第4話 異国の男

「ユーキ! ユーキ!」

「ユーキ様!」


 アリアとルシャの声で正気に返った。気が付くと二人が俺の顔を覗き込んでいた。

 体を起こすと、目の前まで迫っていた青いオーガの姿は既に無かった。

 大男とキリカの姿もない。


「アリア……いったい何が? キリカは? オーガは?」

「ユーキが突然倒れたの。そしたら挟撃に気が付いたオーガが逃げ出して。キリカたちは追っていった」


「大丈夫なのか!?」

「リーメがキリカさんたちを追ってくれています」


 追ったのがリーメということがいささか心配ではあったが、あれはあれで、もしもの時は意外と役に立ってくれる魔術師だった。


「――それよりもユーキ様、お怪我はありませんか?」

「いや、大丈夫……だと思う。ま、体だけは頑丈だから」


 はは――と俺は笑うが、ルシャは心配そうにしていた。



 ◇◇◇◇◇



「あ、戻ってきた…………けど、どうしたんだろ?」


 アリアの視線の先を見やると、リーメが先を歩き、鎧姿の大男とキリカが並んで歩いて……というか、大男が馴れ馴れしくキリカに近寄ろうとするところを避けられているように見えた。そしてキリカは長身だが、そのキリカが小さく見えるほどの大男だった。


 戻ってきたキリカは、足早にアリアの後ろに身を隠した。

 俺の目の前には鎧姿の大男。しころの付いた兜と面頬を付けている。背丈は2mを超えていると思う。ただ、先ほどの四角い盾は布で覆われていた。


「オレ、ソノ女、つがいニ欲シイ。オ。ソッチノ女モイイ女、欲シイ。コッチノ女モ――」

「いやいやいや、ちょっと待て! どういうことだよ! さっきのオーガはどうなったんだ」


「グレンゴル、逃ゲタ。オレノ精霊ガ追ッテル」

「グレンゴルってオーガのことか? お前の故郷ではオーガをそう呼ぶのか?」


「違ウ。グレンゴル、ヤツノ名」

「知っているオーガなのか?」


「グレンゴル、仇。里カラ追ッテキタ。助太刀、かたじけない」

だけ妙に流暢だな……」


 俺がそう言った途端、急に言葉を詰まらせる大男。

 男は面頬の紐を解くと、その下からは強面が現れる。髭と眉の剛毛のいかつさに加え、下顎の犬歯が長く尖っており、口を閉じても先端が見えていた。さらには鼻。上向きと言うよりは削ぎ落とされたような、まるで骸骨のような鼻をしている。


 アリアとルシャは――ヒッ――っと声をあげ、俺も初めて見るに息を飲む。この大男の正体は『鑑定』が教えてくれた。ゲームなんかではオークは豚人間のように描かれることもあるけれど、目の前のこの男は、引き締まった巨躯もあって冥府の鬼か何かのように見えた。


「おぬし、オークの言葉がわかるのか?」

「……え?」


 突然、流暢に話し始める大男。

 アリアたちの方を振り返ると目を丸くしていた。


「ユーキ、オークの言葉を喋れるの?」

「ユーキ。冥界語アビッサルを喋ってるぞ、お前」

「ええ??」


 アリアとリーメに指摘されて気が付いた。大男との会話がいつの間にか別の言語に切り替わっていた。これ、地母神様がくれた力のせいか!?


「オークの言葉がわかるなら話は早い。儂の名はログロウ。仇を討った暁にはその女どもを儂にくれ」

「はぁ!?」


「儂はグレンゴルを討つために何もかもを捨ててきた。あらば人間の女を娶ることもやぶさかではない。人間との合いの子ホルクは故郷では忌み嫌われるが、この土地でなら儂は大事にできる」

「そう言う問題じゃなくて! アリアは俺の恋人! ルシャは俺の婚約者! キリカは――」


 いや、キリカはなんだろうな。

 それぞれを指して説明していて止まってしまった。


「私がどうしたって?」――言葉が通じていないためか、キリカが聞いてきた。

「いや、俺とキリカとの関係を聞かれている。この男、三人を娶りたいと言ってきた」

「「ええっ!?」」――とアリアとルシャ。二人が驚くのも無理はない。


「そう、それならって説明しといて」

「わかった愛人…………ってそんなわけあるか!」


「いいじゃない。具合も良かったんでしょ? たまには抱いてよ」

「ちょっ!?」

「あれは仕方なくだろ!?」


「あら? そういう言い訳は嫌なんじゃなかったの?」

「ぐぬぬ……」


 確かにそう言われると弱い。

 仕方がない――


「キリカは俺の愛人だ」

「お主、なかなかに強欲だな! 気に入ったぞ。名は何と申す」


「俺は祐樹だ」

「ユウキか。なるほど、女のことはさておき、グレンゴルの手下を排除してくれたことには感謝する。尤も、儂一人でもなんとかなっていたがな」


「その盾か?」


 俺は鑑定の力で布に隠されたその盾を見ていた。先ほどのオーガたちや俺の異常はこれが原因だったようだ。


「ああ。これは小人ドワーフより譲り受けた酩酊の印章ラルルーンが刻まれた盾だ。グレンゴルには通じなかったがな。奴は魔法を使う。それ故だろう」

「こっちは別に構わないんだ。オーガ退治を頼まれたけれど4体も仕留めれば十分だろうし」


「なんと、他にも居ろうとは! ますます感謝せねばならぬな! いや、然らばなおさらよ。グレンゴルを共に討ち取るほまれを分かち合おうぞ」


 ――いや、誉とか言われてもな。


 どうしたものかとアリアたちに事情を説明して相談を持ち掛ける。


「仇はわかりますが、私たちをユーキ様から奪おうなどという方とは御一緒できません!」

「あたしもそれはちょっと嫌だな……」

「私も、正直面倒よね」


 三人ともログロウに付き合いたくは無いようだ。

 リーメを見ると――ケケ――とばかりに不敵な笑み。そう言えばリーメは趣味では無かったのだろうか。一言も触れられなかった。


「すまないログロウ、彼女らは誉に興味は無いそうだ。俺たちは町まで引き上げる」

「そうか。女には誉はわからぬか」


「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」

「ならばユウキよ、お主と儂の二人でやらぬか」


 篭手を着けた太い腕で俺の肩を掴むログロウ。


「いや、遠慮しておくよ」

「そうかそうか、一緒は嫌か。では勝負と行こう。どちらが先にグレンゴルを仕留めるか。勝った方が女を総取りと行こうではないか!」


「そんな勝負を受けるわけないだろう!」

「ウハハ。楽しみにしておるぞ!」


 ログロウに抗議するも、彼はこちらの話を聞く耳無く、近くに投げ捨ててあった自分の荷物を提げると森の中へと入っていった。



「ユーキ、どうなったの?」

「いや、なんか勝負とか言われて……」

「勝負ですか?」


「ああ、先にあの青いオーガを倒した方がアリアたちを貰うとか」

「まさか受けたの!?」


 アリアが声を荒げて詰め寄ってくる。


「やや、受けるわけないだろ。勝手にあいつが言ってるだけだよ。一旦、町へ帰ろう」

「納得いきません!」

「馴れ馴れしい上に自分勝手で腹が立つわね」

「リーメ、青いオーガの居場所はわかる?」

「物探しの魔法で見つけられると思う」


 リーメが物探しロケイトオブジェクトの呪文を唱え始める。


「いや、追うの!? あのオークに任せておけば――」

「ユーキはあたしたちがあのオークに取られてもいいって言うの?」


「や、そういうわけじゃなくて――」

「ユーキ様、これはユーキ様の沽券に関わります!」


「ルシャまでそんな大げさな――」

「私の男の沽券に関わるなら、私の評判にも傷がつくわね!」


「なんでそうなる!?」


 アリアたちは急ぎオーガの魔石の回収にかかる。三人とも、追う気満々だった。


「――マジか……」

「エロ男は女を狂わせるな」


 ――などとリーメに呟かれた。







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 関係ないですけど、ケヴィン・ベーコンって痩せたオークか、イケメンのアンデッドっぽくないですかね!? 昔から思ってたんですけど、鼻が良いですよね、鼻が。


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