第3話 オーガ討伐

「なんとかなったね、あたしはまだまだだけど」


 アリアが長剣の血を拭いながらそう言った。

 俺たちが踏み込んだ森の奥。洞穴の前で3mはあろうかという2体の巨人は今や、地に倒れ伏していた。ただ、巨人と言うと語弊があると言う。アリアたちにしてみれば、巨人というのは最低でもこの人食鬼オーガの倍はあるらしい。ただ幸運なことに、それらの巨人は性質が比較的穏やかな上、山の奥深くから里へ降りてくることは稀で、最も狂暴で小型の丘巨人ヒルジャイアントはこの辺りには棲息していないのだそうだ。


「いや、アリアたちは十分に凄いよ。俺じゃ何もできなかったし」


 実のところ、聖騎士の祝福を得たばかりのアリアは戦闘でその力を上手く使いこなせていなかった。何しろ今までは剣士として軽快に攻撃を躱しつつ、隙を見て刺突を叩き込む戦い方をしていたのだ。防御に特化した聖騎士の『砦』の力は使いどころが難しかった。相手の攻撃が通らない代わりに、こちらも攻撃できないからだ。


「私も、ユーキとルシャが庇ってくれてなかったらちょっと危なかったわ」


 キリカもまた、得たばかりの剣聖の祝福を持て余していた。確かに彼女の一撃は強力だが、何しろ守りが危なっかしい。彼女としてはギリギリで躱しているつもりのようだが、肉体的な成長が追い付いていないのか、避け損ねることがあるのだ。特にオーガはリーチが長い。ただの丸太や棍棒を振り回しても、俺の鉤薙刀フォーチャードよりもリーチがあるし、その一撃も強力だ。


 ただ……それ以前に俺は、この人型の怪物を斬り裂くのに抵抗があった。ゴブリンとはまた別の気持ち悪さがある。血の量が多いのもあるかもしれない。小指一本刎ねても――うわ、痛そう――なんて思ってしまうので、まだ上手く戦えず、キリカのサポートに徹していた。


「お二人が慣れるまでは私が護りますので安心してください」


 ルシャは『予兆プレディクション』でキリカが避け損ねる攻撃を見抜き、キリカに警告したり、避けきれない場合はすぐさま『癒しの祈り』を発動させていた。


「ありがと」

「ありがとう、ルシャ。それはともかくとして、オーガが2体居るとは聞いてなかったわね」

「そうだな。でも、群れることもあるんじゃない?」


「この辺りのオーガは集落を作っていないオーガばかりだから、より強い個体に率いられない限り群れることは無いと思う」

「じゃあ、このどっちかがボスってこと?」


「うん。それかもしくは――」


 ドン!――と、空気を裂くような衝撃音が森の中で響いた。


「……なんだ今のは?」

「わからない。けど、こっちだと思う」


 俺たちは顔を見合わせ、音の方へと森の中へ踏み入った。



 ◇◇◇◇◇



 様子を伺いながら足場を選りつつ進んでいくと、暗い森の中から剣戟の音が聞こえる。

 その一方はすぐにわかった。巨大な青いオーガだった。しかも頭には一本の角。加えて小札の鎧を身に着けていて、いくらか前に居た世界の昔の武者のようにも見えた。手には金棒を持ち、オーガと言うよりは昔話の鬼に見えた。


 それを相手しているのはかなり大柄な男で、こちらも小札の鎧を身に着けた大男だった。右手には刀のような曲刀を持ち、同じく武者のようにも見えたが、左手には不似合いな四角い盾を持っていた。


「助けよう」

「うん」

「待った。向こうを見て。オーガが2体居る。あれを先にやりましょう」


 キリカの指さす方向を見ると、木にもたれ掛かって頭を振っているオーガと膝をついているオーガが居た。それぞれに棍棒を持っているようだが、様子がおかしい。


「リーメ、あの……何だっけ、遠くの人と話せる魔術であの人に手助けすることを伝えておいてもらえん?」

「『風の囁きウィスパリングウィンド』な。わかった」



 キリカと俺は木の傍のオーガまで走る。キリカはそのまま真正面から聖剣スコヴヌングで打ちかかった。ただ流石のオーガもこちらに気が付き、体を起こすが、ほぼ同時に大きく回り込んできたアリアが背後からオーガの背中へ一撃を加えた!


 アリアは元から持っていた剣士の祝福の『加速』の力で走る速度を瞬間的にトップスピードまで上げることができる。元居た世界の物理法則では全く説明が付かないが、この世界の神様の加護がそれを可能としていた。その『加速』でアリアは僅かの時間の間にオーガの背後まで回り込んだのだ。


 一撃を受けて怯んだその隙に、キリカがオーガの巨木のような太腿を二本とも一刀両断する。キリカの剣聖の力は、聖剣を自在に操ること。そしてその聖剣は大抵のものは真っ二つにしてしまう。こちらも元居た世界の物理法則では全く説明が付かない。何しろ、岩や鉄でさえ真っ二つにするのだ。


 オーガと言えど、これだけのダメージを受けると動けなくなっていた。

 さらにもう一体。こちらは膝をついていたはずが身を起こし、向かって来ていた。


「ユーキ、止められる?」

「あたしが突撃を止める!」

「じゃあその後の攻撃は俺が」



 バン!――衝撃音と共に俺たちを取り巻く地母神様の輝く文様。アリアがオーガの正面へ出て『フォートレス』の力を使ったのだ。


 ゴッ!――突撃してきたオーガの巨大な棍棒がその文様に阻まれる。余りの勢いに棍棒は大きく弾かれる。


「今よ!」


 アリアが『砦』を解除し、キリカが前に出る。

 ただ、キリカはまだそれだけ素早く踏み込めるだけの体ができていなかった。


 再び襲い来るオーガの棍棒。弾かれようともその勢いをねじ伏せるだけの筋力がオーガにはあった。しかしこちらも無策と言うわけではない。そのキリカの隙を埋めるために俺が居る。俺はオーガの棍棒を受けるべく盾を構えてキリカの左側に入る。


 ドッ――と盾を割らん勢いで棍棒が打ち付けられる。本来ならこれだけ体格に差があれば、俺みたいな痩せっぽちは彼方まで吹っ飛ばされるところだが、どうやら神様が与えてくれた俺のこの筋力はオーガにも負けていないらしく、脚さえ踏ん張れればオーガの重機のような一撃を止めることができるのだった。


「さっすが!」


 キリカは短く呟くと、俺が止めたオーガの右腕を斬り落とす。

 さらには間髪入れずに左腕と左脚を斬り落とした。間合い内まで近づけば、キリカに負けはなかった。


「キリカなら棍棒くらい真っ二つじゃないのか?」

「真っ二つにできたとしても、勢いまでは殺せないでしょ?」


「なるほど。支えを失った棍棒が飛んでくる方が危険か」

「そんなことより助けに行くわよ」


 キリカに促され、青いオーガの背後に回り込むように接近する。


『あいつ、人間じゃないっぽいぞ』


 リーメの声が耳元で聞こえた。『風の囁きウィスパリングウィンド』の魔術だ。


「ああ、オーガだからな」

『そうじゃない。もう一人の方だ』


「なにっ?」


 俺は大男の姿を『鑑定』しようとした。ただ、その前に男が構えた四角い盾。それに描かれた文様が目に入った途端、世界がぐるんと一回転した。


「ユーキ!? ユーキ!」――そんなアリアの叫びが聞こえたような気がした。







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 『堕チタ勇者ハ甦ル』でも出ましたが今度は青いヤツです!


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