第6話 聖女の力

「ユーキ様……あの、私…………」


 オレとアリアも呆気に取られていたが、緊張の糸が切れたのか、光の矢を放ったルシャ本人がそれ以上に動揺していた。


「ルシャ、今のは一体……」

「今の……何をしたの?」


「叡智で……その、地母神さまの……言われた通りにしたらできちゃいました……」


「え、神の知プロヴィデンスってそういうのも――」

「すごいよ! ルシャ、すごい!」


 ぱあっと顔を輝かせたアリアがルシャの右手を両手でぎゅっと包み込み、胸元で揺する。

 ルシャは唇を噛むようにして何度も頷く。


 ルシャは少し前、自分はあまり皆の役に立てていないと話してくれた。決してそんなことはなく、弓も上手いし、今はルシャのおかげで俺たちは一切の怪我を負うことも無く済んでいるんだけれど、それでも本人としては必須の役割という程じゃなかったのかもしれない。だけど今放った光の矢はアリアにもキリカにも為せないことを為した。


 よかったね――よかったです――そう呟き合いながら二人は涙ぐんでいた。



 ◇◇◇◇◇



「ちょっとは手伝ってよね。十か二十は逃げちゃったわよ」


 アリアとルシャをリーメに任せ、キリカの所までやってきた途端に不満を口にされる。ただ、キリカの顔は柔らかかった。アリアとルシャの様子を見て取ったのだろう。


「ありがとう、お疲れさま」

「親玉っぽいのはオークがやっつけちゃったから、逃げたのは雑魚ばかりだとは思うんだけどね」


 キリカが指した先には呪術師シャーマン及びリーダーとに添え書きされたゴブリンが横たわっていた。俺の『鑑定』の力で相手の肩書クラスがわかるのだ。前回のリーダーの座を受け継いだのだろう。


「ちょっとお!? まだ怖いのが残ってるんだけどー!?」


 丘の上から騒がしい声が聞こえた。あちらのゴブリンたちも逃げ出していたので無事はわかっていたが、どうやら、丘の上へと続く階段状の岩場の途中にログロウが居て、怖がっている様子。


 ログロウは脱いだ兜を手に、グレンゴルの死体を見下ろしていた。

 まあ、オークの見た目があれでは小さいオーガみたいなもんだよな。中身は全然違うけど。少なくとも人は食わないみたいだし。


 オレとキリカが近寄ると、ログロウは一瞥しただけで再びグレンゴルに目をやった。グレンゴルは胸に大穴を開けられ、中央には巨大な魔石が露出していた。それをログロウは引き抜き、俺に見せてきた。


「見てくれユウキ。こやつは儂の同胞をこんなに食いやがった」


 30cmはあるそのアーモンド状の石に、食われた者が取り込まれてるとでもいうような話し方だった。


「妹さんのことは残念だったな」

「それはもう良いのだ。こやつが情けなく狩られる様を見て胸のつかえが取れたわ」


 ほれ――とログロウは魔石を押し付けてきた。


「や、これってつまり、妹さんとかの魔石も混ざってるってことなんじゃないのか? 貰えないよ」

「お主たちの手柄だ。儂は……できれば首を貰えるとありがたい。故郷に持ち帰りたいのだ」


「それは構わないけど……俺たちが貰っても売って金に換えるだけだぞ?」

「良いではないか、女を養うのは男の務めだ」


 ――いや、リーダーはアリアなんだけどさ……。


 ログロウは山刀のようなナイフでグレンゴルの巨大な首を落とすと、引っ提げて岩場を降り始める。


「もう行くのか?」

「ああ、故郷は遠い。もう会うことも無かろう。達者でな。ユウキとその愛人よ」


 ログロウは途中でこちらにやってきていたアリアたちとすれ違い、深々と頭を下げていった。



「どうしたの? あのオーク。最初と違っていやに殊勝な態度だったけれど……」

「故郷に帰るんだって。仇の首を持って帰るって」


「そっか」

「オーガの魔石にはあいつの妹さんや同胞の魔石も入っているんだろうか」


 ログロウが手渡してくれた魔石を眺める。歪で黒っぽいけれど艶があって透き通っている。元の世界ならガラスの塊にしか思わなかっただろうものが、今は魂の形にも見えた。


「たくさん肉を食べる魔物ほど魔石は大きいからそうなのかも」

「あいつは売ってしまってもいいって言ってた。そんな割り切れるものなんだろうか?」


「いいんじゃないかな? これだけ大きいと国が高く買い取ってくれるかもしれないし」


 元の世界の感覚なのだろうか。物に魂を感じる――そんな感覚はこの世界では変わっているのかもしれない。



 ◇◇◇◇◇



「聖騎士様ぁ!!」


 バタバタと騒がしく駆け下りてきたのは戦士化ヴァリアントしたままのルサルフィ。アリアの手を取るその体躯はアリアよりも大きく見えた。


「――ありがとうございますぅ! ほんっと助かりました! 聖騎士様のお陰で命拾いしましたよぉぉお」

「えっ、あっ、うん、その……」


 困った顔のアリアが俺に助けを求めるが俺も苦笑い。


「そちらのお方も! さぞや名のある弓士に違いない!」

「あの……それよりもお怪我を治しましょう。他の皆様も近くへ」


 ルシャが『癒しの祈り』を唄うと、体の変化にルサルフィの一行は目を丸くしていた。


「これは一体!?」

「貴女様、もしや伝説の聖女様では」


 背が高く線の細い、よく似た顔で同じく髪を長くして後ろで括った二人組の男が同時に話しかける。


「聖女様?」

「ええ、伝説で語られる聖女様は、神々だけが操れる癒しの力を祈りによって齎すと――」

「私もそう聞いたことがあります、お嬢様」


 ルサルフィの問いにその二人が答える。

 彼女のパーティにはあの大男の戦士、弓士のこの二人、さらにギルドホールでは見かけなかったけれどルサルフィと同じくらいの年頃の女の子が一人、それだけかと思ったら背が低くて目立たない女の子がもう一人居た。


 二人の女の子はルサルフィと同じような青いクロークを纏っていた。小さい方の女の子は上着まで同じ。そしてルシャが聖女と聞くと、目を輝かせる。


「聖女様!?」

「聖女様なのですか?」


 詰め寄られたルシャが目を泳がせて縋るように見つめてくる。


「ああ、ルシャが聖女なのは本当。だけどあんまり話を広めないで――」

「聖女様なのですね! ああ、すばらしいです! そしてあの矢の一撃! まさに聖なる一射でした!」


 ルサルフィが二人を押しのけ強引にルシャの手を取って握りしめる。

 や、あの光の矢は聖女の力だけじゃないように思うんだけどさ。



 ルサルフィは諦めて、まだ話の通じそうな二人の弓士に話しかける。


「結局、どうしてこんな場所に留まってたんだ?」


「それが……ゴブリンたちに高台へ誘い込まれて――」

「北側からも奇襲されたのです。ただ、聖騎士様方が襲われた状況を詳しく聞いていた彼――ステンノスが警戒しておりましたため、その場は何とか無事でしたが結局、我々の実力不足もあって丘の上で籠城することになりまして……」


 ステンノスと呼ばれたのはあの大男だった。


「よくそれで持ちこたえられたな」


「ええ、北側の森はお嬢様とご学友のお二人が協力して魔術で焼き払いましたから――」

「私と彼で登ってくるゴブリンは排除しておりました。矢だけならお嬢様が魔術で作ってくださいますし」


「……えっ、ちょっと待て。矢の創造クリエイトアローの魔術を知ってるのか?」


 森を焼き払うとか無茶苦茶だな――とか思ってたらリーメが口を挟んできた。


「そういう魔術もあるんだ?」

「ああ、少なくともあたしは知らない」


「その魔術なら学び舎まなびやで教えてくださいます」


 答えてくれたのは背の低い少女。


「ちっ、やっぱり学び舎か……」

って何なんだ?」


「王城の一角で貴族になる教育を施してるんだ。地方の権力者なんかも成人前の子を寄こしてくるが、あたしには縁のないところだ」

「ああ、学校みたいなもんか……」


 大賢者様がちょっと話してた気もする。俺が使になっていたならその学び舎で色々と教育してくれていただろうことを。


「ええ、お嬢様もリガノ市の領主様の七女に当たられる方で、我々三人は護衛として雇われておりました」

「お嬢様が無事でしたのも、聖騎士様御一行の皆様のおかげです。ありがとうございます。子爵様からも必ずやお礼がございますでしょう」


「七女にそれだけ金を掛けられるなんて、城塞都市の領主って儲かるんだな……」

「リーメよ……言い方……」


 その後、ルサルフィはゴブリンの残党を始末するために残ると主張したが、魔法ももう残っていないし、何より女の子二人は学び舎の学友らしいので安全を考えて街へ戻ることを勧めた。







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 叡智って凄いですね!


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