第8話 思いがけない幸運

「そりゃあ魔術と幻獣の知識がねえとどこが素材になるかなんてわかんねって」


 タシルが麦芽酒をあおりながらテーブルの向かいへ座ったログロウに言う。タシルはまだログロウに会うのも二度目らしいが、もう顔馴染みのような話し方をしていた。タシルは実はすごい奴なのかもしれない。


「全部持ッテ帰ラナイトダメカ?」

「まあ、そういうこったな。その時々の需要だってあるし、その方が手っ取り早い」

「いやいや、いくらログロウでも獅子丸ごとは運べないだろ」

「さすがにこのデカさじゃなあ」


 タシルとログロウ以外にも、テーブルや周りに居た冒険者――主に男の――が集まってきてあーだこーだと騒いでいた。タシルがログロウを紹介すると、皆あっという間に打ち解けたのだ。俺にはちょっと考えられない。


「獅子ジャナイ、蟻ダ」

「蟻なワケねーっての!」

「いや、蟻みたいだぞ。蟻獅子ミルメコレオってやつみたいだ」

「マジかよ」


「ログロウ、魔石を鑑定してもらったぞ。ユーキの言うように蟻獅子ミルメコレオだ」

「マジだった……」

「ホレ見ロ」

「しかしデカい頭の割には魔石が小っせーな」

「蟻獅子って何も食わないらしいからな。人は襲うが」


「やっぱり肉食の怪物ほど魔石は大きいのか?」

「そう聞くけどな」


『それで、結局なんでログロウがまだここに居るんだ?』

『儂も故郷へ帰るつもりだったが、グレンゴルの首を手紙で送れると聞いてな』


『送ったのか!?』

『うむ、金はたくさん取られたが送った。故に金がない』

「いやお前ら二人とも、どこの言葉で喋ってるんだ!?」


「オークの言葉らしい」

「らしいってユーキ、お前が喋ってるんだろーが!」


「いや、ログロウと喋ると勝手に変わっちゃってさ……」

「召喚者の特権かよ!」

「マジか、召喚者ってすげえ便利だな」


「それよりログロウがオーガの首を送ったって言ってるんだが……」

「あれか。大金報酬の依頼が出てたな。誰か受けてたろ」

「最近冒険者登録した鍛冶屋の三男だな。報酬で恋人と新しい店を持つとか言ってたぞ」

「おいおい、恋人残して帰ってこないなんてことはねえだろうな?」

「郵便は国の護衛が付くから余裕だろうよ」


「いやいや、それ以前に送れるのかよ」

「そのくらい送れるだろ」

「魔道具の素材で色々おかしなものが行き来してるからな」


 なるほど……貴族にはそう言う需要もあるのか。


「……しかし、タシルもそうだが、よくログロウと打ち解けられたな」

「そりゃおめえ、ログロウはギルド員だし」


『えっ、ログロウお前冒険者なの?』

『うむ、宿り木ウルイヒクが儂の身元を保証してくれたのだ。この国へ入った際、勧められて組合ギルドに入った』


 そう言って見せてきたのは首から下げた革袋に入ったギルドカード、それから黄金のメダルだった。メダルには複雑に絡み合った丸い木の枝の塊のようなものが浮き彫りレリーフされていた。するとそれを見たタシルが――


「聖国の徽章メダイユじゃねーか! ログロウ、お前そんなもん持ってたのか!」

「ウルイヒクノ国デ、人ヲ助ケタ。感謝ノ印ダト」

「すげーな!」

「かーっ、マジかよ。オレにも見せてくれ」

「オレにも見せろ!」


 ログロウが旅してきたことは何となく分かっていたけれど、彼には彼なりの冒険がちゃんとあったんだななんて思った。そしてそれはきっと悪い事ばかりなんかじゃなかったはず。だから彼はまだここに居るんだろう。



 ◇◇◇◇◇



「ユーキ、ギルドの人がお待たせって」


 アリアの澄んだ声が響くと、男どものうるささが一瞬で凪ぐ。


「ケッ、ユーキはいいよな。お前の幸運を分けて欲しいぜ」

「ユーキ、誰か一人でも靴下を脱がせたか?」

「靴下? どういうこと?」


 連中はときどき靴下がどうとかって慣用表現を使うがよくわからない。


「童貞にそんな度胸はねぇか」

「なんだ、オレはてっきりパーティのヒモかと思ってたんだがな」

「ヒモじゃねえよ。じゃあな」



 ◇◇◇◇◇



 タシルたちのテーブルを離れ、アリアたちの丸テーブルまで戻ってくると、ギルドの上級職員がテーブルの傍で待っていた。


「お待たせしました」

「いえ、こちらこそお待たせして」


 ギルドの上級職員は相変わらず丁寧な対応。最近はずっとこうだ。ただ、貴族たちと違ってアリアたちだけでなく俺に対してもこんな感じ。


「まずは皆様、オーガとゴブリンの討伐、お疲れさまでした。フルバノ氏からも大変感謝されました」


 先日のオーガ討伐はともかく、ゴブリンの討伐についてもこちらの手柄として評価されていたけれど、ルサルフィのパーティとは報酬を折半することで手を打っていた。最後の巣の掃討は彼女らに任せたからだ。


「――オーガについてはこちらも情報不足でした。ゴブリンの件と言い、重ね重ねお詫び申し上げます」

「いえ、オーガは正確な情報が最初から無かったわけですし、そちらに非はございません」


 アリアの言葉に彼もホッとした顔。


「そのオーガの魔石なのですが……実はぜひにという買い手がございまして、この金額でどうかと……」

「えっ!?」


 わざわざ便箋に書いて提示された金額は、王国金貨で300枚だった。

 あまりの金額にみんな驚き、俺も確認のために聞き返す。


「これ、銀貨の間違いじゃなくて?」

「ええ、銀貨ではありません」


「どっ、どうしよ、ユーキ」――と、アリアまで慌てているので、落ち着かせるために――


「そうだな、とりあえず一旦…………考えることにして、後日改めてってことにしようか?」

「そういうことでしたらこちらの金額を提示するよう承っております。即決であれば――」


 改めて出してきた便箋には、王国金貨350枚が示されていた。銀貨にして42,000枚!

 アリアは目を丸くして、首を縦に何度も振っていた。


「わかりました。そういうことならお売りします」


 アリアの代わりに答えた。相場はともかく、金貨50枚の差はあまりに大きい。これで金銭面の問題が一気に片付くことを考えると悪くなかった。話が付くと、ギルド職員はすぐに代金をパーティの共有財産に入金してくれた。



 ◇◇◇◇◇



 ぷふっ――と、キリカが喜びを抑えきれずに吹き出す。ギルドを出た直後だった。


「ん~~~~~~~」

「やったぁっ!」

「やりました!」


 アリアとキリカとルシャが手を取り合って喜ぶ。この世界でも女の子は女の子同士で興奮すると跳ねるように喜ぶみたいだ。ついでにリーメも巻き添えを食っている。


 黄色い声で何を買おうかと相談するアリアたち。


「絶対、腕鎧ヴァンブレイスだけは揃えた方がいいと思う!」


 ――そうだよな、女子の関心はまず腕鎧ヴァンブレイスからだよな…………って違うだろ!


「――だってほら、危ないっ!――ってときに庇うのって腕を出してでしょ? それに動きを邪魔しない腕鎧ってそれなりのお金かかるし、作るのにも時間かかるから」


 アリアが熱心に説明すると、キリカやルシャも頷いている。なんか…………違くない?


「――あとユーキの鎧。もっとしっかりしたものにしないと」

「えっ、俺? 邪魔じゃないかな」

「ユーキ様はどんどん前に行かれるので、いちばんいい鎧にしませんと!」

「私はまだ体力が追い付かないから最小限で、その分ユーキが鎧つけてよね」


「俺もそうだけど、アリアも聖騎士としてやっていくなら必要なんじゃない?」

「そっか……そうかも。あたしもちょっと考えてみる」


「ルシャとリーメのはどうしようかしら?」

「私は腕鎧くらいなら付けられますけど、弓を引く邪魔になるかもしれません」

「あたしは要らないから魔術書買って」


「それよりも考えたんだけどさ、荷馬車を買わない? この辺の怪物って素材として売るにしてもほとんど持って帰れないし、翌日回収に行ったら荒らされてたりするから」

「う~ん、馬を飼うのは結構大変だよ?」

「荷馬でしたら孤児院の役にも立つので、下の子たちにお給金を出して世話を手伝ってもらっても良いのではないでしょうか」


「そう……だね。じゃあ荷馬サンプターよりも力の強い曳き馬ドラフトホースかな。金貨1枚くらいだと思うけど、厩舎を作って貰ったりしないといけないから――」


 そんな感じで俺たちに必要なものを揃えていくことになった。



 ◇◇◇◇◇



「まあっ、みんな素敵なお嬢様ばかりね!」


 東西の大通りの南側に面した集合住宅アパートメント。そこを下見に訪れると、挨拶もそぞろに、大家さんの奥さんが親し気に話しかけてきた。実は今日、みんな古着ではあったが新しく買った服を着ていたのだ。古着でも庶民には財産だし、ちゃんと上から下までを見繕った服は冒険者のナリよりずっと身綺麗に見えた。


 ちなみに大家さん本人は、奥さんにお邪魔だからと早速追い払われていた。


 他には、お仕着せ――ではなく学び舎の制服を着た女の子が二人。なんと、五年ほど前から学び舎では皆が同じ制服を着る仕組みになったらしい。ルサルフィに感じた違和感はそれだった。彼女の衣服に元居た世界の制服っぽさを感じたのだ。


「――あたしはお貴族様の御事情には明るくないけど、その分、気軽に何でも相談してくれて構わないからね」


「ありがとうございます。陽光の泉ひだまりのリーダー、アリアと申します」


「そういえば冒険者って言ってたわね。冒険者に貸すのは初めてだけど…………そっちの彼もお仲間かしら?」


 いくらか訝し気な顔を見せてくる奥さん。


「は、はい……俺も……メンバーです」

「あのっ! ユーキ様はアリアさんの婚約者なのです!」

「ルシャ!?」


 突然のルシャの言葉にアリアは声をあげ、俺も驚く。が――


「ああ、婚約してるなら問題ないわね。うちは女の子が多いから気にしちゃうのよね」


 ――と、態度を和らげた。後でルシャに聞いたところ、信用が全く違うらしいから気を利かせたのだそうだ。


 それから制服の女の子二人を紹介してくれる。一人は既に知っていて、ルサルフィと一緒にいた小さい女の子――マリメアという赤毛の魔術師の少女だった。そしてもう一人はルティラと名乗った金髪の貴族然とした少女で、集合住宅アパートメントでの生徒たちの規律を守っているのだそうだ。


「親元を離れますと皆さん、何でも手に入る王都では生活が乱れがちになりますので、最上級生として指導させていただいております。リメメルン様もご入学予定とお聞きしました。成人まで短い間ですが、宜しくお願い申し上げます」


「うわぁ……」


 ――うわぁ――じゃねえよ、リーメ。コイツはしっかり指導してもらった方がいい。


 あからさまな態度のリーメにも嫌な顔ひとつしないルティラは人柄ができたお嬢様なのだろう。


「今、二階の部屋がひとつ空いてるからそっちを見て貰おうかと思ってるの。あとは四階なんだけど――」

「そのことなんですけど、最上階は空いてますか?」


「え? いちばん上は安いけど七階になるから大変よ? 今でも五階までしか人が入ってないし……」


 奥さんが驚くのも別に不思議なことではない。元の世界ならエレベーターとかがあって眺めのいい上階も良いけれど、こっちでは二階がいちばんいい部屋だ。宿なんかでもそれは同じだった。まあ、わざわざ貴族の紹介があって上階を選ぶとは思わないだろうな。


「構いません。あたしたち冒険者ですし」

「そお? ただちょっと普段使ってないからお掃除できてなくて……」


「それも自分たちでやります。ね?」

「ああ」

「そうね」

「お掃除なら得意です!」

「ええ……」


 ええ――じゃねえよ、リーメ。



 ◇◇◇◇◇



 案内を任されたマリメアとルティラにについて、廊下さえ暗い七階まで上がった。


 元居た世界のマンションと比べて、一階の高さ――つまり天井が高い気がした。おかげで七階というのにかなり上まで上がることに。マリメアなんか息を切らしていたが、その点を考えるとリーメは丈夫になったななんて思っていた。


 ルティラが預かった鍵で七階の部屋のひとつを開けると、ランプに照らされた部屋の中は真っ白の埃だらけ。ルティラはハンカチで口元を抑える。


「本当にここに住まわれますの?」


 ルティラは部屋の前で中に入るのを躊躇っていた。

 アリアは広がったスカートの裾が埃で汚れないように軽く絞り、部屋に踏み入る。

 ブーツが小さく埃を舞い上げ、新雪のように足跡を残していく。


 アリアは鎧戸に手をかけ、開け放った。


「すごい! みんな見て!」


 明るい空に目が慣れてくると、外には大通りに沿って南北に走る水道橋が見えた。

 大通りまでは距離があるけれど、この集合住宅アパートメントが高層なだけに水道橋までの視界を邪魔するものは尖塔か水道塔くらいしかなかった。街のほとんどの建物よりも高く、体が半身しかだせないような小さなバルコニーに身を乗り出すと、街のずっと南の方まで見通せた。


「御召し物が汚れましてよ?」


 ルティラに声を掛けられてようやく気が付いた。

 身を寄せ合うようにしてアリアと外を眺めていたけれど、俺もアリアも埃の事なんてすっかり忘れ、新しく買った服はあちこち真っ白だった。アリアとお互い、笑いあった。







--

 水道橋のある風景です。

 いろいろ第二部への繋ぎとなっております。


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