第7話 聖女様

「聖女様だ……」


 そんな、溜息をくような声が冒険者ギルドのホールで漏れ聞こえてきた。

 周囲の視線はギルドホールへ入ってきた俺……ではなく、その俺の後ろへ隠れるようにしてついてきていたルシャへと向かっていた。


「あの方が聖女様か」

「お美しい……」

「いや、以前から素敵な方だと思っていたんだよな」


 少し遠巻きにして口々に好き放題言っている冒険者たち。さらには普段、あまりここで目にしない平民や商人、ルサルフィの物と同じようなお仕着せを着た一団まで居た。ただ、ほんの少し前までは、ルシャはただのみすぼらしい少女としか思われていなかったはず。アリアについて時々冒険者ギルドに来てはいたが、その頃に何か声を掛けられたりしたという話は聞いたことがない。


 そんな中、俺たちに歩み寄ってくる二人の男。


「よお、ユーキ。聞いたぞ、大活躍だったってな」

「タシル、これ……何の騒ぎだ?」


「聖女様をひと目見ようと集まってきた野次馬だよ。まったく! 今まで誰も相手にしてなかったのに今更なんだってんだ。ルシャちゃんに失礼だろ!」

「お前もな……」


 ルシャはタシルを目の前にして、ますます俺の背中にくっつくように隠れた。


「タシルみたいなのが詰め寄るからルシャちゃんが怖がってるだろ。大丈夫だからね、ルシャちゃん。オレはいつも君の味方だよ」

「マダキ……お前もだよ……」


 マダキはタシルの冒険者仲間。よく連れ立っているが特定のパーティに所属しているわけではない。そしてもちろんだが、ルシャとも親しくない。



「これはこれは聖女様!」


 マダキとタシルに絡まれていると、良い身なりをした背の高い銀髪の男が、冒険者たちをかき分けながらホールの奥からやってくる。が――


「私は違うわよ?」


 声を掛けた相手はキリカだった。

 まあ、背も高いし堂々としてるし目立つもんな。


「聖女様はあっち」


 続いてアリアに声を掛けようとしていた男に、タシルが囁く。

 銀髪の男は訝しげにこちらを見、背後に隠れたルシャの姿をようやく見つけた。

 男は襟を正し咳ばらいをすると、俺の背後を覗き込むようにする。


「聖女様? どうかお姿をお見せください」


 声を掛けられるが、大勢の注目もあってかルシャが恥ずかしがって出てこない。


「ルシャ? 少し顔を見せてあげれば?」


 俺が声を掛けると、躊躇とまどいがちに進み出てくる。

 ルシャを見下ろす背丈の男は彼女の前にひざまずくと――


「聖女様に初めてのご挨拶をお許しください。わたくし、学び舎にて魔術教導の統括を任せられておりますグレイク・メイス・フルバノと申します」


 やけにかしこまった挨拶をする男。


「ルシャ……と申します、フルバノ様」

「敬称は不要にございます、聖女様。この度はリガノ領主のご息女を始め、学び舎の生徒たちをお救い頂いたとのことで、お礼申し上げるべくお時間を頂きました。ありがとうございます」


 まあ、フルバノさんが言うように、朝、アリアとギルドに来たらルシャへ礼を言いたい人が居るからと、五の鐘――つまり昼過ぎのお茶の時間の鐘に合わせてやってきていたわけだ。


 ただ、あまり話を大きくしないでくれと言っていたのはやはり、聞いて貰えていなかったらしく、この騒ぎだった。この国の連中は、聖騎士だとか剣聖だとか、そして聖女といった祝福を授かった人間を特別視する。祝福を得た前後で彼女らが何か変わったわけでもないのにあがめたてるように持ち上げ、その言葉を信頼する。俺にとってはちょっとおかしな偏見だった。



 ◇◇◇◇◇



 俺たちはギルドホールの左手のいちばん奥の丸テーブルに案内された。いつもはただ分厚いだけの木製の丸テーブルには、真っ白に漂白されたテーブルクロスが掛けられ、傍には大賢者様のところで見かけたようなワゴンが用意されていた。ワゴンには貴族たちが好むようなお菓子やケーキ。


 案内された先には椅子が四つしかなかったため、俺が隣のテーブルから椅子を二つ持ってきてアリアと一緒に座ると、同席したフルバノさんから妙な顔をされた。お茶とお菓子は俺の分も用意されたがケーキが足りなかったらしく、アリアが分けてくれた。かわいい。


 フルバノさんからの話では、街道のずっと西のリガノ城塞都市の領主には、学び舎に多くの支援をして貰っているらしいのだが、その領主が可愛がっている七女のルサルフィは冒険者として名を挙げようとしていることもあって学び舎からも気に掛けられているのだそうだ。


 貴族であっても嫡子以外は実力で身を立てなければ平民と変わらないらしい。大変だな。


 ともかく、フルバノさんから何か礼をさせて欲しいと言われる。



「学び舎!……に通わせてほしい」


 いちばんに声をあげたのはリーメだった。珍しく積極的なリーメを見たが、魔術の知識に対しては彼女は小さい頃からとにかく貪欲だったとは聞いた。

 リーメの発言に片眉を上げるフルバノさんだったが――


「ええ、構いませんよ。聖女様が入学してくださるとなると、我々にとっても名誉なことです」

「違う、あたしだよ」

「私ではなく、こちらのリメメルンなのです」


「はて? こちらのお嬢様はその……聖女様の従者様では?」

「ち、違います。リメメルンは同じ孤児院の出で……」


「孤児のお嬢様に学び舎での教育が……果たして必要とは思えないのですが……」

「ハァ?」

「いやいや、リーメ……リメメルンは優秀ですよ?」


 余りの言い草に俺も反論する。が、逆にフルバノさんは眉をひそめてきた。


「そもそも……君は何者だね? どうしてこの席に着いている」


 言われて初めて理解した。なるほど、椅子が二つ足りなかったのはつまり、最初から俺とリーメの席は無かったというわけだ。そう考えるとわざわざ冒険者ギルドのこんな目立つ場所で礼を述べたいと言うのも、もしかするとルシャたち三人との繋がりを大勢の人々にアピールしたかったのかもしれないと勘繰ってしまう。ルシャが聖女という話もそのために広めた可能性さえある。


 そしてハッと気が付く。アリアとキリカとルシャ、三人が溜息をつき何か言おうとし――


「パーティメンバーなので!」


 三人が喋る前に俺は慌てて大声を出した。ついでに余計なことは言わないようにとジェスチャーを送る。特にキリカは何を言いだすか分かったもんじゃない。


「ぼ、冒険者はパーティの結束が大事ですから」


 アリアも慌てて補足してくれた。


「わかった。だが本来ならば、いち冒険者が着いて良い席ではないのだ。ここは聖騎士様のお顔を立てよう」


 俺に向かって放ったその言い草には納得いかないし、アリアも不機嫌だが、とにかくリーメの優秀さだけは説いておいたため――


「――では、リメメルン様の入学は試験を以て判断させていただきますが宜しいでしょうか。わたくしだけでは判断いたしかねますので」


 ――とまあ、なんとかリーメを学び舎にやる足掛かりは見いだせた。


「ああ、あとですね、どこか――」

「どこか住める場所をご存じありませんか? 少し落ち着いた集合住宅アパートメントがいいのですが、中心部の落ち着いた建物はどこも貴族の伝手が要るようなので……」


 先ほどのフルバノの態度を見てか、アリアが俺の代わりに聞いてくれた。


「それでしたら学び舎の生徒が住んでいる集合住宅アパートメントを存じております。そちらをご紹介いたしましょう」


 アリアが察して聞いてくれたおかげでフルバノも快い返答をくれた。



 ◇◇◇◇◇



「ほんっとムカつくわよね、あの男」


 キリカはずっと笑顔を張り付けていたのでストレスもたまったのだろう、フルバノが帰った途端に愚痴を垂れていた。そして今はギルドの上級職員に話があると言われ、いつもの丸テーブルで待たせてもらっていたところ。お茶もいつものお茶をアリアが淹れなおしていた。


「あの人は貴族にしてはまだいい方だよ」――とお茶を差し出すアリア。


「ふふっ、やっぱりアリアが淹れたお茶の方がおいしいわ」

「そうだな、俺もそう思うよ」


 コロッと態度を変えるキリカに俺も乗っておく。


「――そうだ、紹介してもらった集合住宅アパートメント、後で見に行かない?」

「いいわね、行きましょう。水道も通ってるのよね」

「どうかな。貴族相手だと根回しの時間を置いた方がいいと思うんだけど」


集合住宅アパートメントの大家さんに話が回るのを待った方がいいか」

「いいじゃない、外観だけでも見てきましょ」

「そのくらいならいいかな」


 ギルドホールの方は、上級職員がギルド員以外を帰らせたため、すっかり落ち着きを取り戻していた。ギルド員である冒険者たちにしても、聖女が増えたところで聖騎士と剣聖が既に居る俺たちのパーティの扱いなんて今更変わらなかった。もともと、アリアは故あって孤立していたし、その孤立が解消された時には既に聖騎士の祝福を授かっていた。だからか他の冒険者たちとは少しだけ距離がある。



 まあ、そんな感じで待っていると、何やら外が騒がしい。大通りで揉め事ならすぐに衛士がやってくるので今更誰も気にもしないが、その騒ぎの元凶はやがて冒険者ギルドの入り口にやってきた。小札の鎧を身に着けた2mを超す大男は、同じく巨大な獅子ライオンの首を手にしていた。


 完全に既視感のあるその大男がホールに踏み込むと、入ってすぐの右手の四角いテーブルで寛いでいる男に声を掛ける。


「タッシル! 見ロ! オレ、蟻ノ怪物倒シタ。コレ、金ニナルカ?」

「いやいや、どう見ても蟻じゃねーだろ! 獅子だろーがそれ! どこに居たんだそんなもん!」


「北ノ森ノズット奥。山ノ奥ダ」

「山まで入ったのかよ! 山は危ねっつったろ! 飛龍ワイヴァーンとかも居るんだぞ!」


 呆気に取られ、ふとアリアたちを見ると同じような表情だった。顔を見合わせ、クスっとみんな笑う。だってそうだろ、もう二度と会うことはないと言っていたヤツが、いつの間にか街中に居て、おまけに見知った人間と親しそうにしている。こんなおかしなことはない。俺は立ち上がって戦友に声を掛けに行った。







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 鐘について説明しますと、日の出の鐘が一の鐘、正午が四の鐘、日没の鐘が七の鐘、それぞれの間の時間を三等分した時間に鐘が鳴るのが一般的です。加えて夏と冬の日出日没の時間は4時間くらい変わりますので鐘と鐘の間の時間は一定ではありません。


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