第10話 食への探求の旅

「う~ん、醤油はあっても出汁が無いんじゃないかしら?」


 王城の、ハルとアオの所へ醤油を見せに来ていた。もちろん二人は驚いていたが、じゃあそれで和食が作れるかと言うと、アオは難しいと言う。


「ああ、確かにね。日本は海に囲まれてたから、海産物が無いと難しいかもね」


 そうそう、日本。俺は割とその国の名を忘れがちだけど、ハルやアオは普通に覚えているようで時々忘れかけていることに気付かされる。


「もういっそのこと鰹節か出汁の素でも召喚した方が早いかもしれないわよ?」

「そんなもの召喚できるのかな?」

「醬油ができたからできなくはないかもなあ」


「いろんな食材があったんだね、ユーキの世界は」


 三人で議論していると、アリアとキリカが手持無沙汰気味だった。

 ルシャとリーメは隣のアオの部屋で足湯に浸かって寛いでいた。


「確かにいろいろ便利なものが揃ってたよね」

「俺は別にこっちでも苦労はしてないぞ」

「ユーキくんはこっちに馴染みすぎよねえ。アリアさんが居るせいかしら?」


 アオが冗談めかして言うと、アリアが顔を赤くする。


「醤油が手に入ったから色々できると思ったんだけどなあ……」

「山奥の上流で川魚を釣って、干せば和風の出汁にはなるんじゃないかしら?」


「そこから始めないといけないのか……」

「魚はみんな、湖で大きいのが獲れるからわざわざ上流にはいかないよね」

「あっ、山奥はちょっと入り辛いかも。幻獣や妖精が居るし」


 アリアがそう告げる。確かに、普通の人は山奥には入っていかない。


「う~ん、妖精に分けて貰うってのはどうかしら?」


 キリカが意外な提案をしてくる。


「そんなことできるの?」

「ええ、妖精って一人だと割と交渉できるみたいよ。群れるとあんなだけど」


 妖精は群れると悪戯妖精ボギーというものに変質して、家畜や人を襲うほど狂暴になったりする。同じゴブリンでも、一体だけで民家に住み着くやつは大人しい。


「なるほど。けど、妖精の知り合いってアリアデルとユーデリールさんしか居ねえ……」

「あの森は魚とか居なかったような……」


 結局、和食は行き詰ってしまった。



 ◇◇◇◇◇



「和食じゃないけどカレー食いたいよね」


 ハルがそう言うと、俺もアオも頷く。


「ユーキも前に言ってたけど、カレーって結局何があれば作れるの? 前に作ったのは違うって言われたし」


 アリアにも以前説明したのだけれど、その時は豚肉のシチューみたいなのを作ってくれた。


「えっ、ユーキくん、恋人に作ってもらったのに違うって言ったの? それで納得しておきなさいよ」

「いや、おいしかったけどさ、カレーとは違うだろ?」


「そうじゃなくて、手に入らない物をあれこれ言って求めずに優しい嘘くらい吐きなさいってこと」

「いや俺、アリアにそんな嘘とか吐きたくないし……」

「ユーキはそういうとこ、ダメでもあるし、ズルいのよね」


 アオとキリカに理不尽な責めを受ける。


「そっ、それはいいから! 何が足りないのかなって」


 アリアが助け舟を出してくれる。ただ、カレーと言っても何を入れればカレーになるのかが俺はよくわからない。


「唐辛子を入れてもダメだよなあ?」

「ビーフシチューに唐辛子を入れてもカレーにはならないよね」

「ターメリックは無いけどクミンに似たスパイスならあるわよ」


「ターメリックとかクミンって何?」

「ターメリックは日本語でうこんね。カレーの黄色い成分だけど、香りはそこまででもないから、どっちかって言うとクミンの方がカレーそのものね」


「それがあるの?」

「聞いたことないけどこっちにあったっけ?」

「あるわよ。その辺に生えているフェンネルとかディルに似た植物も同じような種類だから、探せばどこかにクミンっぽい香りのもあるかもしれないでしょ?」


「なんだ……クミンそのものがあるわけじゃないのか……」

「これは地道に探すしか無いね」


「香りの強い香辛料って暑い地方に多いから、そっちの方へ行ったときに探すしか無いわね」

「暑い地方って……」

「そもそも鉱国より南には国が無いんじゃ……」


「ファンタジーの世界なんだから、南が暑いとは限らないでしょ! 食欲は冒険家を動かしてきたんだから、頑張って探し求めなさい!」


「これあれだな」

「うん、あれだね」


 ハルと目が合った。


「「カレー粉を召喚した方が早い」」


 ハァ――と溜め息を吐いたのはアオだった。







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 旅は始まりませんでした!



 

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かみさまなんてことを ~陽だまり~ あんぜ @anze

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