーメは!
まあ、なにかと理由を付けて孤児院へ泊りに来てるものの、不自然な体ではあった。まだリーメはいいけれど、孤児院の人や子供たちに知られるのは恥ずかしい。これは早い所、住む場所を探したほうがいい。
そして俺はそろそろ町に戻らないかとの提案もしてみるが、三人とも諦めるつもりはないようだった。
◇◇◇◇◇
「なんかこの辺…………見覚えが無い?」
深い森の中、オーガの足跡を『鑑定』で追跡していたが、場所が場所だけにゴブリンなんかの足跡もだんだんと混ざり、ゴブリンそのものにも遭遇していた。そしてこんな昼間に森の中を徘徊しているようなゴブリンは当然のように
「うん、さっきのゴブリン、弓を持ってたし
あの場所――つまりは俺たちが悪い貴族の企みでゴブリンの大きな群れに囲まれた場所であり、ルシャが死に瀕し、アリアたちに特別な祝福を与えるきっかけとなった場所であり、そして今はあのルサルフィのパーティが攻略中の場所であった。
「見て、あれって
道なき道を遁走していたオーガの足跡はやがて獣道に入り、こちらも踏破しやすくなる。さらに進むと先が開け、キリカの指した方向にはゴブリンの群れが見張り台にしている丘が見えた。丘の上には特徴的な巨大な岩が見える。
「見張りが居るから迂回しよう」
「そうだな」
弓を持ったゴブリンに遭遇した以上、ルサルフィたちはまだこの群れを討伐できていない。それにゴブリンたちの足跡もまだ新しい。いくらゴブリンが身軽だとは言え、足場は良い場所を選んで歩くし、例えば木の上を猿のようには渡って移動したりはしないわけだ。
「お待ちください。万全を期しましょう」
真剣な表情のルシャが告げる。
おそらく今の俺たちにとってはあのゴブリンの群れは大きな脅威ではないだろう。オーガ4体の方が遥に脅威のはず。だけどかつての記憶がそうさせるのだろう。ルシャだけでなく、アリアやキリカも同じく真剣な表情で頷いた。
ルシャは
「キリカも無茶をしないでね」
「ええ、わかってるわ」
「リーメはルシャの傍を離れるなよ。お互い、周りに注意して」
「うむ」
「ユーキ様も無茶をなさらないでくださいね」
ああ――と返事をしてみるものの、皆がもしもの場合は無茶をしてしまうかもしれない。何しろ俺は召喚者。最悪、命を落とすようなことがあっても悪鬼と同じように元の世界へ帰るだけだから。
◇◇◇◇◇
ドン――と再び空気を斬り裂くような音。
俺たちが迂回して丘の東側に回っている間に、あのオーク――ログロウがゴブリンの集団に突っ込んだようだ。足元に
ログロウはあのドワーフの盾を掲げていたが、ゴブリンたちはモノともしていなかった。おそらくそれはゴブリンたちの後方の高台に居る青いオーガ――グレンゴルが予め何らかの対策を講じたのだろう。数に押されて前に進めないログロウ。対するグレンゴルは涎を垂らしながら高笑いをしていた。
「
グレンゴルが
そのログロウはというと返答する余裕もないほどに歯を食いしばり、曲刀の扱いも乱雑に、大振りになっていた。
「前よりも数が増えてるわよ、これ」
「減ったゴブリンの補充は早いからやっかいなの。養える数まで
流石のキリカとアリアも飛び出さず、慎重になっていた。が――
「ログロウを助けよう」
「もちろん」
「ええ」
「あいつさ、オーガに妹を食われたらしい」
「そんな、酷い……」
アリアとキリカが駆け出す。俺も言葉を詰まらせるルシャを促し前線へ。リーメも続く。ゴブリンの不意打ちを考えると一緒に行動した方が安全だ。
『加速』したアリアがログロウの背後のゴブリンを突き、間髪入れずに隣のゴブリンの首を刎ねる。遅れて追いついたキリカはログロウに並んでゴブリンを薙ぐ。
「おお……儂の女が助太刀に来てくれたぞ!」
「違げーよ!!」
疲労に沈んでいた顔を輝かせるログロウ。
俺はログロウとキリカの間に割って入った。
「――アリア、回り込んでくるやつを頼む」
「わかった」
俺の後ろにはルシャとリーメ。二人をアリアに守ってもらう。
前回と違って平地なだけにゴブリンの数の多さが脅威なのだ。
俺はキリカとログロウの隙間を塞ぐように立ちはだかり、盾でゴブリンの突撃を止めつつ
「……てゆーかこれ、前よりもずっと多くない!?」
「確かにそうかも……」
「多いけど敵じゃないわね!」
「キリカ、そうは言うけど前に進めてないだろ……」
グレンゴルの号令で後から後から次々と押し寄せるゴブリン。100体? いや、もっとたくさん居ないかこれ?
そしてそのグレンゴルの頭の上、読めない文字の名前の下、何やら
「やばい! アリア、砦を張ってくれ!」
バン!――と衝撃音とともに周囲のゴブリンが弾き飛ばされる。そして尽きるバーの表示と共に、オーガの手から稲光が放たれた!
ドン!――と聞き覚えのある音は、空気を斬り裂く稲妻だったのだ。いくらか高台から打ち下ろされた稲妻はアリアの
「ヤッター! すごーい!」
素っ頓狂な声を上げたのは俺たちのうちの誰でも無かった。丘の上からのその声の方を見上げると、ルサルフィたちのパーティが居たのだ。おまけに肝心のルサルフィはどう見ても
当然、グレンゴルや後方のゴブリンの何匹かも気付く。慌ててルサルフィの仲間が彼女の口を塞ぐがもう遅い。グレンゴルの指示で後方のゴブリンの一団が丘を登り始める。
「ぎゃー、ウソー! ごめんなさいー、もう魔法も無いの! 許してー!」
ルサルフィの他にはあの大男と他に三人居るようだが、誰もが怪我をしているようだった。
「……ユーキ、ユーキ」
どうしたものかと慌てていると、リーメが声を掛けてくる。
「なんだリーメ?」
「これ半分以上幻影だ。見ろ」
リーメに促されて見たものはゴブリンの死体だったが、アリアの『砦』を境に体が切断されていた。いや、正確には砦の内側の体が消えて無くなっていた。しかもいくつもの死体がそうなっていた。
「けど、迫ってくるゴブリンはとても幻影には見えないぞ!?」
「幻影に殺されても死ぬのだそうだ。だから明らかに幻影だと理解しない限りは実体も変わらない。けどな――」
「けど?」
「幻影なら消せる」――リーメが呪文の詠唱に入る。
「アリア、リーメに合わせて砦を解除してくれ!」
今だっ!――リーメの名前の下のバーが尽きるのに合わせてアリアに合図を送ると『砦』が消失する。同時に、リーメの
「
フッ――と周囲のゴブリンが消えて半分以下に。特に近くまでやってきていたゴブリンは、ほとんどが幻影だった。ただそれでも数十体のゴブリンが残る。
「グオォォォォオオオ!」
グレンゴルが吠えた。巨体の咆哮が周囲の空気を震わせる。
幻影を消されたからだろうか。怒り狂って襲ってくるのか、それともまた逃げるつもりだろうか。だが、奴の行動は違った。
「ぎゃぁぁぁぁあああ! こっちくんなぁぁああ!」
何とか迫りくるゴブリンの一団を
一歩先に踏み出したのはログロウだった。負傷をものともせず、ゴブリンの群れに突っ込んでいく。
逆にアリアは挟撃しようとしてきたゴブリンを迎えうっていた。正面以外からは実体のゴブリンが襲ってきていたのだ。キリカも追うが、ログロウほど足は速くない。そのログロウもグレンゴルが丘の上へ到達するまでには辿り着けそうもない。
――間に合わない!――そう思った時だ――
シュッ――音と共に、視界の端に光る何か。その光弾?――は大きな弧を描いて右手から飛来し、丘を登る石段を這うように進み――
ドン!――グレンゴルに命中し、大きな光と衝撃音を放った。
爆弾か砲弾が当たったみたいな煙が立ち込める中、グレンゴルが足を止めているのだけはわかった。やがて土煙が晴れると、そこには左脚を失い、さらには右脚も大きく肉を削がれたグレンゴルが岩壁にもたれ掛かっているのが見えた。
「卑怯者……許せません……」
そう呟いたのは後ろに居たルシャだった。
彼女を見ると、大きく引き絞った複合弓に光り輝く矢を番えていた。
――え、それはなに?――なんて聞く間もなく放たれる矢。
シュッ――と風を切る矢は再び大きく弧を描き、今度は正確にグレンゴルの胸を貫いた。
--
よくあるオーク食の習慣がある異世界モノへのアンチテーゼです(?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます