第3話 子爵様からの依頼

「金貨20枚だ」


 午後、冒険者ギルドで受けた依頼の話を聞きに、貴族の屋敷を訪れる準備をしていた。アリアに窮屈な服を着せてもらっていたところだ。ノックも無しに部屋の扉を開けて、リーメが顔を出して言ったのだ。


「ん?」

「何の話だよ、リーメ」


 眉根を寄せて難しい顔をするリーメ。――いや、そんな顔をされたってな……。


「言っただろ、卵焼きが食べたいって……」

「いや、言ったけど、金貨20枚ってどういうことだよ」


「必要なんだよ。金貨20枚」

「えっ、あれってそんなに高くつくの!?」


「つく」


 言葉少なにそう答えるリーメ。

 確かにあの卵焼きは何だか知らないけどおいしかったし、元気付けられた。けど、それだけのために金貨20枚も使ったって言うのか? あのケチなリーメが??


「金貨20枚か……」


 流石にちょっと高すぎる。食事に金貨20枚って貴族でもご馳走にそんなに掛けないだろ。


「いいじゃない。あたしが出してあげる。作ってあげたら?」


 アリアが気前よくそう言った。


「いや、でもアリア……」

でも作れない料理なんでしょ? それに、ユーキが好きな味ならあたしも食べてみたい」


「……わかった。じゃあ半分出すよ」

「ダメ。あたしの奢りにしたいから」


 アリアにそう言って押し切られた。金貨を受け取ったリーメは出かけて行った。



 ◇◇◇◇◇



 さて、俺とアリアは一度大賢者様の所へ寄って馬車を借りた。貴族の屋敷を訪れる場合、馬車で向かわないと舐められるらしい。正直、面倒くさいのが本音だったが、陽光の泉ひだまりは聖騎士や剣聖、聖女を抱える、言わば歩く治外法権みたいな存在だ。そんなのがのこのこ貴族の屋敷に歩いて行ったら、相手にも驚かれるのだそうだ。


 まあ、貴族の服が窮屈だから歩きたくないのもあるけどな。


「陽光の泉のユーキ様でいらっしゃいますね。ようこそいらっしゃいました」


 屋敷の執事がそう言って迎えてくれる。これだけで十二分に好感度が高い。誰に対する好感度かって? それはもちろんうちの聖騎士様にだ。


 以前までは、俺ではなく、聖騎士であり元公爵令嬢でもあったアリアに対して礼儀を払う貴族ばかりだったのだ。そのせいでアリアが何度機嫌を悪くしたことか。機嫌の悪いアリアを見て、ますますへりくだり、俺を無視する貴族たちをアリアが睨みつける光景は何度も見た。



 ◇◇◇◇◇



「へえ、地下迷宮ラビリンスなんてものがあるんですね」


 貴族の依頼を伺っていると、そんな単語が出てきた。


「ああ、古い遺跡に地下構造ダンジョンがあるものは珍しくないが、それとは違って地下迷宮ラビリンスは地下部分が本体になっている点と、ほとんどは過去の偉大な魔術師たちが作ったと言う点で異なる」


 リーゲリヒトというその子爵様は俺たちに好意的に接してくれていた。彼は右目と右足を失っていたが、それは俺たちが倒したあの黒峡谷の緑竜から受けた傷なのだそうだ。東のノラン侯爵の知り合いの武人で、土地なしの子爵だった。


「魔術師が作ったんですか? 地下迷宮ラビリンスを?」


「昔の魔術師は力を持つ者が多かったのだ。その中には怪物を使役したり、魔術で建造物を作る者まで居た。ただその多くがあまりに強大な力を持ちすぎたため、王国や周辺の諸侯と敵対することになり討たれたのだ。それらの住処が塔や地下迷宮ラビリンスとして残っている」


「なるほど。ただこの……地下迷宮ラビリンスと言うのがよくわかりません」


「魔術師たちは地下迷宮ラビリンスに侵入防止のための魔法的な罠を作っている。それが地下迷宮ラビリンスと呼ばれる所以でもあるが、それらは原初の魔鉱と呼ばれる核の力で動いているのだ」


「ああ、ファンタジー小説とかでよく見るダンジョンコアみたいなやつですね。そんなものまであるんですね」


「ん?」


 元の世界にしかなかった物のうち、外来語のようなものは翻訳されないことがある。


「あ、いや、こっちの話です。お気になさらず。とにかくそれをどうにかすれば魔法の罠が止まると言うわけですね」


「そうだ。やってくれるか?」


「ええ。ちょうど遺跡の探索に手を出してみようかと思っていたところです。いい機会ですから挑戦してみますよ」


 アリアも頷いた。


 子爵様から受けた依頼は報酬も金貨480枚となかなかのものだった。半分は国からの支援らしい。地下迷宮ラビリンス自体は、放置しても別に大きな問題ではないのだそうだが、そんな場所に一獲千金を夢見て入り込む連中が居る。冒険者たちだ。特にこの地下迷宮ラビリンスには大勢の冒険者が挑み、その多くが帰ってきていないため、国からの支援金が出ているのだそうだ。


「ん? これって何て書いてあるんですか? 魔術文字は俺、まだよく読めなくて」


 羊皮紙に書かれた地下迷宮ラビリンスの資料を見せて貰っていたが、そこに何やらよく読めない、ただ、どこか微妙に見覚えのある文字が書かれていた。


「ああ、これか。これはその入り口に書かれている文字で、魔術文字ではない。異界の言葉らしいが、この地下迷宮ラビリンスは昔からこう呼ばれている。――魔術師スズキのえろとらっぷだんじょん――とな」


 ブッ――と厳格そうな武人の口から飛び出してきたパワーワードに思わず吹き出してしまった。







--

 次回、エロトラップダンジョン突入です!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る